空梅雨
その年、雨が降らなかった。いわゆる空梅雨というやつだ。
天気予報にも、天気にすら興味のない俺は、人に言われなければ、その事すら気が付かなかった。
「各地の貯水池の水が無くなってきたらしいぞ」
朝食を食べようと食堂に顔を出すと、加茂が新聞記事を手に記事を指差して俺に話しかけてきた。
「そのうち降るんじゃないか」
「だと良いけどな」
それだけ言うと、奴はニヤリと笑って朝練に出かけて行った。
「なんか嫌な予感がするな」
俺が着替えに部屋に戻ると、白鈴が話しかけてきた。
「清明様の出番かも知れませんね」
ベッドメイクしていた白菊も黙って頷いた。
「何で俺なんだ?」
「だって、得意じゃないですか。雨乞いの加持祈祷」
「いや、俺はそんなことやったこと……」
前世の記憶も無く、その時は比較にならないほどの非力な俺に頼まれても困る。
白菊と白鈴は、俺が問題なく成し遂げるだろうと、揺るぎない崇敬のまなざしを向けていた。その視線が胸に突き刺さる。――何とかしなければ。
まあ、まだ依頼もされていないのだけれど。
「保名先生にやり方だけでも聞いておくかな」
放課後の教室。誰もいなくなるのを待って俺は顔を上げた。
「ねぇ、清明くん」
凛とした佇まいで、長い黒髪の凛とした佇まいの女の子。
「げっ」
睡眠学習を終えた、俺の前に立っていたのは、クラス一の清楚系女子 大祝さんだ。
「げっ、て失礼ね」
「ごめん。放課後、この教室ってすぐに誰もいなくなるじゃん」
「そうね。みんな部活やらで忙しいものね」
そんな彼女も吹奏楽部だった気がする。
「笛、吹きに行かないの?」
「またまた、失礼。クラリネットよ! 清明って小馬鹿にするわよね」
「そうじゃない。無知なだけだ」
間違っても、何の用だ? と聞いてはいけない。俺にも危機管理能力くらいある。
「それでね。あなたの為に、とっておきの情報を持ってきたの!」
嫌だ、情報なんてものは不要だ。
「ああ、その情報なら蘆屋に教えてやってくれ!」
同じクラスの蘆屋、勝手に俺をライバル視してくる面倒な奴だ。俺が、静かなクラス崩壊者なら、奴は正真正銘の崩壊者。
その名前だけで、眉をひそめ、目つきも険しくして嫌そうな表情を浮かべた。
良かった。俺より嫌われ者がいた。
「清明って性格も悪いのね」
まずい。俺の含み笑いを見られていたようだ。
「小物だからね。それじゃ」
「待ちなさいよ。雨乞いやるんでしょ。このままじゃ失敗するわよ!」
大祝さんが、珍しく大声を出した。
「え? 誰がそんなこと言ってるの?」
俺は思わず反応してしまった。
「兄さんに聞いたから、間違いないわ」
彼女の義兄は、建御名方神の生まれ変わりで、生徒会の一員。そして彼女は守屋家から大祝家に養女に入っている。諏訪巫女なんだけど、女神じゃないかとも言われている存在だ。
「いや、俺は依頼されていないぞ。それに俺にそんな力は無いのに……」
だが、実際、この学校の生徒会は、物凄く力があるからな。
「ごめん。聞かなかったことにして。兄さんに怒られる」
「いや、怒らんだろう。仲良し兄妹と聞いてるよ」
俺の言葉にとても嬉しそうな顔をした。
「それでね。私のペットの洩矢龍が話したことを教えるわ」
いやいやいや、どこの世界に龍をペットにしている奴がいるんだ。まあ、ここなら普通の事かもしれないが。
洩矢龍の話というのは、龍社会での大事件。
九頭龍大王が、『雨を降らすな!』と指示を出して小龍だけでなく、他の龍にも圧力をかけてるという事件。洩矢龍のところにも依頼が来たらしい。
「もちろん、私の可愛い龍は断ったけどね」
「それで、九頭龍大王が激怒している理由は何なんだ?」
「……詳しくは聞いてないみたい。だから、呼び出して交渉するにも準備をしておく必要があるわ」
「わかった。ありがとう」
俺は素直に礼を言うと、教室を出た。勿論、向かう先は、職員室じゃなくて図書室だ。
稗田さんは、受付に座り本を読んでいた。
「どうしたの?」
その一言で心が休まる。彼女は、「離席中」のプレートを出してそそくさと
休憩室へと向かった。
休憩室のソファには、太陰じゃなくて、紅葉の姿があった。
「何でここにいるんだ?」
「私、図書委員になったから」
「はぁ……」
彼女の腕には、腕輪が光っている。
「それなら、受付お願いするよ!」
「清明先輩、冷たくなりましたね。もう、彼氏ヅラですか?」
「どこが……」
稗田さんが笑い転げている。
「それで、今度はどうしたの?」
「雨が降ってないの知ってますか?」
「そうね。降ってないわね」
そう、この反応。俺と同じだ。
「俺に雨乞いしろと、そんな話が出ているんです」
俺は、大祝さんから聞いた話を説明した。
「そう言う話なら、私は関われないかも」
「どうしてですか?」
俺の質問に、紅葉が吹き出した。
「高天原の神々は、その惟神に則って行動し、地上の人間事に無闇に干渉しない。そんな基本も知らないんですか?」
「紅葉ちゃん、彼をやり込めちゃ駄目よ」
「はーい!」
態度が違う。俺の言い負かされた顔を見て、稗田さんが助け舟を出した。
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