01 王女殿下と白い手袋(短編版)
この日も、中庭には穏やかな風が吹いていました。
陽射しはやわらかく、薔薇の香りがそよぎに乗って心地よく、小鳥たちはうたいながら羽根を休め、満足したらすぐ空へと舞っていく平和な自然が広がっています。
わたし。マニータ・クエスタ・アリーバ王女殿下は、その片隅にしゃがみこんでいました。
わたしの髪は風になびき、一見すると黒く見えるのですが、光の角度によっては、瞳と同じワインレッドが浮かび上がります。国王、つまり父曰く、これは母に似たようですが、母はわたしが小さい頃に亡くなりましたが…。
そんな超絶悲しい話よりも、今は目の前の幸せな話が重要なのですよ!!
草陰から覗いていたそれを発見したのですよ~~~。
それは、片方だけの手袋ぉ~~~~!!!
「ぬほほほほほんほー!」
わたしは興奮のあまり、乙女らしからぬ鳴き声(?)を発してしまいました…。
あらあら。これはいかんいかん。我ながら迂闊すぎましたね。
思わず、自身の頭に軽く拳を当てて、ベロを出すポーズ。これは魔法講師であるテラ先生直伝!
女子らしからぬ行動をしてしまった時は『てへぺろ☆』と呼ばれるかわいいポーズをすれば、乙女を取り戻せる?らしいです!
「………」
侍女は残念なものを見たような表情をしていますが、わたしにはそんなことは些事なので、見ない振りをしました。 些事中の些事。 投げつけても良い些事。
まぁ、侍女のほうはこんなわたしに匙を投げて諦めていることでしょうが、渋々声をかけてくれました。
「これは、やけに黒ずんだ白い手袋ですね。ほつれはないですが、掌の部分には薄く焦げたような痕が…」
「どうして焦げちゃったんでしょう? 持ち主が火炎魔法の加減を失敗しちゃって捨てたのかしら?」
わたしは、幼いころから王城の中庭で、こうした「片方だけの手袋」を見つけては拾い集めてまいりました。
その理由は、手袋はふたつでひとつ。それが片方だけ、置き去りにされている光景は、どうにも切なくて、放っておけないタチなのです。
たぶん、わたし自身が、寂しくてずっと母の温かみをずっと探してるのかも知れませんね。 そんなわたしの癖を知ってか、いつからか使用人たちは庭という庭をくまなく清掃するようになり、手袋はめったに姿を見せなくなってしまいました。
うーん。解せぬ。
確かに人さまの手袋は不衛生ですからね。中庭だと大抵は使用人、特に庭師のか?魔法使いのか? まぁ、洗ってしまえばそんなことは些事なこと。些事は投げます。匙とともに。
そうそう。半月ほど前に、王都の近くに魔王が現れたんでした。
『暫定魔王討伐隊』を急遽結成した四人があっさりと討伐。
その中にテラ先生もいらっしゃいましたし、彼女はパーティリーダーでした。 パーリィーリーダー! 先生格好いい!
魔王討伐の後処理と手続きで王城中の人間がバタバタしているのでしょうか、中庭の掃除も滞るようになっていたのでしょうね。
チャンス到来!
ラッキー! クッキー! 手袋大好っきー!
「ええ。また、拾うんですか? マニータさま…」
呆れと言うか哀れみのような声が聞こえました。
セラ。わたし付きの若い侍女。わたしとふたりのときは年相応に口うるさい四歳年上のお姉さまですが、普段は超優秀で笑顔が似合う侍女です。
「だって、セラ。何年何日ぶりか忘れたくらい、久し振りなのですのよ。」
「差し出がましいですが、どうか、どうか、執事か近衛のほうに届けてくださいませ。魔王討伐後ですから、何か混ざっているか、何があるかわかりませんよ?」
「あらあら。大丈夫よ。怪しい魔力を感じないし、悪い物のはずがありませんわ?」
わたしはニッコリと笑って、そっとその手袋をつかんで拾いました。
「では、せめて洗わせてくださいませ。わたしが……」
「いいえ、これはわたしが致します。キレイキレイにして、乾かしてあげませんと」
セラは深くため息をついておりましたが、それ以上は何も申さず、わたしのあとを追ってきました。
部屋に戻ってから、手袋をぬるま湯でやさしく洗い、石鹸で指先を包むように揉み洗い、驚きの白さとなりました。布でていねいに拭き取り、窓辺に干して乾かしました。
そのとき――
なぜか、妙な感覚が走りました。 感覚というより、視線?
わたしのことを、見ていたような? そんな気配。
うん? 気のせい?
まさか、近衛? 影? いいえ、それとは違う気配です。
気の所為でしょうっと。わたしは侍女に促されて湯浴みをしました。それは、手袋の分までと言わんばかりの念入りに。
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ところが、その夜。
ふと目を覚ましたわたしの目に映ったのは――
窓辺に干しておいたはずの手袋が、姿見の前で宙に浮いていました。
異様な魔力量を感じ、凍りつくかのような寒気を感じます。
(公開当初、貼り付けるべきバージョンを取り間違いました。11:35 頃更新)