第十四話 訪問
「あの、さ…」
「──うん」
「ごめん、昨日は。もしかしたら俺、咲良さんたちの期待を裏切ってたかもしれないよな」
「──あら、そんなふうに思ってくれてたなんて……!」
心亜は、紫の目を大きく見開き、ニコニコした表情で言った。
「言い方は間違ってるかもだけどさ、昨日の償いみたいなことをしないといけないのかな、って思ってるんだけど……」
「本当に言い方が良くないわね……。償いだなんて、お堅いにも程があるわよ」
「そ、そうだよな……」
「そうねぇ、責任取りたいって言うなら、今日はわたしたちの家に来てみる?」
身体にビリビリと衝撃が走る。これはいわゆる「お呼ばれ」と言うやつではないか……!? という高揚感と共に、昨日見せられたとんでもないアパートのことを思い出して別の意味で身体に痺れが走る。
「で、でも、いいのか? 心亜が良くても他の皆が良いとは限らないじゃんか」
「男の子の部屋に上がっておいて、その子を自分の部屋に招くのに抵抗があるなんてことないわよ。今さら野暮な心配はしなくて大丈夫っ」
「いやいや、部屋の掃除とか色々あるだろ……? まだ完璧に大丈夫とは言えないんじゃ──」
「はーいお口チャック! そんなこと気にするまでもないわよ。物もそんなにないし、なんせあんな建物だから綺麗にしてもしきれないわよ」
そんなことはないんじゃないか……? という言葉が出かかったが、グッと飲み込んで「そうだよね」と納得した様子を心亜に見せた。
「分かればよろしい! じゃ、一緒に帰りましょうか」
「か、帰る……!? ホームルームもやってないんじゃ……?」
「えぇ? もうやったわよ?」
「えっ」
なんと、俺はホームルームをやったかどうかすら分からなくなっていたらしい。どれだけ昨日のことを思い詰めていたのだろうか。驚く程にアホである。
◇ ◇ ◇
いつも通りの最寄り駅で下車し、前回と同じように商店街を抜け住宅街の方向へと歩みを進めていく。そして、昨日見た馬鹿みたいにボロボロのアパートに到着する。近くで見れば見るほど崩壊寸前である。柱が一部剥がれ落ち、障害物となって通路を一部塞いでいる。傍から見たら廃墟そのものである。しかし、郵便受けやゴミ捨て場を見る限り人が住んでいるようだった。こんな場所、完璧才女に似合うようなアパートではない。本当に咲良さんが住んでいるのか怪しくなる。
「えっと……私の部屋に案内するね」
青い目の本来の咲良さんに案内されると同時に慣れた足つきに本当に住んでいるのだと理解させられる。そして俺たちは、二階の一番奥の部屋、二〇三号室に入る。
「ど、どうぞ入ってくださいませ」
「……う、うん」
咲良さんは靴を脱ぎ、洗面所に向かう。俺も靴を綺麗に揃えてからそれに続く。俺は外とは全然違う綺麗な内装に安心すると共に、やはり心亜の言葉が大袈裟だったことに苦笑する。
「あ、あのさ、失礼かもだけど、なんでここに住むことにしたの?」
手を洗う咲良さんを見ながら質問すると、彼女は自分の手を見たまま回答した。
「お金が無いっていう理由……かな?」
「え、本当に? 進学校に通ってるからお金あるもんだと思ってた」
「親にはあるの……私にないだけ」
咲良さんは手をかなり丁寧に洗いながら答える。なにか事情があるのだろうか。俺は色々考える。
「……でも、ここ、洗面所とトイレが別だし、駅にもそれなりに近いし……過ごしやすい……と思う」
咲良さんはひねるタイプの蛇口を時計回りにまわし、そばにあるタオルで手を拭いた。
「お茶、いれてくるね」
俺はそう言った咲良さんを横目に、蛇口を左にひねった。そして、咲良さんの真似をするように入念に手を洗ってみる。そして一つの気づきを得る。そうか、好きな人の前なら丁寧に洗いたくもなるよな。本当に咲良さんが好いてくれているのかは別にしても、俺は彼女が好きであるために、手を丁寧に洗う心情はなんとなく理解出来た。
手を洗い終わった俺は、咲良さんに案内された小さなちゃぶ台の前に座る。その前に湯のみが優しく置かれる。
「……女の子の部屋に来るの初めてだからどう過ごせばいいかわかんないな」
「ごめんね、初めてがこんなお部屋で……」
「いいんだよ──というか、こうなったのも昨日の俺が原因であるとも言えるから……俺こそごめん」
お互いにあまり意味の無い謝罪をし、なんだかよく分からない空気が部屋いっぱいに流れる。
「ちょっと私、お手洗行ってくるね……!」
俺はそれに頷く。俺は少しの間暇になることを察し、今日出された簡単な課題をファイルから取り出して片付けんとする。数学の基礎演習プリントだ。問一、問二と解きすすめ、あと一問、という所。方程式を解き、答えを書いたその瞬間、右耳に「ふぅっ」と優しい息がふきかかる。
「うわっ……! びっくりした……ど、どうしたの?」
「女の子のお部屋に来てまでお勉強? せっかくなら一緒にやった方が面白くない?」
俺は先程までとは異なる雰囲気を感じ、咲良さんの瞳を見てみる。その色は紫だった。心亜はナチュラルにこういうことをやってきたりする……のではないかと思う。良くも悪くも「オトナ」な人格なのだろうから。
「──というか、なんでこんな美少女と二人っきりなのにお勉強なのよ。せっかくなら押し倒す準備ぐらいしときなさいよ!」
「お、押し倒すってなんだよ! 部屋に上がるまでならいいのかもしれないけど、それこそ人格みんなの同意得れてないとダメだろ! 体はひとつしかないんだから!」
「──ふぅん。意外と理性もあるのね」
「むしろ心亜の理性リミッターが壊れてるんじゃないのか……!?」
唇を尖らせた悪魔は自分の両手の手のひらと甲をしっかりと観察する。
「ま、分かったわ。一緒に課題、やっつけちゃいましょうか」
そう言って心亜は目をつぶり、体をゆらゆらと揺らした。
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