太裳
言い訳をさせてもらう。俺がいつも気怠そうにしているのは、霊力が欠乏しているからだ。前にも言ったが、式神を何体も呼び出すには、霊力が必要になる。俺は、まだまだ器が小さい。
白鈴と白菊。それに、何某かの式神たち。
彼らを常に呼び出しておくのは、霊力を鍛えるためで、別に偉そうにしたいわけじゃない。
呼び出しているだけで、拘束も命令もしていないのに、白鈴と白菊は当たり前のように俺に寄り添い、助けてくれる。問題は、それ以外の連中だ。
清明はいつもだらけている。
陰陽寮や学園では、そう思われている。理由はあるんだ、と言ってやりたいが面倒だ。
特に賀茂。
自分に厳しく、他人にも厳しい。俺が机に突っ伏す度に、海月かお前はと怒鳴ってくる。どうしようもない奴だ。だけど、嫌いにはなれない。
その日の夜。
俺は、いつもの神気の満ちた山の中腹に立ち、呼び声を上げた。
『天帝に仕え、四時を護る文官の神よ。我が声に応えよ』
空気が震え、ひやりとした風が足元を撫でた。黒い影が形を帯びる。
現れたのは太裳。静寂の中に降り立つ姿、燕尾服の黒が周囲の空気よりも濃かった。眼鏡のレンズが光り、姿勢は矢のようにまっすぐ。まさに若き執事といった風格だ。
「珍しいな、清明。私を呼び出すとは」
声は穏やかなのに、空気の緊張が増す。太裳は元から格のある式神だが、今日の洋装はどこか帝の近侍らしい気品があった。
「教えを乞いたくて参りました」
今日はきちんと制服のネクタイまで締め、胸元を正し、礼を尽くしている。
白菊が俺の髪を梳き、白鈴が靴を磨き、襟まで整えてくれたおかげで、珍しく人間らしい見た目をしているはずだ。
「呼び出しの順番は、私が決めたはずだが」
「京の守りがありまして…」
苦しい言い訳なのは自分でもわかる。太裳は礼儀と段取りに厳しい。理屈より、先に怒られる未来が見えたのだが。
「ふむ。まあよい」
眼鏡の奥の瞳がわずかに細められた。許されたらしい。
「本日のお姿は…?」
「ああ、帝も洋装しておるだろう。学生のお前らに合わせただけだ」
「恐れ入ります」
白鈴と白菊は、横で必死に笑いを堪えてる。俺もツッコミたいが、言えるわけがない。
「それで、何の用だ?」
「雨乞いを行うのですが、式典の正しいやり方が記録で途切れておりまして。教えを請いたく…」
調べるのが面倒、とか、難しくて理解できなかった、なんて言えるはずもない。
「陰陽寮の者に聞けばよかろう」
「間違いがあってはなりません」
太裳は頷き、その一文だけで空気が変わった。
「その心構えは良い。よかろう、教えよう」
本来は使役する立場のはずなのに、俺はどうも子分気質らしい。
とりあえず場所を変えよう、と太裳に案内し、陰陽寮の貴賓室へ通した。俺の部屋なんて見せたら最後、百箇所はダメ出しされるに決まってる。
貴賓室は静かで香が焚かれ、蝋燭の光が障子越しに揺れている。
「さて、こんなところだ。理解できたか?」
走り書きのメモを取る俺の隣では、賀茂が真剣な目で丁寧に一字一句書いている。
これで準備は整う。あとは彼と白鈴たちが段取りを固めてくれるだろう。
「問題は交渉だな。清明がやるとなると…」
「ですよね。困りました」
俺はまだ知識が足りない。自覚はある。
「青龍にやらせればよい」
「そんな手があったのか!」
一気に気が楽になる。
太裳はごほんと咳払いし、燕尾服の裾を払った。
「食事してから帰られませんか? 白菊が用意しております」
「そうだな。いただこう」
白鈴が手早く食器を並べ、白菊が料理を運び込む。
鯛の刺身は透き通り、煮物は上品な香りが立ち、吟醸酒がほのかに匂う。
器は進学クラスの料理班が用意してくれたものだ。白菊は器の配置や彩りを学びに行っていたらしい。
「清明も気がきくようになったな」
太裳は姿勢こそ崩さず、顔色も変えないが、満足しているのは明らかだった。
しばし食事を楽しみ、太裳は静かに帰っていった。
「白菊、苦労をかけたな」
「いいえ。清明様が使役できる日までの我慢です」
「そうなりたいけど、皆とは仲良くやっていきたいなぁ」
白菊は柔らかく微笑む。
「そういうところが、清明様の良いところだと思います」
白鈴が貴賓室を片付けながら口を挟み、白菊に軽く叩かれていた。
「痛いよ、姉ちゃん」
「白鈴もありがとな」
二人の手を取って霊力を渡すと、急激な眠気が襲ってくる。
賀茂は食堂の机で、太裳の教えを一文字も漏らすまいと清書していた。部屋に帰る俺は声をかけた。
「悪い、俺もう寝るわ」
「ああ、お疲れ」
てっきり怒られると思ったのに、返ってきたのはあまりにも優しい声だった。
「え?」
「晴明様の生まれ変わりだよ、お前は。御方を呼び出せるのも、お前くらいさ。清書が終わったら渡すよ」
賀茂は筆を置き、ぽんと俺の肩を叩く。太裳と会うのを同席させるのを喜ぶこいつ。変わってる奴だ。
「ああ、ありがとう」
「清明、お前はもっと自信を持て。偉大な者だ」
もしかして今、褒められた?
思ってもみない言葉をかけられて、俺は動揺した。
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