3 レイテン言うな
あたしは自分の意思で学園に通っているわけでない。
周りに半ば流され、成り行き的にここまで来てしまったのが大きい。
あたしは望むならずっと部屋に引きこもって、魔法を覚えたい。
見たこともない魔法を創作することも密かに目指している。
学園生から声をかけられる時間が惜しいため、授業が終わったらそそくさと図書館で魔法関係の書物を借り、帰宅してから読み漁る日々なのである。
その結果どうなったか?
答えは答えは0人0人!
あたしにお友達などいない~!
言わせんな! ばぁーか! ばぁーか!
コミュニケーション能力も0点!
「とうとう! 0点取ってしまったああ!! マジヤバぁ!!」
あたしたちは今、学園から自宅である辺境伯別館の帰路である。
「それはまことか? レイテンさん!」
あたしの後ろの護衛騎士が口を挟んで来た。
うっさい。レイテン言うな。
護衛騎士は、リカルド・デンドライト。あたしの護衛騎士であり、深緑色髪の男子。
「レイテンさま~。大きな声で言うことではありませんよ!」
あたしの手を繋いでるメイド服の少女もあたしに呆れながら護衛騎士に便乗してきた。
放っとけ。あと、レイテン言うな。
もう一人の少女はリッチェル・アメシストは、あたしの専属メイド。赤紫色髪の女子。
「だって~。別に世界旅行するわけでもないから、地理を覚える意味が分からないし!」
「いや、レイテンさん。地理の知識は必要だぞ? 買い物をするときは商品の産地はとても重要なんだぞ?」
「そうですよ。例えば、レイテンさまはお花が好きでしょ? 外国にはここにはないお花がありまして──」
「ち、地理なんて、知らない知らない。知らないったら、知らないー」
あたしにグイグイ来るこの男女は、あたしのお友達じゃないからね!使用人だから!
二人とも同じ教室に通っているけれども、友人かと聞かれたら少し悩んじゃう。
あたしはそれぞれ、リカルデントとリッチャンと呼んでる。
あたしを〝レイテン〟と、ある国の言葉で0点を表す発音に近いあだ名で呼んでくるから!
リから始まる同士なので、辺境伯家では彼ら二人をリリ組と呼ばれてるらしい。
ビビアナイト辺境伯夫人ことあたしの母が、あたしと年代が近い使用人の見習いを学園に通わせてるついでに、同行させると言う手の込んだ過保護っぷりがここに現れている。
特に母がリカルドをあたしの恋人だと勘違いしてくれちゃって、いい迷惑である。
あたしに文武両道の騎士さまであるリカルドは釣り合わないし、同じく文武両道な面を隠してるメイドのリッチェルにくれてやるし、二人は優秀だからお似合いだろう。
あたしは魔法以外はポンコツなのだから。
それも、注意されたあとに躓きますから、そそっかしいどころではないです。
人の話は聞いているはずなのに、それを理解し脳に浸透するまでの時間が、人よりめちゃかかるのだから。
あたしを介してこんなに気が合ってるのなら、付き合っちゃいなと思っています。
あたしの恋人は魔導書なのだから。
あたしの思わず出た独り言に反応して突っ込みしてくるから、何も言わないで帰宅しないと‥‥。
でも、二人からは何か言ってオーラと言うか、圧があるので抗えないのである。
あたしとしては、早くこの使用人二人が恋仲が発展さえしてくれればなと思ったりしている。
「今度の試験こそ共に勉強しませんか? レイテンさんの地理の成績、あげましょう!」
「賛成でーす! レイテンさま! 今度こそお願いしますぅー!」
「やだやだやだ! 地理なんて、知らない知らなーい」
「レイテンさーん!」
「レイテンさーま!」
「し、知らなーい!! ん? あれ?」
あたしの返す言葉がなくて困っていると、周囲にブルースライムの群れが!
「おお! ありがとうスライムちゃん!」
「何故か感謝しちゃったよ‥‥」
「スライムゼリーは美容アイテムですからね!」
あたしが二人のグイグイを無視してたら、都合よくスライムに出くわしたので感謝していると、リカルドはそれに呆れて突っ込み、リッチェルは目をキラキラさせた。
リカルドは鞘から剣を出すと縦横無尽にスライムを退治した。
あたしとリッチェルは退治したスライムから、スライムゼリーを取り出す作業をした。
あたしたち三人はスライムを37匹を倒した。
およそ370ミリリットルのスライムゼリーを手に入れた。
リッチャンはスライムゼリーを入れた小瓶を大事にしまった。
これを材料に美容アイテムを作成するのだろう。
これをフラワーオイルと調合すれば、天然の洗髪剤になる等ある。
「最近、ブルースライムがよく出るよね? どうしてだろ?」
「1匹でスライムゼリー10ミリリットルだけだし‥‥」
「対価に合わないから、辺境伯騎士や冒険者たちも退治しないからでしょうね?」
あたしは二人からテストの話題をそらしてくれたスライム37匹に感謝しながら、スライム大量発生の話題に夢中になりました。
彼らはここでは学園生でなく使用人だから、あたしにグイグイ来ることはなくなる。
まあ、リッチャンは、リカルデントがいない時は、すごくおとなしいからね。
あたしはリリ組のグイグイにシカトしてると、辺境伯のナトロライト別邸に着いた。
要はあたしたちのおうちだ。
二人から向けられる悲しそうな表情は、毎度のことながら見なかったこととしたい。
ビビアナイト辺境伯のナトロライト別邸は、学園近くに建てられた騎士寮のような要塞だ。
辺境の森には魔獣が多く出没するため、別邸には男女の騎士が常駐しており、辺境内の案内や討伐任務にあたっている。
冒険者ギルドも存在するが、広大な森の管理には人海戦術が欠かせない。
辺境伯騎士が冒険者と協力することもあり、辺境伯と冒険者ギルドの関係は良好である。
あたしはそんな辺境伯の実態をあまり考えないようにしていると、思わずおじいさ~んと言いたくなるような別館の執事のエドウィンが、両親がいることを伝え、彼らの居る部屋に案内されました。
辺境伯ご夫妻ことあたしの両親は、あたしの地理以外の成績は褒めてくださった。
0点は流石に叱られるかなって思ったけど、華麗にスルーされた。
ちなみに魔法は94点。
両親といろいろ話をした。最近のことやこれからのこと‥‥。
でもやはり、「0点は取らないように」とは言われてしまった。
そう‥‥だよね?
本当にごめんなさい。
夕食は両親とともに煮込んだお肉とお野菜のスープを食べたよ。
スープは毎日野菜のスープだけど、味付けが毎回異なるんだよね。
「今日はバターかな?」
あたしは味わってスープを飲んでからそう口にした。
「いいえ、これはチーズよ」
母が食い気味で言ったが、どうせそれが答えなのだろう。
「え? ミルクだろう?」
父は卑怯なまでに範囲を広げて予想を建てた。
「こちらは?」
「チーズスープで御座います」
執事のエドウィンが侍女のクロエに聞き、正解発表したら、やはり母が正しかった。
「やっぱり、お母さまの言う通りでした」
「さすがセシールだ」
「あなたたちに料理を振る舞いたいとは思わないわね‥‥。はあ、料理人たちが可哀想だわ‥‥」
母がそうボヤくと、使用人たちは苦笑します。
父とあたしはどうやらバカ舌らしく、毎回この結果に笑い声に包まれています。
それはもちろん料理人たちも理解していて、裏ではギャンブルを賭けてるなんて話も小耳に挟んだ。
父とは実の親子ではないのに、この妙な共通要素がなんだかうれしくなってしまいます。
あたしがここに来てから、使用人たちの雰囲気がよくなったと、皆がそれぞれそっとあたしに言ってくるけどさ‥。
あたしは、特に何もしてないんだけど?
あたしのポンコツっぷりに、皆が勝手に微笑んでくれてるだけなのでは?
それでこの辺境伯別居が平和になるなら、こんなポンコツなあたしでも少しはお役に立てると思えば‥‥。
両親はここで一泊し、明日の朝食後に森はずれの都市にある領主館に戻り、また王都の別館に行くのだそう‥‥。
息子兄弟家族たちの元に行脚も兼ねているのでしょう。
お忙しいのにあたしのために会いに来てくれたのかもしれない。
うれしいけど、うれしいんだけど、それに気づくと恥ずかしくなってくるし、ちょっと嫉妬というか寂しくもあるけど、養子のあたしよりも兄さまたち家族が優先されるべきです。
あたしは義理の兄さまたちとはお会いしたことはありますが、本当に数える程度‥‥。
皆にあたしの魔法を見せたら、兄さまたちは驚愕しつつも口を揃えて「母が好きそうな強くて賢そう娘だ」的なこと言ってたけど‥‥。
味音痴で、そそっかしくて、地理0点のあたしのどこが賢いと言うのでしょうか?
緊張しいで全然強くもない。よわよわでーす。
あたしは自室に戻った。
魔法は好成績だったけども、自主勉は惜しみない。
紅茶を出すリッチェルもあたしの勉強をチラチラ見つつ、一緒に勉強したげにアピールしてきました。
むうう。どうしたものか。
やはり地理の勉強しないとかなぁ‥‥?
しかし、侍女のクロエがやってきて、地理0点について反省しなさいと叱られて、ちょっと泣かされた。
「辺境伯ご夫妻があなたに厳しく言えないからこそ、このわたくしめが変わってあなたにキツく言います。リッチェルもリッチェルですよ──」
「ごめんなさい。クロエ。リッチェルは悪くないんです。あたしがリカルドとリッチェルのお勉強のお誘いを無視して、魔法以外の勉強から逃げてただけです。明日からちゃんと魔法以外の教科も勉強します!」
クロエとリッチェルは顔を見合わせて、頷き合ってますが、これはそうですね。
なにせ、クロエとリッチェルは姉妹同士なので、口裏合わせて‥‥。
でも、あたしは気づかない振りをした。
だって、興味のない科目の勉強が嫌いなあたしが悪いだけなのだから‥‥。
地理かあ‥‥。
リリ組と勉強会かあ‥‥。
地理リリ‥‥。
あたしは彼女たちに対する申し訳無さと興味のない勉強の嫌悪感でさらに涙が溢れた。




