03 王女殿下と強い手袋(短編版完結)
どうやら、わたしは夢を見ていたようです。
夢というよりも、走馬灯のようで、昔の思い出を回想するような……。わたし死ぬんじゃないんだからさ。
母が亡くなったあとのできごとはいつ思い出してもつらいし、テラ先生の泣いてるところはかわいらしいけど、涙が止まらないあの日々はお互いつらかったです。
ああ、だめぇ。。。また泣きそうになってくるぅぅ。。。
きっとこれは、あの白い手袋を拾って洗ったからあんな夢をみたのかもですね。
母の手袋が見つかって捕まえようとするあたりからは、感動的な物語のような都合の良い改変でしたね。
目覚めそうなときに限って、こういう都合の良い改変でゴリ押ししてオチをつけるのはやめていただきたいです。わたしの胸糞悪い性悪夢めっ!
失くした母の片方の手袋は未だに発見されていないので、夢で鮮明に登場するほど、今わたしが喉から手が出るほど欲しかったものなんだなと改めて思います。
それ以前の展開はあのときの思い出のまま完全再現でしたので、懐かしいやら切ないやら悲しいやらで胸がいっぱいになります。
ああ、だ。。。もう。また泣きそうになってくるからぁぁ。。。。
これは、目覚めによるものなのか、悲しい夢によるものなのか、どの種類の涙かは謎のままにして、わたしはその涙を拭って目を開けました。
ちなみにわたしの持ってる母からもらった片方の手袋は、額縁に入れて壁に飾られていて、もしもう片方が見つかればこの中に入れて大事に保管です。
片方の手袋が入った額縁には、わたし至上最も強い障壁魔法が、二度漬けか三度漬けしてかけられています。
わたしが今居るベッドからもその額縁が見えます。母がわたしを遠くから見守ってるのだと思うと安心して眠れるからです。
目を開けたものの、まだ真夜中のようです。ほのかに月明かりを感じます。
これは、いわゆる「月夜の晩の丑三つ時に~」と言う時刻でしょうか?
ヤモリはこの国にいるのかは分かりませんが、薔薇と蝋燭なら王城にあります。
テラ先生がたまに歌ってくださる不思議なお歌の歌詞が確かそんなだったかもです。うん確か、そうだったかもです。はい。
ベッドの中は温かく、夜らしい静けさと、夜気がひんやりと頭を撫でていきます。
──でも、何かがおかしいのです。
胸の奥にずしりと重くのしかかるような、異様なほどの莫大な魔力量。
恐怖。というより、凍りつく感覚。何が起こっているのか、わたしはすぐに察しました。
視線の先。姿見の前の台の上には、丁寧に洗って窓辺に干しておいたはずの驚きの白さとなった手袋が、ゆらりゆらーりと宙に浮かんでいたのです。
なにこれこわい。
えっ? 誰かが魔力を注いで操ってるのかしら? でも、魔力の流れは明らかにあの手袋のみだし、遠隔操作の疑いはありませんね。
仮にこんな魔力量を遠隔で飛ばせるとしたら、こないだ討伐された魔王がだいたい十人分の魔力量を優に超える相場になるでしょうに。
つまり、あの手袋は魔王の魔力量を遥かに超えてる膨大さなのですよ。こわすぎでしょこの手袋。
この世界の国々を全て消すことを数万回ほど繰り返すことすらも、朝飯どころか昼飯前どころか、寝ながらやれちゃいそうな規模の強さなのですから…。
とりあえず、浮かんでる手袋の様子を見てみましょう。
ふわり、と浮かび、落ちる。
ふわり、と浮かび、そして、落ちる。
ふわり、と浮かび、やはり、落ちる。
確認してショック。また確認してショック。明らかにそういう風に見えます。
まるで感情がある。わかりやすいほどに。まじまじと見てるとだんだんかわいくて愛おしいく思えてきますが、残念ながら相手は強敵どころの騒ぎではありません。
しかしこのままでは、いずれ誰かが魔力量に気づき、わたしの部屋が魔力検知などで調べられるでしょう。
ましてや魔王討伐後なのだから、さすがにまずい状況です。魔王復活に加担したとか変な疑いがかかりそうです。
国民のみなさまの一部には、誰かも知らない人の言葉をすぐに鵜呑みにし信じたいものしか信じないために、疑わないことが多いですから。
頭のかたいわたしもそういうところがあるかも知れないので、お互い様ですよね。
だからこそ日頃の行いは大事だし、怪しまれて疑いがかけられないように過ごさなくてはなりませんね。
特に貴族の皆様たちに怪しまれ、疑われたらと思うと王女であるわたしとて、正直生きた心地がしません。常に危険が危ないのです。
そんな重々しいという重語が似合うほどヘビーな話題を考えながらも、わたしは覚悟を決めました。ベッドからそっと離れ静かに姿見に歩み寄ります。
そして、わたしはできるかぎり、王女らしい口調で右手を挙げて話しかけました。
「……あの、ちょっと。落ち着いてくださいませ…」
手袋は姿見に映るわたしと実物のわたしに気づいたのか、声に気付いたのか、ギクリとして浮かんだまま固まるも、すぐに激しく動きます。
果たして、この手袋には目や耳に相当するものなんてあるのかしら? 目…的なもの? 目的? あれ?
見えてないのか、聞こえてないのか、焦っているのか、よくわかりません。実質片手の動きだけじゃなんとも伝わりにくいです。
あと、口がないので喋ることができないのではないでしょうか? 身振りのない片手振りの相手とどこまで話が通じるでしょうか?
とにかく、警告は、しましょう。魔力だだ漏れですからね。どうかわたしの話が通じますように!!!
手袋に向かって、わたしは右手の人差し指を突き出して警告しました。ドーンです。
「……えーっと…。あなたには、莫大で異様な魔力量があります。このままでは誰かに気づかれてしまいます。どうか魔力量を抑えてくださいませ」
わたしがそう告げ始めた瞬間、手袋は跳ねたように上昇し天井スレスレまで舞い上がり、わたしの言葉が終わるのを見計らったかのように──。
ストンッともパタッと聞こえる軽い音とともに落下しました。
わたしは思わずビクッと肩が跳ね上がりました。実際はとても小さな音だったのに、全身にまで届くような衝撃がいくような心地でした。
すると、誰かが語りかけるような、伝えてくれるような、頭の中がそう認識してきます。
えっ? 突然、頭の中に響く。それは声とも文章とも絵図とも違うような、直に伝わるような表現が飛び込んできました。
『王女殿下に、ご挨拶を申し上げます!!』
この言葉が、わたしが普段脳内で誰なのか自分なのかよく分からない不鮮明な声で、じわっと聞こえてきました。
これが魔法によるテレパシー? すっ、すごい。こんな粋な魔法があるのですね…? すごい感動。
手袋はまるで礼を示すかのように、シワひとつない驚きの白さでキレイに床に落ちてる状態。
おそらく、掌のような部分を下にして平伏してようで微動だにしません。
まるで、礼儀の正しい手袋というものはこういうものだとお手本を見せられてるようですね。礼儀の正しい手袋とはどう言ったものなのか? それはこの通りですと。
わたしも仮に手袋の姿となって目上の人に礼をする時には、大変参考にはなりますが、わたしがそれをやる日があるのかは永遠の謎です…。
わたしがどう返そうかと迷っていると、再び、頭の奥に流れ込んでくるものは、未知の魔法式の構造でした。すごい? すごいすごい!
「……!!」
思わずわたしは息を呑みました。ありえないくらい短い!けれど極限までに最適化され情報量をこれでもかと絞ったキレイな魔法式。
これがあのテレパシーの魔法式…?
わたしは早速その魔法式を静かに詠唱して試してみました。すごい魔法なのに詠唱が短くて済むのが驚きです。
──あれ?
どうしましょう。言葉選びが難しい!!
顔をあげて…手袋には顔がない。(「面をあげて」も同義)
手をあげて…物騒になっちゃう。
手袋を相手にすることが、これほど言葉選びに悩むことだったとは…意外ですね。
実際にそういうことに直面しないと実感ないですからね。こういう経験は。
『……楽な姿勢で構いませんので、落ち着いてくださいませ』
わたしは機転を利かせ、無難な言葉を選んでみせました。
ぬぁあはああ~。それにしてもこのテレパシー魔法は超便利。声を発することなく、目的の相手にだけ伝えられる。
小声で喋ったり、時には聞こえるように大声で喋ったりと、しなくて済むので気が楽ですね。
日頃から口数が少ないわたしには、正直ありがたい魔法…。 いや、わたしだって話す時は話しますよー。王女さまですからー。
しかも解読されにくいように予め暗号化的なものまで設定できるの?! なんて最先端な魔法なのでしょう。
詠唱が短く済む上に、簡単な魔法式・簡単な絵図・短めの無音動画であれば、相手に伝えられるんですって。
ただ、音声そのものは伝えられないみたいですね。この仕様はなんだか不思議です。
えっ、す、すごいですー。この魔法。すごすぎて鳥肌です。作った人まじすごい。まじで惚れそう。惚れてまうやろ。
こんなに短い詠唱なら誰にでも使えそうですが、皆が使用するにはいろいろと問題点はありそうですね。
王家限定にしときましょうか。
続きは以下で連載することにしました、この短編上では「完結」とさせてください!
話を完結できず、結果的に短編じゃなくなってしまいまして、申し訳ありませんでした!!
旧タイトル「王女殿下と指差し確認」
現タイトル「魔王の手袋に転生した僕だけど拾ってくださった王女殿下の指になります!」
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