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第五話 ひみつ

 会計を済ませた後、俺たちは映画館へと向かった。こういう時に何を見ればいいのか、とかは全く分からない。いや、全く分からない訳では無い。こういう時は恋愛かホラーがベタなのだろう。しかし、そうは言ったってそれに当てはまる作品なんていくつもある。どれを選べばいいのかが分からないのだ。


 俺たちは、無難そうな恋愛映画を選んだ。そして、大きなバケツに入ったポップコーンを買い、スクリーンへと入っていく。


◇ ◇ ◇


 ──上映が終わった。結論から言おう。全く面白くなかった。主人公の男が病気で作中死んでしまうのだが、その後に謎の男が出てきてヒロインを狙い始めた。そしてその後また別のヒロインが出てきて、その謎の男とくっついた。意味がわからない。


 咲良さんも最初こそポップコーンをバクバク食べるし、中盤もボロボロ泣いていたのだが、謎の男が出てきたあたりから呆れたような表情をして、ぐったりし始めた。結論が出た時、咲良さんがこぼした「は?」という声が忘れられない。咲良さんもそういう声を出すんだ、という気持ちと、そりゃそうだよなという気持ちが混ざったからだ。


「いやぁ、結末が酷かったねぇ、柊真くん」


 咲良さんは黄色の瞳を煌めかせながらそう言った。


「キスの意味が軽かったよね」


「ぽっと出がチューするの、感動が薄れるからやめて欲しいな」


 映画選びは失敗したが、共感することが増えたのは良かった。これが映画の功罪なのかもしれない。


◇ ◇ ◇


 外は夕暮れの風景、と言った様相だった。噴水の前に置かれたライトアップが映え、水しぶきをキラキラと輝かせている。ここしかない、そんな感じがした。残念なことに、俺には恋愛の経験がない。つまり、いつすべきか、なんてものは知らないのだ。


「あの、さ」


「ん?どうしたんだい?」


「あまりにも早すぎるかもしれないけど、さ」


「……うん」


「俺……咲良さんのこと、好き……なんだ」


「──そっか」


 ベタだ。


 しかし、手応えを感じるほどの余裕もない。


 なにより、ハッキリといえなかった。それらの情景が俺を追い詰め、心拍数が倍に跳ね上がる。彼女の顔から目を背けながら、生唾を飲んだ。


 表情は……? 彼女の顔をちらりと見ると、ニコニコと口角が上がっている。少なくとも困惑をしている表情ではない。目は美しい青色をしていた。すると、そのにこやかな口から、小さく言葉が出てきた。


「正直、まだわかんない」


「──わからない……?」


「うん。柊真くんがわたしと……いや、わたしたちと上手くやれるかが、ね」


「と、言いますと……?」


「ちょっと来て」


 そうすると彼女は、商業施設外れの路地裏の様な場所へと俺を連れ込んだ。なんというか、経験したことの無い高揚感のようなものが全身を襲う。


「やっぱり、言わないといけないと……思うの」


 咲良さんは、真剣に、それでいてどこか内気に、話をはじめた。


「わたし……いや、わたしの中には吸血鬼がいるの」


 ──時が止まった。ように感じた。吸血鬼……?流石に冗談、あるいは内に秘められた中二病か。冗談にしては表情が真剣すぎる。まあ、中二病ならばかわいいものだ。共感性羞恥を覚えることだってあるかもしれない。しかし、恋というものは多少の欠点ならば「個性」として補正できる。それに、中二病なんてものは時を経れば治るものだ。かわいいものだ。


「なんだ、そんなこと?それくらいなら全然……」


 そう言いかけた途端、咲良さんの瞳が真紅に染まり、突如として俺の右首筋に噛み付いてきた。


「いっ……た──!?」


 右首に液体の流れを覚える。しかし、痛いと思った首には、全く痛みが残らないどころか、多少の快感すら覚えている。俺は状況の違和感にひたすら困惑する。


「ちょ、ちょっと咲良さん!」


「──ぷはっ、なに?」


 ……目付きが違う。先程までの柔らかな青い目ではなく、真っ赤な目付きが鋭く俺に突き刺さる。


「──吸血鬼……?」


「そうだけど?」


 不思議と腰は抜けなかった。いや、むしろ納得が行ったと言うべきだろうか。性格や目の色の変化、そんな「違い」を証明された、そんな感じ。さらに、俺は咲良さんが吸血鬼であることを疑っていなかった。人間のそれとは異なるキバ、噛まれても感じない痛み、そしてなにより……血を拒否する様子がない。人間というのは、血を飲むことを本能的に忌避するはずなのだ。しかし、彼女にその様子はない。


「──文句ある?」


「あ、いや、文句とかじゃないんだけど……なんで性格が急に変わったのかな、って」


「あー、そうね。アタシたちは一つの身体を『人間』『吸血鬼』『宇宙人』『悪魔』で共有しているわけ。それが嫌なら付き合うのはダメね」


 先程までとは異なり、吸血鬼の咲良さんはツンとした素っ気ない表情しか見せてくれない。


「てか、逃げないのね。普通の人間から見て、アタシってバケモノなんじゃないの?」


「──いやいや! そんなことない! なんて言うか……いい個性だと思う」


「フォローになってない」


 咲良さんはそう言って怒ったような仕草を見せた。なんとも困ったものだ。


「てか、キズは!?」


 俺はカバンから取り出した手鏡で首元を見る。傷跡は──ない。ない!?


「あら、どうしたの?そんなに驚いちゃって」


「いやいや、咲良さんに噛まれた傷跡が綺麗さっぱりなくなってるんだけど!?」


「ああ、そんなこと? 当たり前よ。アタシたち吸血鬼は噛み跡を残さないようにできるものなの。だから世の中の人間たちは吸血鬼の存在に気づきにくいのよ」


「えっ、えっ?だとしてもこんなに大胆に噛んでたら……えっ?」


「うっさいわね……寝てる間に噛むとか色々考えられるでしょ!?」


 一度は冷静になれたが、少し困惑をするとそれが止まらない。好きな人が吸血鬼で……しかも目の色が変わって……なんなら多分多重人格で……?


「というか、『残さないようにできる』ってことは、残すこともできるの……?」


「そうね。残すこともできるけど……残したら、アンタとの関係に不都合が生じるから残す訳にはいかないの」


「不都合って?」


「ばっかじゃないの? そんな所に傷を残したら、アタシたちが馬鹿なことするカップルみたいじゃないの」


 ──意味はよく分からないが、とにかくカップルだと思われるのが嫌なのか……? しかし、このままなにもなしに終わるのはイヤだ、と感じた。そこで俺は、どこかで『吸血鬼に有効だ』と聞いた十字架を両人差し指で作り、咲良さんに見せてみる。


「──? 何してるの?」


「いや、吸血鬼って『十字架が効く』っていうし」


「いやいや、そんなことないから。もし効くならそこらじゅうで吸血鬼がバッタバッタと倒れてるはずよ」


「そ、そうなんだ……それじゃ、ニンニクとかは?」


「鼻がいいから強い匂いが嫌いなだけよ」


「鏡に映らないって言うのは?」


「物理的にありえないでしょ」


「日光で消滅するって言うのは?」


「それが本当だったら生まれて一ヶ月で消滅するわよ」


「コウモリとかに変身できる?」


「おばあちゃんもお父さんもやってるところ見た事ないわ。アタシも出来ないし」


「入ったことの無い家に入れないって言うのは?」


「勝手に入ったら住居侵入罪でアウトでしょ!」


「銀の武器に弱かったり心臓に杭を打ったら死ぬって言うのは?」


「多分それ吸血鬼とか関係なく死ぬわよ」


 ……柊真と吸血鬼はくだらない問答を繰り返す。しかし、目の前の少女は告白相手。パートナーに弱点があるのだったらそれを保護してやるのが彼氏の役目だと考える柊真にとって、この会話は重要なものなのだ。


「じゃあさ、不老不死っていうのは?」


「……どうなんでしょうね。アタシのおばあちゃんは今も三十歳くらいの見た目だから老いにくいって言うのは多分ホント。だけど不死身では無いと思うわ。アタシに関しては人間の血も入ってるし」


 吸血鬼は路地裏の外を伺いながら答える。そのあと柊真の方を向き、首を傾けながら話す。


「アタシ、四つの種族のミックスなの」


「四つの種族……? って、人間と吸血鬼と宇宙人と悪魔……ってやつか」


「そう。吸血鬼と人間のハーフの父、そして悪魔と宇宙人のハーフの母。その子がアタシたち」


「『たち』ってことは、やっぱり多重人格なの?」


「そう。それを分かりやすくするために吸血鬼の能力で目の色を変えてる」


「なるほど……」


 吸血鬼の少女は俺を路地裏から外に連れ出し、再び商業施設の内部へと連れていった。


「あんな辛気臭い場所で長時間過ごすなんて気に食わないから。せめて別れるなら普通の場所で、ね」


「わ、別れる……?」


「杞憂は要らないわよ。今日お開きにするってだけ。アンタのこともよく知らないし。またすぐ学校で会うわけだから。じゃあね」


青目のときの咲良さんとは毛色が違いすぎる。てか、俺の血って美味いのか……? 不味かったらどうするんだ……!? 人生の中で考えたこともない不安が全身を襲う。

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