転生者は次の転生を強いられる
初投稿です。よろしくお願いいたします。
名前の通りなので、意味不明な句読点や言い回し等があると思いますが、何卒ご了承くださいませ。
皆の声が聴こえる。
老齢と昔の無理が祟り、最近は大分聴こえの悪くなった耳に家族の声が届く。随分と焦っている様だ。
衰え、物の輪郭程度しか写さない瞳で見渡すと、何故だか家族の姿がハッキリと視える。
努力の甲斐があり、飢えや病で喪う事なく育った5人の子供達にその配偶者。奥には部屋に入り切れなかった10を超える孫やその家族も居る様だ。皆沈痛な面持ちや泣き顔で私を見ている。
ここ数年で固まり、動きの悪かった身体がとても軽い。身体を起こすと、まるで羽でもあるかの様にフワリと浮いた。
あぁ、私は死んだのか。先に逝った妻に会えるだろうか。
これが最後だから一人ひとり家族の顔を記憶に焼き付けていると、身体は更にフワリフワリと建物を透過して上がっていく。
あの子がいなかったけど、元気だろうか?冒険者として頑張っていると聞いたけれど。
あの子の事が少し気がかりだけど、でも、まぁ、良い人生だった。
異世界に転生して、地球とは違う環境で育った。
前世の知識を使って品種改良や土壌改善に努めたお陰で、地球とは違う植物でもなんとか上手く育てられる様になった。
収穫が増えた事で冬に飢えて亡くなる者が減ったし、身体が強く育つ子供も増えた。
多分、私が記憶を持って転生したのは、この為だったのだろう。
ただの寒村だったこの村も、食料生産で知らない者がいない程有名な町になったのだから。
空から見る生まれ育った町や農場は、前世で見た航空写真の様で、何か懐かしい気分がした。
目を閉じれば、段々と意識が薄れて行く気がする。
妻に会えなかったのは残念だが、前世と今世があったのだから、恐らくは輪廻があり、また生まれ変わる可能性もあるのだろう。
ならば来世で出会う事もあるかも知れない。
次の人生も、今世の様に満足の行く生き方が出来ればいいなぁと、私は意識を手放した…
「………と…って、ちょ……待…て、ちょっと待って!」
がくんと意識が呼び戻された。
目を開ければ、其処に映るのは真っ白な空間。
まるで前世で観た転生物のアニメの様な…?
いや、今世でもお世話になった農業の知識以外、略々忘れていた前世の記憶が蘇る。
これって異世界転生物とかで神様と出会ったりする空間では?
「なに成仏しようとしてるの?馬鹿なの?って言うか、馬鹿!」
声のする方へ視線を向けると、今と過去を比べるTV番組で観た平成のギャルみたいな格好をした女性がいた。
日本人と比べたら目鼻立ちのはっきりとした顔に金髪で碧眼、メリハリのある身体で、腰に手を当てて私怒ってますって表情で俺を睨んでいる。
「何で魔王倒してないの!?地球の日本から転生した人間は魔王を倒す勇者になるのが仕事じゃないの?あと、聖女とか」
と、理不尽な事を仰る…と言うか、前世の俺が死ぬ前辺りでも廃れて来たジャンルの話では。
「いや、そんな仕事はないし、いち農業高校生にそんな期待されても困るから」
「先輩に聞いた通りチートもあげたじゃん!病気や怪我の耐性に前世の記憶維持、1回だけ大体の願いが叶う祝福とか!」
そもそも、生まれ変わる時に会った記憶がないし、ましてや魔王を倒せなんて言われた記憶もない。
戦争が続いてたのは知っているけど、相手国が魔王関係なのは知らなかったし。
なにより最近、敵国の将軍を一騎打ちで倒して勇者って呼ばれる様になった傭兵が出現したって聞いた気がするんだけどなあ。
「専門知識も無い、武術を習っていたわけでもない農業高校生が病気や怪我に強かったとして、魔物とか倒せるわけないじゃん…野生動物でも怖いわ」
実際、この世界での鶏ポジの飛び蜥蜴の解体でさえ苦手だった。
前世でじーちゃんの家で鶏や蛇なんかの解体やらされたり、高校で畜産DVDの動物解体を見せられたけど、未だに動物の命を奪う事に忌避感はある。
大体の願いが叶うって祝福は気になるけど。
「あ、病気や怪我の耐性、無くなっているじゃん!祝福も消えてる?」
言われて思い当たる節がある。多分、アレかなぁ。
「多分ソレ、1番下の孫娘に行ってるかも?」
1番下の孫娘は俺の家族で1番身体が弱く、小さい頃は数日置きに熱を出していた。
熱が引かず苦しむ孫娘の手をにぎり、俺が代わってあげられたならって強く願った次の日、孫娘が今までになく元気になって、病気や怪我をほとんどしなくなった事に驚いた記憶がある。
反対に、それまで病気1つかかる事なかった俺が風邪とかにかかる様になったから、その耐性を祝福を使って孫娘に移したのかも知れない。
「何やってんの!?私の階梯だと1人にしか権能上げられないのに、どうするのよ!?誰が魔王倒すのよ!」
「俺はもう死んでるし、どうしようもないじゃん…勇者って呼ばれてる傭兵がいるらしいし、その彼?に倒してもらえないの?」
「あんなの、魔王に味方した人間の将軍倒しただけの、ちょっと能力が高いだけの普通の人間じゃない。魔王の瘴気に耐えられるかも分からないわよ」
瘴気ねぇ。物語とかではよく出でくるワードだけど、結局瘴気って何?
話によって違ったりするし。
「瘴気は穢れを煮詰めた様な物よ。簡単に言えば、近づくだけで体調不良になって病気になって衰弱して死ぬわ」
普通に思考読まれてるなぁ。
あぁ、だから怪我や病気への耐性が必要だったんだ。
え、じゃあ耐性持ってる孫…シーちゃんが魔王倒さないといけない流れ?
「無理。権能は貴方の魂に授けた力だから、誰かに移したとしても劣化してるから。多少は耐えられるだろうけど、それにしたって」
と、何かを言いかけた途中、アニメみたいなリアクションでハッとした表情になる女神と思われる女性。
その時、女神に電流走る、みたいな。
と言うか、記憶が完全に戻ってから思考が前世に寄ってる?私から俺になってるし。
「貴方その孫娘の子供に転生しなさい。元々貴方に授けた権能だから、魂に引かれて元に戻るはずよ」
産まれた時から見てきた孫の子供になるのは嫌なんだけど。
そもそも、その権能とやらが戻って来ても、俺に戦いとか無理なんだが?
「大丈夫、今の記憶を一時的に封印して別世界に転生させるから。そこで闘い方学んでもらって、その次転生する時にこっちの世界に戻せばいいから」
それだと計算が合わないと思うんだけど、神様の力で何とかなるのかな?
「力が俺に戻ったら昔みたいにシーちゃん病弱にならない?さすがに孫娘犠牲にしたくないよ?それに別世界に転生してからこっちに戻るまでに何年かかると思うのさ」
俺の意見を聞くと、人差し指を立てた手を顔の横に持っていって、フフンって感じで目を閉じる女神。
誰かさんに似た仕草に、ちょっとイラッと来た。
「先輩の世界に転生させてもらうのよ。先輩は上位世界の女神だから、時間の流れが早い世界もいくつか管理してるし。其処だったら80年くらい過ごしても、こっちでは1年満たないわ。病弱については…大丈夫でしょ。今見たけど、冒険者としてかなり身体を鍛えているみたいだし、権能なくなっても普通の人より大分健康だと思うわよ」
あ〜うん、これは断れない流れかなぁ。瘴気とやらがある魔王を放置すれば、結局は俺の家族が危ないかも知れないし、多分、この強引さがある女神なら否応なしに転生させられそうだ。
シーちゃんの子供として産まれるとしても、10歳くらいまで記憶を封印してもらえれば何とか耐えられそうだしね。
ついでに戦いと言うか、動物の命を奪う事に忌避感のある俺でも戦える様に、何かしらの力を貰えないだろうか?
「魔王を倒す為に転生するなら、戦い向きの力とか貰えませんかね?」
よくよく考えれば、病気と怪我の耐性と使ってしまった祝福、記憶維持くらいしか聞いていないしなぁ。
小説でよく見る精神耐性とか剣の才能とかあれば、俺でも戦えるかも知れないし。
「ん〜無理。貴方の魂だとこれ以上の権能には耐えられないから。転生先で闘い方学んで、記憶と魂に刻み付けてちょうだい」
えぇ…つまりこれから記憶の無い、と言うか何の権能も無い状態で異世界に転生して、一からどころか0から戦い方を学んで戻って来いと。
戻って来たら権能取り戻して魔王を倒して来いと。
それなんてクソゲーですか?
「大丈夫、今先輩に確認したら先輩の世界に転生する許可くれたし、向こうの世界限定だけど、先輩の加護貰えるからそこそこ楽に強くなれるはずよ」
そこが問題じゃ無い気がするんだけど、そう言われると大丈夫…なのか?
「それにこっちの世界に戻って来たら権能も戻ってくるし、権能が戻れば病弱な孫娘と代わってあげられたならって願いが無くなるから、願いが叶う祝福も戻ってくるわ」
そんなガバガバ設定なんだ?願いが叶う祝福?
こっちとしてはシーちゃんが健康になった上に祝福戻ってくるなら有り難い話だけど。
「まぁ、その辺俺にはよく分からないからいいとして、これから転生する世界ってどんなところですかね?」
「時間の流れ以外こことあまり変わらない世界にしてくれたわ。剣と魔法の世界ね。先輩が上位女神になって直ぐ作った世界だから、少し法則が緩いみたい」
魔法かぁ。この世界にも魔法はあったけど、俺には使えなかったなぁ。
せいぜい指先に火を灯したり、掌から微風以下の風が出たくらいだった。
…生活や畑仕事にはそこそこ役に立ったけどね。
「あっちの世界で修行したら魔法も上手くなれると思うわよ?上位世界だけあって魔力がこっちより薄いから、身体と魂が効率良く魔力を集めたり溜めたりするから。一度魂が覚えた力は、その力を失っても憶えているもの」
上位世界って事だからそっちの方が魔力濃いイメージなんだけど、薄いのか。
と言う事は前世の地球ってかなりの上位世界なのでは?
少なくとも魔法は物語の中にしか無いと思っていたし。
魔力が薄過ぎるから魔法を使える人がいない、とか。
「違う違う。地球は魔力が循環するシステムが壊されちゃったから魔法が使えないだけよ。世界的には中の下ってところかも?」
あ、はい。
でも良く考えれば中の下の世界の人間が異世界救うとか結構凄くない?
「地球は魔力が循環しない、珍しい世界だからね。そんな世界で育った魂なら魔力が潤沢な世界に行けば、それだけで身体能力が上がるから。貴方の場合は魔力があってもそれを使う術を学んで来なかったからダメダメだったみたい」
あぁ、魔法を学んだり鍛えたりしていれば、この世界でも戦えるくらいには魔力とかあったんだ。
生憎農業や酪農に力を入れていたからそんな時間はなかっただろうけど。
「食料に関しては感謝しているわよ。貴方の確立した技術のお陰で食料生産が増えたし、食料が増えたから勇者不在でも長い年月魔王軍と渡り合えたわけだし」
地球とは違う植物とか多くて大変だったからなぁ。
道具も無いのに接ぎ木やコンパニオンプランツの組み合わせ試したり、肥料になりそうな物探したり…
3歳くらいから始めて、30歳近くまでかかったし。
家畜に関しても頑張った。
鶏に近い性質だった飛び蜥蜴の飼育方法の確立とか、牛はいないのに何故かいた羊や山羊を育ててみたり。そう言えば、馬もいないんだよこの世界。
じゃあ畑仕事や移動はどうするかって言えば、ダチョウにラクダのコブを乗っけたみたいな不思議生物を使っている。
馬力はちょっと低いけど、二コブなので鞍が無くても乗りやすい上に大人しい性格なので扱いやすい。
名前が無くて呼びにくいから、勝手にラクチョウとかラクって呼んでたらソレが広まったり。
まぁ、ラクの繁殖とか飼育も頑張ったから、そのおかげかもだけど。
そんなこんなで村は少しづつ豊かになって税収が増えて領主様の知る事になり、村が町に発展し、報告を受けた公爵様からの命令で他領の農民に技術を教えるに至った。
噂を聞き付け、弟子になりに来た人も多いし。
もっとも、ここまで出来たのは家族の協力あっての物だけど。
特に妻の力が大きいだろう。
妻は幼なじみで、小さい頃から俺のやっている事に興味を持ってアレコレ真似したり手伝ってくれたりしたのだ。
女性の口コミネットワークを使って友達や知り合いの奥様に畑の事を伝えてもくれたので、その話を聞いていた男連中…一部強硬な人達もいたけど、割とあっさり俺の話を聞いてくれたから、スムーズに事が進んだからね。
そうだ、転生するんだし、せっかく女神もいるんだから、妻がどうなったのか教えてもらえないだろうか?
天国的な所にいるのか、転生しているのか…先立たれて10年以上になるし、せめてその行く末くらいは知りたい。
「………に…るじゃない」
言い難い事なのか、急に勢いの落ちる女神。
いや、まぁ、先程の仕草とかを考えると、ちょっと嫌な予感がするんだけど…?
「目の前にいるじゃない」
不貞腐れたみたいに視線を逸らして呟く女神。
でもそれなら、農業酪農ばかりだった事とか知ってるはずだし、そうでなくてもさっきの短時間でシーちゃんの様子を見たり出来た事を考えれば、先程の魔王関係の事や権能の行く末は最初から知っていたはずでは?
「少しくらい愚痴らせてくれてもいいじゃない!初めて作った分霊だし、力の込め具合が分からなかったのよ!」
女神が言うには、本来分霊を俺の幼馴染みとして生まれさせて、俺が魔王を倒すためのサポーターにするはずだったとか。
その時に魔王を倒す使命を伝えて、戦い方や魔力の使い方を教えるはずだったみたいで。
ところが、初めて作る分霊…魂を分けて作る分身を上手く作れず、ただの人間と変わらないくらい弱く作ってしまったので、記憶の共有も出来なくて神界でヤキモキしていたらしい。
妻の大元らしいと言えばらしいんだけど…
「え?でも待って、俺の奥さん、分霊とはいえ神様なの?」
妻が亡くなってから魂を統合して記憶も共有したらしいし、妻の記憶を持つ女神さまとかどう接すればいいのか分からないじゃん。
「分からないって、そもそも神界に来てからの貴方の態度、女神に対して大分無礼だったけどね」
そう言われると何も返せない。
心が読まれている事が分かっていても、こんな感じだし。
もっとも、そうなる様に誘導された気がするけどね。
最初から女神と思えない言動していたし、心を読んでいる事を分からせた上で普通に接していたから。
…思い返せば、生前もそうだったよな。
付き合う時や結婚の時も。
まぁ、転生してもまた会いたいって思うくらいには、その、アレなんだけど。
「んん、まぁ奥さんの行方は分かったんだし、そろそろ先輩の世界に転生してもらいましょうか」
と、顔を背けて話す女神。
分かりやすい。めちゃくちゃ照れてるな、これ。
「うるさい!こっちに戻ってきたらまた分霊を幼馴染みとして生まれさせるから、詳しくはその時話しなさいよ。希望通り10年間お互いの記憶は封じておくから」
その辺はちゃんとしてくれるんだ。
また幼馴染みとして生まれるなら、また結婚するかも知れないし、楽しみではあるしね。
…手違いで双子とかにしないよな?
「うっかりな所はあったけど、そこまでではなかったでしょ!?…まぁいいわ。先輩の手続きも終わったみたいだし、そろそろ転生してもらいましょうか」
どうせ行くなら早い方が良いし、その分早く帰って来られるならその方が良いよな。
記憶の封印で今の命のやり取りへの忌避感が無くなるとはいえ、戦い方を学ぶのは少し不安だけど。
「では、送るわよ。向こうでもある程度闘い方を覚えた辺りで記憶が戻る様にしてあるから、魔王を倒すって目的を掲げてしっかり鍛えて来なさい」
どうやら、もう転生するらしい。
身体が薄く光って、キラキラとした粒子が周りを包んできた。
ところで、1年でこちらの世界に帰って来るとして、親となるシーちゃんに恋人や想い人はいるんだろうか?
シーちゃんに子供が出来なければ、生まれ変われないわけだし。
「え~と、思い合っている相手はいるみたいね。…あれ、でもこの相手、あの勇者…?」
勇者?敵国の将軍倒して勇者って呼ばれる様になった傭兵の?
「待って、この状況、あれ?でもちょっと?」
身体が消えかけている時に不安にさせないでほしい。
何がどうなったの?
「ごめん、魔王倒されたわ。孫が攻撃や瘴気を防いでいる間に、勇者がグサッって」
えぇ…女の子に攻撃全部受けさせる男ってどうなの?シーちゃんの夫としても、俺の父親としても。
それに魔王倒されたなら俺は転生しなくてもいいのでは?
「もう準備が終わっているから止められないわ…まぁ、今後何があるか分からないし、鍛える事は悪い事じゃないから…」
おい、目をそらすな、女神。と、言おうとしたけど、声がでなかった。
身体も薄れているし、止められないのは本当らしい。
(帰って来たら、ちゃんと説明してくれよ!)
「分かっているわよ」
目をそらしたまま、身体を震わせて答える女神。
もしかして笑ってないか?
「行ってらっしゃい。待ってるからね」
こちらに振り向いて、そう言った。
姿形はまるで違うのに、妻の姿が被って見える。
そんな姿見せられたら許すしかないし、頑張るしかないじゃん。
(行って来ます)
そうして、俺は意識を手放した。
再び家族に会う為に、この世界に転生する為に。
…この後、向こうの世界で色々あって、ようやく帰って来たら元魔王と双子で生まれたり、向こうで結婚して子供も出来た事を浮気では?と幼馴染みに詰められたり、向こうの女神に押し付けられた難題の解決報酬で余計な力を付けられ、その力が原因で騒動が起きたりするのだが、この時の俺には知る由もないのだった。




