紅葉伝説
紅葉が重い口を開き話し始めた。
彼女の中には、いくつかの女鬼の記憶があるらしい。
「それは私と同じよ」
大祝妹が言った。
「私の場合は、八坂刀売命で、刀自よ」
「刀自?」
「うんとね、簡単にいうと巫女」
「なんだ!」
俺が言うとみんなが呆れた顔をした。
「簡単に言ってるんですよ。清明君のために」
阿智くんが非難する。
「ごめん、話を続けて」
大祝妹が、紅葉に告げた。
紅葉の中で、強い記憶があるのは、会津若松に生まれた呉葉という女性のことだと言う。紅葉伝説と言われている話。
「そうだ、僕が語り部をしよう。紅葉が違うと記憶していることを話すといい」
阿智くんが提案する。
「知ってるんですか?」
「ははは、同行者のことは調べるよ。じゃあ、簡単に話をするよ。分析はしないし、一番伝わっている話だ」
凄い、知識に対する貪欲さに俺は感心したが俺は黙っていた。
阿智くんは、語り始めた。
–呉葉は、大金をかき集めた豪農の息子 源吉と結婚したが、妖術を使い身代わりを立てて、家族で京に上った–
「違います。その時妖術なんて使えません。それにお金も僅かしか貰わず、酷い待遇だから逃げたんです」
紅葉は拳を軽く握り、肩を少し震わせた。
「だろうね、続けるよ」
–名を紅葉と改めた呉葉は、琴と美貌で有名となり、夜涼みに来た源経基の妻に侍女として仕えることになった–-
「はい」
答える紅葉の顔が赤い。美貌と言われて恥ずかしいらしい。目を伏せ、手で顔を覆った。
–経基の寵愛を受けて、局になり子を身籠ったが、間も無くして御台所の病気になり「紅葉が呪い」をかけたと言われ奥信濃に流罪となった–
「はい、経基様は無骨な、でもお優しい方でした。私を流罪で済ませたのもあの方。二度と会うことは叶いませんでした。冤罪なのは広く知られています」
紅葉は胸に手を当て、軽く息を吐いた。
「経基、聞いたことがあるな?」
大祝兄が口を挟んだ。
「清和源氏の初代ですよ。頼朝や尊氏、信玄に家康が子孫におります」
阿智がスラスラと答える。
「そっか、そっか。じゃあ良い奴に違いない」
戦神大祝兄は大笑いした。
「ふむ」
阿智くんは軽く顎に手を当て、視線を紅葉に向けた。
「ちなみに、京の八条 六孫王の社があります。行ったことはありますか?」
「いいえ、外出の許可が出たら、清明先輩と行ってみます」
紅葉は嬉しそうに微笑んだ。
「又、話が脱線してる。紅葉の呪いは?」
大祝妹が聞いた。
「当時でも信じている人は殆どいませんでした。嫉妬だと。私が高名な方の弟子だったことで噂が立ちました」
--奥信濃に仮住まいしながら、都の話を語り、薬草で薬を作って里人に与え、読み書きを教えて共に日々を過ごした--
「はい、里の人たちと仲良くやってました。内裏屋敷も建ててもらいましたし」
--経若が成長すると、紅葉は再び都に上り、経基に我が子を会わせたいと思い、資金を得るため夜ごと変装して妖術を使い近くの村々で盗みを重ねた--
「違います。お金の工面をしましたが、盗みはしていません。妖術は、強盗に襲われたので退治するのに使いました。それに経基様は、経若が五つになる時に亡くなりました」
紅葉は唇を噛んだ。
--紅葉は悪事を重ねるうち、北信の盗賊・鬼武が近づいてきたが、妖術で屈させ配下にした。悪名が広がると内裏屋敷を去り、戸隠・荒倉山麓の岩屋に移って勢力を拡げた--
「鬼武は、鬼です。義賊でもありました。自然と行き場のない者が集まってきました。萬もその一人です。父も経基様亡き後、私にも何も無くなりましたので」
「え? 親友の彼女?」
「はい、昔からの悪友です」
紅葉は嬉しそうな顔をした。
--京に攻め上ると噂が広がり朝廷により討伐が命じられ、息子を失い、自らも討たれて命を落とす--
「村の権力者が流したデマです。経若……」
紅葉はうっすらと涙を浮かべた。
「妖術を使い、強かったそうだな? 一度は、軍を退けたと聞いた」
大祝兄は、戦いのことを聴きたいらしい。
「ごめんね。紅葉」大祝妹は謝った。
「構いません。詳細にお話頂いても」
--平維茂は百五十騎で北上したが、紅葉は雷鳴と烈風と激流で維茂軍を混乱させ、五十騎以上を討ち取った--
「ほお」大祝兄が感嘆の声をあげる。
--退却した維茂は観音に十七日間参籠、夢で授かった短剣の力を得て再び出陣。紅葉は再度妖術を使うも効かず、経若と味方は次々倒れる。激怒した紅葉は火炎をまとい空を舞ったが、維茂は短剣の矢で紅葉を射抜き、配下と共に首を討ち取った--
「はい。雷、水、炎、飛翔他幻術が使えました。ですが私が、妖術を使えるのは、京にいた時、師匠晴明様に教えてもらったからですよ!」
紅葉は、俺の方を向いた。
「そうなの……俺記憶無いから」
俺がぽかんとした顔をすると、又、全員が呆れた顔をする。
紅葉の長い話は終わった。彼女はスッキリしたような顔をしていた。
途中何度かの休憩をしながら、一日がかりの移動が終わりを迎えた。
塩尻峠を越え、諏訪盆地に入ると、眼前に諏訪湖が広がった。
早朝に出たはずなのに、暗闇が静かに迫っていた。
湖は深い影に包まれ、周囲の家々の灯りだけが、わずかに水面を照らしていた。
「温泉でゆっくりしてね」大祝妹が言った。
「やったぁ! 行きましょうね、清明先輩!」
そこには、すっかり元気な紅葉の笑顔があった
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