序 一条戻橋
本日、四話投稿します。
「おじさん達、取り憑かれてるよ」
思わず声をかけてしまったのは、あまりに彼らについている悪霊がはっきりと見えたからだ。俺は、清明。小学六年生だ。
「はぁ!? おまん、ふざけたガキやのう!」
狭い路上に車を停めた黒塗りの車から降りて来た男たち。
その先にある繁華街へと向かう彼らの背中に、ベッタリと取り憑いていた。
その中のボスらしい男が振り返り俺を睨むと指示を出したのか、数人の男が俺に向かって走ってきた。
慌てて逃げるが、俺の足は遅く、彼らに捕まってしまった。
「今どき見んくらい、汚ねぇガキやな」
「頭、フケだらけやき」
帽子が飛んで、ボサボサの俺の頭を見た男が吐き捨てた。
一人の男に抱え上げられ、黒塗りの車の後部座席に押し込まれる。
「取り憑かれちゅうとは、どういうことや?」
隣に座ったボスが、静かに俺を睨む。
「え? そのまんまの意味だよ。このままだと、死ぬよ」
「ほうか……穏やかじゃないこと言うのぉ」
低く笑って、男は続けた。
「けんど、わしは信心深いき。何がついちゅう?」
疑いと愉しみを混ぜたような目で、そいつは俺を見つめた。
「犬だよ」
「そうか。よう見えるのぉ」
唇の端をゆっくり上げる。
「けんど安心せい。憑いちゅうんじゃない。飼うちゅうがや」
俺は身の危険を感じて、車の扉を開けて、走り出した。
「まずい、まずい」
寒いものを感じながら、俺は必死に走った。
商店街を抜け、人の多い錦市場の中に紛れ込んだ。
「さすがに、ここでは捕まえられないよな」
走るのをやめて、大きく息を吐いた。
心臓の飛び跳ねて、俺の耳にも聴こえてくる。
「せっかく、遊びに来たのに……」
放課後の、ほんのひとときの自由。
滅多に外出しない祖母が、今日は用事で出かけている。
夕食がきちんと用意されていたことで、帰りが遅くなるのだと知れた。
折檻を受けずに夜の街を歩けるなんて、こんな機会は滅多にない。
小遣いというものを貰えない俺は、優しい先生の奢ってくれるお釣りや、祖母が渋々出す集金の残りをかき集めて、汽車代にした。
そして、今日は、十月最後の日。俺の誕生日でもあった。
「やっと、京にやって来た。清水寺に行きたかったけど」
歴史が好きな俺は、家のある大坂の阿倍野から京に見物に来た。
「がめつく学校で、給食なんて食って来たのが行けなかった」
放課後を待たず、午後の授業を「体調不良」でサボって京に着いたばかりだった。それでも着いたのは夕方だ。
怖い男たちから逃げるように歩いていると、いつの間にか市場は終わり、荘厳な感じのする場所を見つけた。
「御所だ!」
引き寄せられるように、烏丸通りを歩いて近づく。なぜか懐かしさが俺を支配した。
「おい! おったぞ!」
大通りである烏丸通りは車道だった。黒塗りの車の窓から、あの男が顔を覗かせて叫んでいる。
道に沿って、俺は再び走り出した。
※
御王神社が、通りに面して立っている。
俺は、『見えざる物』を見た時は、神の社に逃げ込むことにしている。だが、今回の相手は、生身の人間で大人だ。
「どうしよう警察に……」
だが、今回の旅行の件が、祖母にバレる方が嫌だった。
中立売御門で、車は御所の警備の検問に捕まっていた。
「助かった」
だが奴らは、車から降りて俺を追って来た。
「しつこいな。なんで、なんで追ってくるんだ!」
小さな時から言われていた。
『見えることを口にするな』 口うるさい老婆の声が俺を叱ったことを思い出す。
俺は横道に入った。足音は大きくなり、周囲にはいつの間にか人が居ない。
心臓が張り裂けそうだ。
目の前に橋が見える。
『一條』『戻橋』
宵闇が迫る橋の上、低く大きく浮かぶ月は川面に光の帯を落とす。月光。
背後から数人の男。だが、いつの間にかその前には数十匹の犬が姿を現していた。男たちに取り憑いて見えた妖魔の犬だ。土佐犬のように大きく獰猛で、石畳の上で牙を光らせ、唸り声をあげる。
橋の真ん中で、俺は狩りをされるように、完全に囲まれていた。
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