1 突然の非日常
タイトルが決まらなくて寝かせてたお話です
あたしは、内藤 冷夏。
我ながらへーんな名前!
あたしのおじいちゃんが名付けたんですって。
でも、あたしはギリギリ秋生まれなんですけどね?
あの青い猫型ロボットと同じ誕生日です。
あたしは日本のとある海に近い市で生まれました。
田舎は田舎ですが、近所には大きなお店もあるし、大きな病院があるし、大きな美術館もあるし‥‥。
映画館のあるショッピングモールは、去年くらいに最近できたばかりですが‥‥。
まぁ、田舎っぽさはないんです。
ないったら、ないんです!
県庁所在地までは、クルマで高速道路を使って2時間半ほどかかりますが‥‥。
もしかしてだけど?
もしかしてだけど?
うち田舎なのん?
冷夏という名前からか、クラスメイトからは「ヒヤシンス」といつからか呼ばれてます。
ここでは内藤の苗字は珍しくなく、クラスにはあたし含め3人も居る上に、クラス担任も内藤先生だし‥‥。
そうなると、名前やあだ名で呼ばれてもしょうがないのです。
あたしの名前を呼ばれたのかと思ったら、本家本元のヒヤシンスの花の話題だった時は、さすがにヒヤヒヤどころか、顔面アツアツになって困りものです。
ふつーに無難に、レイカって呼んで欲しいものです。
そそ、あたしは高校生の女子で、明日16歳の誕生日を迎えます!
やったあ! 誕生日ですよ!!
誕生日いいいい!!
なんてたって誕生日前夜!!
画面に蜘蛛の巣ができてから3年以上は使い倒した携帯とも、さよならバイバイ!
父さんが勝手に選んで買ったバッテリーの減りが早いSIMフリーのスマホ‥‥。
買い替えるぞい! 買い替えるぞい!!
アイヒョーンでなくても良い!!
アンヨヨイヨだっていい!!
そう、新しいスマホならね!!
今度こそ画面に蜘蛛の巣を作らないようにするぞーい!
あたしは全然イマドキ女子らしくない語尾を心のなかで叫びながら、テレビを観ていましたぞいっ!
クラスの女子の間でも原作小説が人気な青春ドラマです。
19時から始まるドラマは最近ないらしく、これは初回2時間スペシャルなのだそうだ。
それにしても、どうしてドラマやアニメって原作からどれだけひどい改変がなされてるんだろう?
原作にあったあの心温まる話が無かったことになってるし‥‥。
原作になかったはずの胸糞悪いエピソードぶっこまれているしで、──しょうもなッ!!
おいしいお料理やスイーツが出てきて、それを堪能するシーンが異様に長いのですが?
おいしそう‥‥。おいしそう‥‥だけどさ!!
放送できる時間と話数が決まってるからしょうがないにしても‥‥。
だったらなんで原作を持ってきてやる必要性は?
これって、なんのためのドラマ化?
あたし知ってます! きらーん☆
番組に関わった全ての人たちに箔が付くための人気タイトルのドラマ化でーす!
売れてる原作タイトルに関われるのであれば、内容や視聴者の反応なんてどうでもいいのでしょう?
箔が付くだけで良いのだから!
‥‥って、どこかで見かけたネット上の意見に書いてありました。あたし個人の意見ではありません。
あたしがテレビの良くないところにげんなりと思っていると、それをフルパワーで反撃するかのように、突然テレビの画面が切り替わりました。
放送事故かって感じに映像や音声が唐突に乱れており、スタッフだかアナウンサーらしき人たちの慌てふためく声がします。
なにごと?
ちょっと~~~!!
まだあたしが、クソドラマを観てる途中でしょうがっ!!
『番組の途中ですが、先ほど、大津波警報が発令されました!』
ええっ? 何? 怖っっ!
いきなり大津波? どこ?
「ん‥っ!! けほけほっ‥!」
あまりの突然のことに、あたしは大好きなアセロラのジュースが変なところに入ってしまいました。
咳が激しく出てきます。
「へっちゅふん! ちゅふっ! ‥んにゃ~」
これは猫のくしゃみではありません。あたしのです。
咳が止まらず、くしゃみ誘発され、くしゃみしてようやく落ち着きます。
あたしはそそっかしくて、むせると決まって毎回こうなります。
こういう時、すかさずティッシュを取ったものの、何も出来ずに握りしめてるだけで、はしたない結果となりました。
あたしの鼻先は、アセロラと一体化しました。ううう。
大好きなものとは言え、変なところに入れば、異物は異物。異物混入です。
あたしはティッシュで鼻と口元を拭うと、一気に具合が悪くなりました。
「にゃふーん」
このかわいい鳴き声は、あたしのではありません。
そそっかしいあたしを心配してる愛猫の声です。
「ゼロちゃんごめんね? 騒がしかった?」
あたしは愛猫ゼロちゃんを撫でながら、落ち着きを取り戻し、テレビを観やると、さっきまでドラマをやっていたとは思えない映像です。
日本地図には大津波の箇所を示す点滅と、テロップの津波到達時刻リストが表示され‥‥。
到達地にうちの県と市の名前が‥‥ありました。
ちょっと、まじ?
到達時刻がとっくに過ぎてるじゃん!
テレビ的には、あたしもう大津波に沈んでるじゃん?!
「警報にしても今さらすぎでしょ!?」
とうとうテレビに向かってつい声に出して突っ込んでしまいましたが、普段のあたしはこんなことはしない。
それくらいのことが起きています。
ドラマをゴリ推した結果、大津波警報が遅れてしまったのではないかと疑いました。
テレビ局的には、国民の命より出演者やスタッフが大事なんでしょう?
だからあの原作者が‥‥おっと、これ以上は何も言うまい。
そんなことより、あたし自身の命がどうなるか‥‥ですよ!
あたしは、窓を見ました。
泥色の大きな波がこちらに今か今かと迫ってきています。
建物が揺れていますが、地震なのか津波の影響なのかは、あたしには分かりません。
ありえない光景すぎて、都市災害を再現したCG映像かゲーム画面のよう。
この状況が現実で目の当たりにすると、何も言葉が浮かばない。
三階の窓からも信じられないほど波が高いとわかるほど、何もかもが飲み込まれています。
〝高台に避難〟って、今からエレベーターや階段に行く勇気がない。
エレベーター動くのかなこの状況で?
とにかくここから出るのが怖い!
「あれ? 父さんと母さんは‥‥?」
そう言えば、うちにはまだ両親は家に帰ってきてない。
19時半をすぎて、すっかり夜だと言うのに仕事からまだ帰ってきていないっぽい。
と言うか、連絡の電話もメッセージもない。
この状況なら電話回線が混雑しているのかも。
最悪だと施設が津波の影響で流されていたり、故障で障害になっていたり?
詳しくないけど、そうなんじゃないのかなとあたしなりに考えました。
とにかく両親は無事でいて欲しい!
それを思うと両親の顔がよぎって泣きたくなってきた。
家に居るのにホームシックな感じになりそうです。
「にゃふーん」
「ゼロ‥‥」
今のあたしには、かわいい飼い猫のゼロがそばに居ます。
と言うか、危機感を察してあたしの足にしがみついています。
ゼロは、死んだおじいちゃんが飼ってた三毛猫です。
三毛猫のオスはどうやら珍しいらしいので、猫好き界隈では人気な猫さんでした。
瞳孔が斜めになっていて、瞳孔が細くなると、ストロークという斜め線の入った数字のゼロっぽいからゼロちゃんなのだ。
オレンジ色と白黒の三毛で、お股が白いのがセクシー。
かわいくて、かっこいい。
もはや、あたし自慢のカレシです。
あたしは生まれ変わったら猫になってこのカレシと一緒になるんだ。
「あっ‥‥」
「んにゃ?」
ゼロの名前で思い出したのは、昨日返された地理のテストの点数!
名前を書き忘れた上に、記入した解答全部はずして0点でしたから!
ざんねんッ!
こんな緊迫した時に変なことをどうして、0点のことを考えてしまうのでしょう?
愛猫と自分自身のポンコツっぷりを自慢している場合ではないのです。
今、一刻一刻と、あたしたちの生命の危機が迫ってきています。
テレビの映像と窓の景色が日常ではありません。
もう観たくない。
「ど、どうしよ‥‥!」
「にゃふーん」
「ゼロちゃあ~~ん! こわいよーーー!! まだしにたくないよーーー!!」
「にゃふ‥‥にゃふーん‥‥」
「父さーん‥‥母さーん‥‥!!」
「にゃうん‥‥」
あたしはもう冷静さを失ってしまいました。
ゼロを抱いて泣き叫びながら項垂れました。




