北山に雨が降る前に
太陰の話。
「女鬼寮に他のものが忍び込むのは容易ではない。それはすぐにわかった。となると、内部の犯行だ。そして、あんなもの盗む価値のないもの。それを知らない、わからない人物。つまり小鬼くらいだ」
鉄輪を盗んだ犯人は、紅葉の同級生の小鬼の子。
理由は、紅葉が、「鉄輪が無ければ、両親の元に帰れるのに。鬼にならずに済むのに」と毎晩泣きながら話していたからだとか。
「まあ、余計なおせっかいと言う奴だ。鬼であることは変わらない。本人もなぜ盗んだのか朧げだと言っていた。何者かに操られていた気配もある。だから不問にする。そう言う結論に、茨木と稗田様とで決めた。良いか?」
「俺は、構わない。探してくれていた、盗まれた鉄輪はこのように……」
「やはりな。河童どものおもちゃか」
太陰は、手に取ると、ゴミ箱に投げ捨てた。
「おい、呪具じゃないのか?」
「ああ、だが、紅葉が呪いを発する時に身をつけていたらの話しだ。それはタダの鍋の底だ、全く呪いが溜まっていない。ははは」
「大騒がせな話しだったな」
「そうでもない。鉄輪が無ければ、紅葉の心が落ち着かない。やがて荒れ狂うだろう……ところで新しい鉄輪は?」
「ああ、頑張って作ったよ!」
俺は、作った鉄輪を太陰に見せた。彼女は目を細めて言った。
「優しい主様じゃな、誇りに思うぞ。又、あまり時間を開けずに呼んでくれ」
そう言って太陰は、姿を消した。
金曜日の教室、俺は爆睡をかましていたが、はっきり言って地獄だった。
辛島クラス委員長の冷たい声で俺が目覚めると、俺の机の周りを、女子全員が取り囲んでいた。
「起きたかしら、清明君」
いつもなら、近くにいるはずの賀茂が、スポーツバックを持って教室を出ていくのが見えた。
「俺は、四天王の中でも最弱じゃなくて、最弱四天王の中でも最弱」
そう言えるはずもなく、「どうしましたか?」と答えるのが精一杯だった。
「私たちが、昨日の女鬼寮のこと、知らないとでも思っているの?」
いや、知ってるから怒ってるんだよね。理由は何となくわかる。でも、俺のせい、いや、俺のせいだな。
「まあ、よくあることじゃない、他の寮への訪問なんて……」
しまった。言葉選びを間違えたらしい。やはり、沈黙が金。
武闘派巫女の望月さんや、梓さんの顔が怖い。
「ある訳ないでしょ。稗田様のお渡りなんて。しかも鬼女寮よ! そして、舞われたとか……」
「私たちの巫女寮でも、実現してないらしいわ……」
ここは、知らんぷりを決め込もう。
いつもは騒がしく元気な、ダンス部の出雲が、静かに涙を流していた。
痛い。痛い。
「わかったよ。様子を見ながら、お願いしてみる。だから許して!」
困った時の、稗田さん。
俺は、図書室に逃げ込んだ。
だが、彼女はいなかった。そうだ。今日は金曜日だ。
※
「まあ、来週にでも、会った時に話をしよう」
一時帰宅していく人々が見える学園のエントランスを、見下ろす校舎の屋上に行った。
迎えに来た車が、列をなして並んでいる。呼び出しの度に、学園から人が出てくる。俺は、その様子を眺めていた。
「あ、ここにいたんですね」
振り返ると、紅葉の姿があった。
「ご迷惑をおかけしました! 太陰様に寮まで来て相談に乗ってもらって、みんな喜んでました」
その声は、元気に弾んでいた。それは、彼女の本質なのだろう。
二日酔いで疲れた顔をした稗田さんが、高貴な客車のついた蒸気自動車に乗り込んでいくのが見えた。
「あ! 稗田様ぁ!」紅葉は大声を出して手を振った。
気がついたのだろう。稗田さんが手を振り返してくれた。
恥ずかしかったが、俺も小さく手を振った。
「とっても、素晴らしい舞でした。それだけでもここに来れてよかったです」
「でも、ああやって、毎週帰れて羨ましくないのか?」
「何を言ってるんですか! 稗田様たちは、週末は自分の領域で御務めではありませんか⁉︎」
そうなの? 俺は知らなかった。
「そっか、それじゃ、たまには俺と週末、外に遊びに出よう!」
「デートに誘われちゃいましたね」 紅葉は笑った。
俺は思わず赤面した。そういう意味ではないんだけど。
「そうだ。鉄輪見つかったんだけど、原型がないくらい潰れてて」
「そうなんですか? 川に捨てたって、酷いですよね。でも、もういいいんです。謝られたし、私の為だし」
「そうなの? 代わりの鉄輪作ったんだ。受け取って! これなら盗まれないでしょ」
青みを帯びた美しい鉄輪。いやブレスレットだ。
「本当に! やっぱり清明様はお優しいです。好きになりそうです」
彼女は嬉しそうに、腕にはめた。
いやいやいや、女鬼に愛されるほど、危険なことは無い。
「さて、図書委員やらないと」
「じゃあ、私も手伝います」
全てが解決した訳じゃない。彼女の友人を唆した者。愉快犯だろうか、俺は忘れてはいない。
空は晴れている。
だが、京都の北山にある学園は、梅雨の季節が迫っていた。
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