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第十三話 反省

 傘を差し、相合傘で家に送るまでに気づいた事実は、咲良さんも一人暮らしだということ。俺は自分のミスに気づいているので、これを解消しようと試みる義務がある。


 俺はそんな気持ちを抱えながら、心亜の案内の通りに進む。商店街を抜けると小さな交差点があり、それを右に曲がった先に住宅街が広がる。家と家の間を十分ほど進んだ所に、咲良の住むアパートがあった──のだが、そこにあったのは……とんでもないオンボロアパートだった。


「えっ……? ここなの?」


 俺は目の前に広がる光景にかなり衝撃を受け、唖然としてしまう。サビなのか、塗装はなんか赤いし、一階の部屋の扉は三つ中二つ外れているし、二階に登る階段は三つほど段が欠けている。共有部分の屋根は一部落ちている。よく法律に引っかからないな、大家は何をしているんだ、など疑問は絶えないが、とにかく咲良さんたちはこのアパートの二階角部屋に住んでいるらしかった。


「送ってくれてありがとう。また明日ね」


 心亜はそう言って笑った。本当ならもう一歩踏み込んでやろうと思っていたのだが、この光景を目にしてしまったものだから、その一歩が出てこなかった。


「う、うん……」


 俺は、ただ頷くことしか出来なかった。


◇ ◇ ◇


 俺は咲良さんという女性のややこしさを感じさせられたまま、翌日を迎えた。なんせ、多重人格なので色々な考えが一人の中に混在している。困ったものだ。俺は朝から雨上がりの裏庭で意味もなくコーヒーを飲む。半分カッコつけ、みたいなところもある。


「おお、大井柊真じゃーん。なにしてんのー? こんなとこで」


 緑髪をゆらゆらと揺らし、身長の小ささを逆に目立たせたぐみが声をかけてきた。


「いや、咲良のことで考え事してたんだよ」


「ほーん? 恋のお悩みってところか」


「まあ、そうだね。昨日のことなんだけど──」


 俺は、ぐみに昨日の「お泊まり断り事件」を話した。


「──と、いうわけで、俺は千載一遇のチャンスを逃したんだよね」


「うん、もったいないことしたね」


「……あ、やっぱりそうなのか。謝った方がいいに決まってるよな……」


「当たり前だな。せっかく長良咲良が一晩中吸血できる依り代をGETできたところだったのに、それを断ったわけだからな」


 ──ん? 吸血……? なんか、違くないですか? 俺はもっと……なんというか、もっと踏み込んだところを想像していたのだが……?


「待て待て。『吸血』? つまり『もったいない』ってのは、咲良視点100%ってこと?」


「当たり前だよ。ぐみは常に吸血鬼目線に立ってるんだもん」


 そうか、こいつはそういう奴だったか。俺は、目の前の小さな先輩にどうしようもない期待外れ感を覚える。


「なんなら一緒に住んでみなよ。同棲どーせいっ」


「はい? 同棲……?」


「そうそう。そーすれば長良咲良は常に吸血できる血液サーバーを手に入れることが出来るでしょ?」


「お、俺のことは無視か?」


「うん。黄金の血は吸血鬼を虜にするし」


「そ、そうですか……」


 なんというか、人間の感情とかムードとかそういうものをフル無視してるんだな、この人は。


「──大井柊真、キミは家を持て余しているね」


「な、なんでそんなことまで知ってるんだよ」


「ぐみのリサーチ力を舐めてもらっちゃあ困るよ? ぐみは研究者だからね。研究のためなら、たとえどんな調査であろうと遂行するのさ」


「──ヤバいやつだな、お前」


 ぐみは、「一種の実験みたいなものさ」と言って笑う。何が実験だ。人の恋愛を笑いやがって。


「てか、なんで急に同棲なんて勧めてくるんだよ」


「──面白そうだから、かなー」


「はぁ??」


 何から何まで舐め腐ったヤツだ。この女は一応先輩なのだが、そんな雰囲気は1ミリも感じ取れない。


「ま、これは提案ってだけさ。気にする必要はないよ」


「──なんなんだ一体」


「じゃーのー」


 ぐみはそう言って教室に戻っていってしまった。何から何まで変なやつだ。俺はそんな彼女を見送り、教室へと帰っていく。


◇ ◇ ◇


「おー、柊真くんおはよう!」


「お、おはよう……」


 そう言って、黄色い瞳の咲良さん──美宙が話しかけてきた。


「どうしたんだよ? まさか、昨日のことを後悔してるとか?」


「──! まあ、そうだよな。分かるよなそれくらい」


「どこまで行ってもボクたちは一心同体だからね──って、一心ではないか。同体ではあるけど」


 普通は逆なのだが、咲良さんたちの場合はこの理論が正しいような雰囲気になるのが不思議だ。


 とはいえ、俺は昨日、目の前の少女の期待を裏切った節はある。彼女の言葉を借りるなら、まさに「同体」。いくら中身が違うとはいえ、外見が同じ人を前にしているのだから気まずい雰囲気にもなってしまう。


「まあ、とにかく気にしないことだね。ボクたちと柊真くんの付き合いは長くなるはずだからさ」


「そ、そっか」


 そう言って美宙は次の授業の準備を始めてしまった。なんとも締まらない感じだ。俺はなんとなくモヤっとした感情を胸に抱えながら、その日を過ごした。


◇ ◇ ◇


 いくら美宙があんな感じでも、もし今が他の三人の時間だったらどうしようという感情のせいでまともに話しかけられない。しかし、こういう時は先手必勝なのが恋の掟……って誰かが言っていたような、俺の造語のような……感じがする。


 そんな恋とは別の謎不安を新たに抱えたものの、それをすぐに捨てて咲良さんに話しかける。


「ねぇ、咲良さん──」


「んぅ?」


 そこに居たのは……紫の咲良さん──心亜だった。

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