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神は制服を着る 彼女は笑い俺は嘆く  作者: 織部
紅葉伝説

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15/21

信濃路

「悪い、準備を頼む! 賀茂も手伝ってくれるから」

「わかりました。お気をつけて!」

白鈴と白菊が、少しだけ寂しそうに俺を見上げる。


昨日、一緒に添い寝してあげたばかりだから、文句は出ないようだ。その小さな寂しげな表情に、ほんの少しだけ胸が痛む。


大事な儀式の準備を丸投げして旅に出る。外から見れば、遊んでいるように見えるだろう。半分は事実だ。


だが、同行者の名前を聞いた途端、クラス全体が一瞬、沈黙した。

「大祝兄妹と、阿智くんと、紅葉」

「え、その組み合わせ、何……?」

「大祝様か……大変そう……」


大祝兄は生徒会風紀委員長。全校集会では、目力だけで生徒を黙らせる“歩く武神”。

問題児ですら沈黙するほどの恐怖の象徴だ。


「失礼ね、出雲。兄さん、とっても優しいのに……」

いや、それを感じるのはお前だけだ。

クラスのみんなは、心の中でツッコミを入れているに違いない――少なくとも、俺はそう思った。


「ま、気をつけて行ってきな! 白菊と白鈴は借りるぞ!」

賀茂は、雨乞いの儀式の準備をクラス全員でやる案を提案し、賛成多数で可決していた。

満面の笑みで、やる気満々だ。


「お手間を取らせます。よろしくお願い申し上げます」

「清明様のご不在。ご迷惑をお掛けします」

白鈴と白菊が、すっと現れて丁寧に挨拶する。


「あ、いいのいいの。しばらく巫女寮に来なさい! 賀茂に雑用押し付けられたら大変でしょ」

規則には厳しい辛島さんが、珍しく柔らかい笑みを見せた。


「あ、楽しみにしてたのに……」

賀茂の一言に軽いテンポ感があって、女子たちの話題はすぐ式神かわいがりに移行していく。


俺は余計な説教を受ける前に、そっとその場を退いた。


「旅のしおり」

紅葉が差し出したのは、丁寧に書かれた予定表と地図。端正な文字で整えられている。


「凄いな、紅葉は!」

「先輩たちに、校外学習なんだから準備していけって。失礼があっては大変だからって」


「そっか、偉いね!」

「それと、清明は何も知らないし勉強しないから教えてやれって……」


……俺、女鬼たちに完全に下に見られてる?

珍しい来客が休憩室に入ってきた。

「葛葉様!」

紅葉が立ち上がり、深々と頭を下げる。

「どうしたの?」


嬉しさを悟られないよう、気を引き締めて答える。マザコンと思われたら困る。

「あら、甘えていいのよ、清明。せっかく一緒に出かけようと思ったのに。旅行に行くって聞いたわ」


どうやら保名先生に外出許可を取りに行ったらしい。

「すいません、私が……」

「いいのよ。私も息子を持つ身。よく分かるわ」


高校生と中学生の会話とは思えないが、年の差は二つしかない。

それでも、声が胸に温かく響く。

「気をつけていってらっしゃい!」


翌日。

大祝兄妹の黒塗り漆細工の大型車に乗り込み、俺、紅葉、阿智くんは諏訪へ向かう。

いつもは見送る側の俺たちが、今日は見送られる側だ。


紅葉は同級生や女鬼寮の先輩たちに囲まれ、ヒロインのように送り出されている。

「紅葉、行かないで……」


鉄輪を捨てた親友が抱きつき、泣きながら紅葉を止める。同級生とは思えない大きな身体だ。


「大丈夫よ、萬。心配症なんだから……」

俺のクラスは女子だけが全員集合。

男子はゼロ。さらに芦屋あたりもいない。

正直、来なくてちょっとホッとした。来ていたら、何か企んでそうで逆に怖い。


「阿智は、自分の車で迎えに来てないのか?」

「ははは。明日、諏訪に迎えに行きますよ。折角ですし、積もる話でも」


大祝兄の怪訝な顔も、阿智くんは余裕。

さすがコミュ強のガリ勉眼鏡。

瀬田を過ぎ、車が揺れる中で大祝兄が口を開いた。


「本当の出来事は、本人しか知らぬもの。それすら作られた物語に上書きされる」

紅葉はきょとんとする。


「兄さんの言いたいのはね、残っている歴史は権力者の都合で書き換えられてるってこと」


大祝妹がそっと補足した。

「例えば……俺が建御雷神に相撲で負けて、諏訪まで逃げたなんて話。酷いだろ? なあ阿智……いや、思兼神よ?」


「ははは、その通りですね」

「とぼけやがって!」

車内が笑いに包まれる。紅葉も興味津々で聞いていた。


「建御名方神が武闘派の連中と諏訪に移ってくれたおかげで、葦原中国の平定は始まった」

俺は揺れでうとうとしかけるが、話題が突然俺に振られた。


「こいつの祖先の天穂日命なんて、国譲りに交渉に来たくせに、すぐに俺たち出雲に取り込まれたんだぞ。呑気なやつだ」


「ええ、使者の選定を誤りました。まあ、子孫もこんな感じですね」

紅葉と大祝妹が笑う。俺も思わず微笑む。


「それで、紅葉の場合はどうなの?」

大祝妹が優しく聞く。兄妹なりの気遣いで、紅葉が話しやすいよう場を整えているのだろう。


やはり神だ、と思った。手を合わせそうになる。

「長くなりますよ」

「構わない、長旅だ」


いつの間にか車は美濃の山道を走っていた。

雨を忘れたような六月の空に、木々の緑だけが瑞々しさを保っていた。


紅葉の横顔には決意が感じられた。

旅は始まったばかりなのに、何か大切なものに触れる予感だけが、はっきりとあった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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