第七話 風とぐみ
「これは全面的にオレのせいなのだが、いまの風紀委員は吸血鬼救済の役割も担っている」
「と、言うと?」
「吸血鬼は人間に近しい存在……とはいえ、どう転んだって本来は血が主食だ。だから、オレが血を分けてるわけだ」
「つまり、俺にも血を与える役割を担えってことですか!?」
「いや、直ちに与えろと言っているわけではない。別に最初から血は与えなくてもいい。オレが卒業するまではオレが与え続ければいい」
「──てか、なんか吸血鬼がいっぱいいるみたいな口ぶりですね?」
「鋭いな。その通り。この学園には伝統的に吸血鬼がいる」
「──嘘でしょ? なら風蓮先輩が来るまではどうやって吸血鬼を健康にしていたんですか!?」
「ま、普通の血にもある程度は回復作用があるからな。理解のある先輩方が少しずつ血を分け合っていたらしい。しかし、黄金の血の最大の特徴は、血液の回復が異様に早いってことなんだ」
「つまり、今は風蓮先輩がワンオペで吸血鬼を助けてるってことですか」
「まあそうだな」
いやいやいや、そんなことを言われたらむしろやりたくなくなるって!!
「オレが卒業したら……まあオレが来る前までのやり方か、大井が吸わせるか……だな」
「それってほぼ強制じゃないですか!?」
「そんなことはない。それに、メリットだってあるんだぞ。この学園の吸血鬼は女子比率が高い。9:1だぞ? 繋がりが持てるぞ」
「昨日告白したばっかりなんですけど!? それに男子に吸われる可能性だってある訳じゃないですか!」
「直接飲ませる必要はない。注射器を使え」
「それはそれで嫌ですって!」
話にならない。なんで俺はこんな体質に生まれてしまったんだ!!
「それに、風紀委員ってのは誰もやりたがらん。一年なら特にな。だから、基本的には確実に風紀委員になれる」
「えっ……じゃあ俺は子吉さんと風紀委員をやるってことですか?」
「いや、子吉はこの通り金髪だから風紀委員にはなれん。長良咲良と一緒にやるのがベストだな」
「──えぇ!?」
「だってそうだろう。見たところ彼女は品行方正だし、お前的にはその方が関わる機会が増える」
「そんなこと言ったって……咲良さんが入るとは限らないじゃないですか」
「説得しろ。できるだろ」
「ムチャクチャじゃないですか!? 繋がりがモテるとか!」
「一旦今年は見るだけでいい。一年やり通してから、自分の血を吸わせるか、皆で分け合うかを決めればいい」
「そんなぁ……」
と、俺は先輩の圧に負け、半ば強制的に風紀委員に立候補させられることになった。
◇ ◇ ◇
「えっ? 風紀委員に?」
「そうなんだよ。一緒に立候補してくれない?」
俺は黄色い目──宇宙人格の咲良さんに話しかけた。
「うーん、ボクは良いけど……」
「えっ、一人称『ボク』なの?」
「そうだよ。というか、なんで風紀委員なの?」
「怖い先輩にやってくれって言われちゃって……咲良さんと一緒なら乗り切れそうだから……」
「さっきも言ったけど、ボクはいいとして他の子がなんて言うかなぁ。それに、考えたくないけど、別れたりしたら大変なことになるよ」
「うっ……そうか」
「ま、吸血鬼ちゃん曰く血は美味しかったらしいし、なんとかなるかな」
「えっ、そんなこと言ってたの?」
「うん、言ってたよ。『アイツ、生意気だけど血だけは美味しかった』って」
ま、まじかぁ……安心感と共に、複雑な感情が駆け巡る。
「じゃ、とりあえず聞いてみよっか」
そう言うと、咲良さんは目をつぶった。そして、カクンと眠るような様子を見せた後に、目を青くして開いた。
「風紀委員に立候補──?」
「あ、う、うん」
「私もいいと思うよ。楽しそうだし」
にこやかな笑顔を見せた咲良さんは、また目をつぶってから、瞳を真紅に変えた。
「アタシはイヤよ! 面倒だもの!」
「そっかぁ──てか、血が美味しかったってほんと?」
「──!? はぁっ!? そんなわけないでしょ!」
咲良さんの吸血鬼人格は、分かりやすいくらいに頬を染めた。そして、引っ込むように瞳を黄色に変えてしまった。
「ま、そういうことだね。悪魔ちゃんは『いいわよ』って言ってたから、いいんだと思う。立候補するね」
「──ありがとう。えっと、悪魔人格の子は……?」
「んー、なんか今は出たくないんだって。よくわかんないよね」
恥ずかしがり屋なのかな? でも、同じ体でもこんなに雰囲気が変わるんだ。それぞれに性格があるってことは痛いほど分かった。
「というか、なんだか吸血鬼人格を蔑ろにしていない? 一人だけ希望を聞いてもらえていないっていうか」
俺の質問に、咲良さんは身体を大きく伸ばしながら答える。
「んー……まあ、それも仕方の無いことだからね。ボクたちはそうやって物事を決めてきたから」
「そうなんだ……」
「だから吸血鬼ちゃんも気にしないと思うよ。さ、授業はじまるよっ」
◇ ◇ ◇
昼休みがやってきた。昼食を済ませ、トイレに立ち寄ってから教室に帰ろうとした時、シャツの裾が引っ張られたような気がして、後ろを振り返った。
そこには、面識のない小学生のような身長で、制服の上に白衣を着た少女が立っていた。
「……えっと、今日学校見学とかあったっけ? どうしたの? 迷子かな?」
「迷子じゃないわー!! ぐみは南ぐみ! 『み』が三つだと覚えなさい! 見つけたぞ黄金の血! 吸血鬼たらし!」
百三十センチほどしかない少女は背伸びをしながら俺の顔を指さす。
「……? どういうこと? やっぱり迷子? あと人に指をさすのは失礼だからやめたほうがいいよ」
「うるさい! そんなのどうでもいい! ちょっとこっち来なさい!」
俺はぐみに手を引かれ、校舎裏まで連れていかれる。
◇ ◇ ◇
「こんなところまで連れてきてどうするんだよ」
「いわましき……じゃなくて忌まわしき吸血鬼たらしめ! 血を抜き去ってくれるわ!」
ぐみは改めて俺に指をさす。もちろん俺は困惑する。
「いや待て待て、なんで俺が吸血鬼たらしなんだよ! 血を抜き去るって物騒すぎんだろ!」
「ぐみの独自の研究で、大井柊真という人間が黄金の血を持っているという情報を得たのよ! ぐみは吸血鬼の研究をしてるから黄金の血がぐみたちの心を鷲掴みにしちゃって危ないってことを知ってるんだから!」
「え? それだけ? ていうか黄金の血なら風蓮先輩もいるじゃないか!」
「そ、そうだけど……風紀委員長はちょっと……怖いわ……」
ぐみは左上を向きブルブルと震える。俺は独自の研究、という言葉に(本当は盗み聞きでもしたんじゃないか?)と思う。
「そ、そんなことよりきさまの血を抜くわ! 覚悟しなさい!」
ぐみは口を大きく開き、カプっと腕に噛み付く。身長的に首には噛みつけないようだ。
ぐみはチューっと血を少量吸ってから、飲むのではなくペッ、と床に吐き捨てた。
「えっ、ちょちょちょ、なんで吐いてるの? 不味かった?」
「不味くなんてないわ! でもこんなものを飲む訳にはいかないわよ! 飲んだら虜になっちゃうから! きさまの吸血鬼ハーレムの中に入るなんてゴメンよ!」
ぐみは口元から垂れる血を腕で拭いながら大きな声を出す。
「吸血鬼ハーレムってなんすか……?」
俺は疑問に思ったことを聞いた。そんなもの、はなから形成するつもりもないのだが……?
「なにって、黄金の血でたくさんの吸血鬼をはべらかす忌まわしきものよ!」
ぐみは「はべらす」という言葉を言い間違えながら、柊真に向かってガルルルと威嚇する。
「そんな事しないよ! というか俺はたくさんの吸血鬼にアプローチするわけにはいかないんだ。心に決めた人がいるから」
俺はぐみの様子にため息をつく。吸血鬼たらしだのなんだの言われたところで、自分は咲良さん一筋で行くことを心に決めている。たらしだなんて言われるのは心外だ。
「そーんなこと言ってるけど、実はたくさんの吸血鬼にチューチューされたいって思ってるんでしょ!」
「違うって! 聞き分けないなぁ」
俺は否定をするが、ぐみは見た目と思考の幼さ故に自分の考えを信じきっている。
「……なにしてんの?」
──そう言ったのは、俺でもぐみでもなく、俺の血を初めて吸った吸血鬼である咲良さんだった……。彼女は瞳を赤く光らせ、絶望するようにこちらを見ている。
「……なんであんたが子どもと一緒にいるのよ! しかもその牙……吸血鬼じゃない! その子、吸血鬼ってこと!?」
吸血鬼の咲良さんは酷く憤慨し、赤い瞳に少しだけ涙をうかべる。
「子ども吸血鬼とはなんだー! ぐみは立派な吸血鬼研究者だぞ!」
「い、いや落ち着いてくれ二人とも!これはさすがに俺は悪くないと思うんだけど!」
怒り散らかす咲良さん、不服を訴えるぐみ、どうしたらいいのか分からない俺、の三すくみでもうめちゃくちゃ。
「いや悪い! 黄金の血として生まれてきたことが悪い! 誕生罪だ誕生罪!」
「そうよ! ロリコン野郎はここで死ぬべきよ! くたばれロリコンぺド趣味犯罪者!」
先程まで敵同士だった吸血鬼が団結し、柊真を責めたてる。柊真は酷い言われように逆に笑いが出てくる。完全にとばっちりである。
「あー!! もう知らない! バーーーッカ!!」
そう言って吸血鬼の咲良さんはどこかへと走り去ってしまった。──なんというか、不幸だ。
「──ふーん、心に決めた吸血鬼ってのは長良咲良のことか」
「な、なんだよ。悪いかよ」
「いや、面白いなぁって思って」
先程までの元気さを反転させたかのようなぐみの姿に、俺は多少の恐怖感を覚える。
「気になっているんじゃない? 長良咲良という存在が、なぜ『黄金の血』を求めているのかってこと」
ぐみは、そう言ってニヤリと笑った。
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