第八話 血のこと
「たしかに気になるけど……そんなこと知ってるのか?」
「あったり前だよ。ぐみは吸血鬼研究の専門家だぞ?」
「胡散臭いなぁ」
ぐみはそう言うと、ポケットからパウチを取り出した。そしてそれをもきゅもきゅと飲み始める。どうやらその中には血が入っているようだ……が、それが専門家アピールなのかは分からない。
「ぷはっ──風蓮先輩に会ってたね」
「お前、やっぱり今日の朝覗いてただろ?」
「まあ、覗いてたのはホント。だけどキミが黄金の血だと断定したのはぐみだから」
「なんだと──!?」
まさかの事実に、心が揺れ動いてしまう。こんな小さな少女が、出会ったことのなかった俺の情報を掴んでいるだなんて……。
「なんせ、風蓮先輩といういい例がいるから、ぐみは黄金の血の特徴を知ってた」
「それに俺が当てはまったってことか」
「まー、そーいうことにしとこうか」
「──なんか含みのある言い方だな」
「知らなくていいこともあるから」
なんなんだよ。なんでいちいち隠すのだろうか。たしかに、吸血鬼たちの話に普通の人間である自分が関わっているのがお門違いなのかもしれない。そんな気がした俺は、これ以上の質問はしなかった。
しかし、ぐみの語りはとまらない。
「黄金の血は、吸血鬼の体調を回復させるし、黄金の血を持つ人間の血液生産能力も、とっても、とーっても高い」
「ならやっぱり、吸血鬼にとっては格好のエサなわけか」
ぐみは、俺の言葉に少しだけ嫌な顔をしてから、再び重要な話をする。
「こほん。長良咲良は、四つの種族の血を引いてしまった。だから身体が超不安定、だからストレスが多量にかかり、それを分散させるために四重人格になってしまった」
「てことは、咲良さんが黄金の血を求めるのは、自分の身体を安定させるためってことなんだな」
「その通り。──あ、そろそろ昼休みも終わりだ。かーえろ」
そう言ってぐみはダッシュで教室へと戻っていく。と、思われたのだが。
「待ちなさい!!」
と言って、目の前に瞳の赤い咲良さんが現れた。
「やっぱりなんかムシャクシャする! アンタも! アンタも!!」
そう言って咲良さんは強い威圧感を俺とぐみに向けて放った。俺たちはその様子に少したじろぐ。
「い、いや、誤解なんだよ!! 全てはこの小学生が勝手に血を吸ってきたから始まったことで──」
「小学生じゃないわー!! 高二だっつの!! 立派なJKだわ!!」
憤慨するぐみを見た咲良さんは、両肩を上げながら近づき、ぐみの口を右手の親指と人差し指で大きく開く。
「……ふーん? 意外と牙は大人レベルね?」
「|な、なにふうんたやえお《な、なにするんだやめろ》!」
ぐみは牙を見られ赤面する。いつも見えない場所を見られるのは恥ずかしいものだが、それはぐみにも言えることらしい。
俺は何を見せられているんだと思うが、関係ない人に勘違いされないかと思い周りを見渡す。
「ぐっ……病気になったらどうするんだ! 吸血鬼は人間の病気には罹らないけど吸血鬼の病気に罹ったりするんだぞ! ぐみはその研究をしてるんだけどね!」
ぐみは怒ったと思ったら突然胸を張ったりした。
「いいか、黄金の血! お前がたらしめた吸血鬼たちが病気になったりしたら人間の病院ではなくぐみに相談しなさい! おそらく、吸血鬼を治す薬はぐみにしか作れないから! そんじゃ、覚えとけよー!!」
ぐみは大きな声で捨て台詞を吐き、土の地面を蹴って嵐のように走っていった。
「あれ、やっぱり小学生だよな?」
「ちがうの?」
「いや、分からないけど……」
俺と咲良さんも教室へと向かって歩き始めた。
「誤解、ってなに」
「さっき言った通りだよ。アイツが勝手に血を吸ってきただけ」
「ふーん。ま、アタシのアンタへの評価は変わらないけど」
「手厳しいな」
「むしろ良いことだと捉えて欲しいけどね。最初っからアンタへの評価なんて地の底なんだから。そこから地面を掘り始めないだけ有難いと思いなさいよ」
なんとも、赤の咲良さんは辛辣だ。嗚呼、青と黄色の咲良さんが恋しいよ。
「んで、風紀委員に立候補するんだっけ?」
「う、うん。咲良さんと一緒にやれないかな、って」
「──はぁ、まあいいわ。なんかみんな『やりたい』なんて言ってるし。やってもいいわよ」
「えっ……? 朝はあんなに嫌がってたのに?」
「勘違いするのだけはやめて欲しいんだけど、アタシはアンタと違って『仕方なく』やるんだからね?」
「い、いや……俺も風蓮先輩に頼まれて仕方なく……なんだよね」
「──はぁ!? 聞いてないわよそんなの!! 風蓮先輩ってことは……アンタも色んな吸血鬼に血を吸わせるってこと!?」
「それは……わかんないけど」
「あー! もうっ!! むしろ入る理由が出来たわ!! アンタみたいな犯罪者を監視しなくちゃいけないからねぇっ!?」
「犯罪はしてないだろっ! て、てかもう教室の傍なんだからあんまり犯罪者とか刺激的な言葉を使うなよ……!」
「えぇ〜? 浮気者は声高に叫ばないといけないからなぁ〜?」
咲良さんは赤い目を限りなく細めてそう言った。俺はその目に負けないくらい顔を赤く染める。
「──誰が決めたんだよそんなこと……!」
「アタシだけど〜? まあ、授業始まるし、今日はこれくらいにしといてあげるわ」
そう言って咲良さんは俺の元から離れていった。やっぱり、赤い咲良さんは嫌いだ。