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魔女のワルツ  作者: 祈詩川 聖悟
7/20

7

主題曲:弦楽五重奏「魔女のワルツ」 https://youtu.be/j2nu0ZIQpwQ

 屋敷の前の広い駐車場にSUVが置いてありました。

 僕が荷物を持ってくると、リアハッチを真理亞が無愛想に開けてくれました。

 剣道の防具を持って帰れというので、大きな袋に入れられ渡されました。それを車に乗せ、僕が最初に着て来た服は風呂敷のまま放り込みました。

 僕は道着と袴のまま帰ります。

 駅まで送ってくれるのだろうか。それとも、東京まで車で帰るのだろうか。などと考えていると、真理亞が車のキーを渡してきます。

「運転しなさい」

 ……え? 僕が?

「免許、持ってないの?」

「持ってます。一昨年、国際免許に……」

「では、運転しなさい」

 ……マジですか?

 たぶん真理亞は気が付いていないと思いますが、僕は右側通行の国の人間で、運転を覚えたのも右側通行。日本は左側通行。運転感覚が違い、単純に危ないと思います。特に日本の道は狭くて危ないのです。そこを大きめなサイズのSUVで走らせるのは……、単純に危ないです。

「いいの?」

「いいわよ。何か不満なの?」

「いいえ」

 何か重要なポイントについて共通認識をもっていない会話だと思いましたが、従うことにしました。

 僕は運転席に座ると、ゆっくりと安全に車を出しました。

「気を付けて運転しなさいよ」

 ……なんだ、分かってるんだ。

 安全運転でいきます。真っ直ぐな杉の木立を抜けて……。


「アーサー、悪かったわね。お盆前には帰すつもりだったけど……、立て込んでて後回しになってしまったの。謝るわ」

 車を走らせて、舗装された自動車道路に出ると真理亞が正面を見ながら、そう言いました。

 横目で盗み見た彼女は、僕だけに見せる厳しい表情が全く無く、理想的な日本女性の表情。とても静かな表情です。

「気にしないでよ。どうせ、お盆に僕は何もすることがないし……」

 そこまで言ってから、少し皮肉を足してやりました。

「まぁ、花火は見たかったけどね。日本の花火は最高だしね」

 夜空を光の粒で覆い尽くす打ち上げ花火は、どこの国へ持って行っても驚くべきスペクタクルです。日常では小ぢんまりした造形物を好み、控えめな日本人が、花火に関しては、これでもかというくらい壮大な演出を繰り出します。あれに魅了されないのは美意識がないと言われても仕方がないでしょう。

 真夏の暑苦しい夜を、まるで神が手を(かざ)したが如く、絶妙な色合いの光の粉を散りばめていく。目の前の夜空全体に光の華が咲いたかと思うと、少し遅れて重い音が鳴る。地上の彼方此方(あちこち)で神社仏閣の縁日のように出店が立ち、お菓子や玩具が売られていて、子供たちの笑顔も溢れているのが、僕は本当に素晴らしいと思いました。

 昔は、それこそ日本が開国する前の前近代的な社会だった江戸時代の花火は大店(おおだな)がお金を出して打ち上げていたそうです。今もその構造はそれほど変わりません。自治体が中心となり毎年恒例で打ち上げる花火もあり、その近辺なら、どこに居ても、誰でも、見ることができるのです。

 花火は専門の職人が打ち上げるものと決まっていて、江戸時代には玉屋と鍵屋が有名で現在でも「た〜まや〜」とか「か〜ぎや〜」とか声が掛かることもあるそうです。玉屋は廃業してしまったようですが、鍵屋は今でも営業しています。

 日本にはそんな古くから続いている企業が沢山あり、米国の建国以前に創業した企業となると、殆ど日本とドイツにしか存在しません。

 現在、花火を上げられる企業は鍵屋だけでなく沢山あります。それらの企業が日本だけでなく、世界中で人々の心を楽しませていることを僕は嬉しく思っています。すべての国で夜空を見上げ、打ち上がった花火に照らされて、子供たちが笑顔で夜空を見上げ、その瞳に花火を映している光景は、花火そのものよりも美しいかもしれません。

「花火なら、まだ見れるわよ。アーサー」

 真理亞が平然と言いました。

 ……花火に対する感動はないのか?

 最近は夏だけではなく、季節に関係なく花火を上げたりしています。

 本音で言うと、夏は夜でも暑いのです。多くの人で溢れる打ち上げ近くの場所は、とても快適な場所とは言えません。暑さが和らいだ秋ならば、もっと快適に見れると思います。

 でも、冬に上げるのは季節感が無さ過ぎて、情緒に欠けるとも思えるので、やはり夏でしょうか。花火と浴衣姿の女性、その手には団扇。そんな日本画もあったと思います。日本の行事は季節に関するものが多く、それに無関心であれば、味わいも減ってしまうでしょう。でも、日本の夏は暑いですけれども……。

 隣で真理亞がスマートフォンを出し、何処かへ電話をしていました。

 何か急に訪問したい旨お願いしているようです。

 しばらくして真理亞は丁寧に礼を言って電話を切りました。

 そしてカーナビに何やら打ち込んで、ナビ開始ボタンを押しました。

<進行方向。逆方向です>

「アーサー。Uターン」

「え? ええ!」

「早く」

「ここでUターンは無理だよ。もっと広いところじゃないと……」

「車、止めなさい」

 僕が車を止めると、真理亞は助手席から降りて、車の前を回って、運転席のドアを開けようとします。

「鍵、開けて!」

 僕は怖くて、少し躊躇しましたが、鍵を開けました。

「降りて、アーサー」

 真理亞の目が怖いです。

 真理亞は運転席に乗り込みました。

「アーサーも早く乗って。急いでるの!」

 僕は駆け足で車の後ろを回って助手席に乗りました。

 僕がまだシートベルトをしていないのに、猛然とバックで発進して、突然サイドを引いて、真理亞が急ハンドルを切ったので、スピンして車の向きが変わりました。僕はダッシュボードに叩きつけられ、何事か判断する前に、真理亞は車を急発進させました。僕はシートに押し込まれ、少しの間、身動きがとれませんでした。

 少し法定速度を上回っていたかもしれません。

「アーサー。少し東京に帰るのは遅くなるけど良いわね」

 僕は応えようもありませんでした。状況も理由も分からないし、そもそも体中が痛くて、それどころではなかったのです。

「花火は、アーサーが考えているものだけでは無いのよ。

 花火は心で見るものだと教えてあげる」

 車はしばらく走り、少し広い道路に出て南下しているようでした。

 今度は何をされるのか、僕の不安は再びレベルを上げました。

 僕がいま一緒にいるのは、禍々しい紛い物の聖女だということを思い出したのです。


 陽が西に傾き、そろそろ暗くなり始める気配がするだろうと思える頃、目的地に到着したようです。

 ごく普通の街中。

 縁日のような、人出があり、何か始まる気配がしています。

 車を止めたすぐ近くの建物から人が数人出てきました。

 真理亞が車を降りたので、僕も降ります。

 真理亞は丁寧に頭を下げて、何やら言葉を交わし、また軽く頭を下げました。

 相手側も丁寧に頭を下げて、何やら申し上げ、また丁寧に頭を下げています。

 その人達が真理亞のことを「お嬢様」と言っていたので、真理亞の一族に関わる人々なのだと解釈しました。

 建物の中に通され、僕は小さなリビングのようなところのソファーに座らされました。

 真理亞はそのまま奥に通されます。

 すぐに年配の女性が小さな漆塗りのお皿に小さな蓋付きの陶器の茶飲みをお盆に乗せて奥から出てきました。

「こんにちは」

 女性が愛想よく笑顔で言うものだから、僕も笑顔で返しました。

「こんにちは」

「あなたが式?」

 重要なワードを含んだ言葉だと思いましたが、意味が理解できません。

「あら、違うの?」

 この瞬間に僕は、あの山の上の岩での出来事を思い出して、否定するのは良くないと思いました。

「式です」

「そうよね。そう聞いてたもの」

 女性はお盆を持ったまま、僕の隣の少し離れた場所に座り続けました。

「もう修行は済んだの?」

「まだ途中だと思います」

「あら、そう。大変ねぇ。頑張ってね。……あらあら、麦茶、飲んで?」

 少し頭を下げてから、蓋を外して小さな茶飲みを持ち上げると、指先が冷たい。冷えた飲み物だろうと思いました。冷たい麦茶はコンビニでも売っているので、僕も飲んだことがあります。麦茶は大麦の種を殻ごと焙煎して挽いて煮出したものです。カフェインが入っていないので、夕方以降は好んで麦茶を飲みます。特に夏の暑い時期に冷たい麦茶は美味しい飲み物です。

 でも、この麦茶は少し違いました。ほんのり甘いのです。

「おいしい」

 僕が思わず目を大きくして応えると女性は益々笑顔が増して……。

「あら、良かった」

「甘いの、初めてです」

「そうなの? 麦茶にお砂糖入れるお(うち)、結構あるわよ」

「そうなんですか?」

「そうそう。お砂糖入れる派と入れない派があるの。うちは入れる派」

「入れる派……賛成です」

「あはは、派閥が少し大きくなりました」

「あはは」

 ひとしきり笑い合い、女性が手を伸ばして僕の肩を軽く叩いて笑い、僕も笑っていました。何だか久しぶりに、こんなに笑いました。

「ねぇ、ちょっと腕に触ってもいい?」

 女性が申し訳なさそうに言いました。

 僕は女性が何を言いたいのか良く理解しています。

 来日したばかりの頃は良くありました。特に大学で黒人は僕だけです。皆が興味本位で僕に触りたがるのに辟易した経験があるのです。その時に良く言われた言葉を、この女性も言いました。

「日焼けよりも黒いのねぇ」

 何の悪気もない、無垢な感想であることを充分に僕は理解しています。米国で同じことを言われたら、僕は怒っていたでしょう。僕が怒るのは言葉ではなく、言葉の向こう側にある心。僕が米国で感じていたような黒人に対する突き刺さるような感情を、僕は日本人から感じないのです。その意味では、世界は言葉よりも前に在るということは正しいのかも知れません。

 実を言うと、こんな無礼な振る舞いも平然と行なってしまう日本人の無垢さが僕は好きなのです。不思議に全く不愉快ではありません。寧ろ、心がほんの少しだけ溶け合ったような、淡い信頼感に包まれているようにさえ思えてしまいます。

「日本の人は日焼けしても、こんなに黒くならないのですか?」

「どうだろ。黒い人は黒いわよ。あなた、黒人としては、そんなに黒くない方でしょ?」

「そうですね」

「日本人って、肌の色、一種類じゃないのよ」

 初耳です。驚きました。

「そうなんですか」

「そうそう。地黒とか色白とか、いろいろ居るのよ」

「初めて聞きました」

「もともと日本人自体が混血民族だから、純血日本人さえ定義できないし、存在しない考え方なのよ」

「日本人は単一民族なんじゃないんですか?」

「そんなことないわよ。地方ごとに文化も言葉も違うのに……」

「知りませんでした」

「あら、いけない。ちょっと余計な話をしたわね。忘れて」

 女性の笑顔に全く罪を感じませんでした。言ってることには少なからず問題発言が含まれていましたが、誰かを攻撃する意図は全く感じられませんでした。

 そこへ真理亞が奥から出てきました。

 僕は硬直。

 真理亞は浴衣を着ていたのです。僕は言葉を失って見とれていました。ほんのり淡い若草色の絞りの入った浴衣。

 本当に驚いたことは、その次に起こりました。

 いままで、にこやかに話していた女性が立ち上がり、どこかの政府官僚のように真剣な表情で真理亞にこう言ったのです。

「式だと認めました」

 真理亞が少しだけ微笑み、受けて応えました。

「そう。手間が省けました。ありがとうございます」

 そう言って真理亞が軽く頭を下げると、女性は丁寧に頭を下げてから、部屋を出ていきました。

 ……やられた。

 油断しました。紛い物の聖女の手下を信じた僕の愚かさに、悔やんでも悔やみきれません。

 日本の治安の良さが僕の警戒心を台無しにして、油断と隙の穴だらけの防御線に変えてしまっていたのです。この国は信用できる人が多すぎます。

「行きましょう」

 真理亞が部屋から出て行きます。僕はそれに従うだけ。

 日本の治安が良いことで、僕はこの(てい)たらく。何だか矛盾しているようにも思います。

 そもそも何故この国の治安が良いのか、日本人さえ知らないのです。

 嘗て中国に存在した魏の国の三世紀末に書かれた記録「魏志倭人伝」には次のように記されています。


 不盗竊、少諍訟。


 盗みなどをせず、(いさか)いも少ない、と書かれています。

 倭人とは一般的に日本人を指す言葉です。

 この頃から治安が良かったことが伺えます。日本に於いて治安の良さは制度上の安定状態というよりも、伝統や習慣と見るべきかも知れません。伝統ならば日本人が治安の良さについて論理的に答えられないことの説明にはなります。

 真に驚くべきは、それよりも遥か昔、縄文時代の約一万五千年の間、戦争の形跡が見つからない事です。戦争どころか戦い専用の道具さえ見つかりません。そもそも風土的に平和で、争いの構造を意図して避けてきたようにも思います。現代の日本人がまさに意識して戦争の当事者にならないように努めている姿と重なります。日本の歴史に於いても数百年に及ぶ平和期が幾度かありました。その平和の間に短い戦争期があります。歴史的には平和期の方が長いのですが、何故なのか、その理由も分かっていません。

 諸外国に於いて治安は、失われやすく得難いもののようにも言われがちですが、そもそも治安の基本となる人と人の信頼関係を社会全般で構築できていない事が原因とも思えます。また貧困の解決に消極的であったり、地域的に貧困化するスラム街など放置しているようにも見えます。日本には局所的に貧困化した地帯はありますが、スラム街のような貧困地域はありません。

 やはり僕の意見としては社会の前提が壊れていないのだと思います。ここで言う社会の前提とは、信頼に基づく人間関係、健全で基本的な規範、利益の公平な分配などです。家族関係に於いても、村社会に於いても、基本的な条件です。これらが失われると暴力による奪い合いとなり、社会の前提が一度でも壊れれば、回復困難な無秩序な社会へ堕ちていく可能性が大きいと思います。

 もしかすると、日本には、その破綻を辛くも回避してきたが故に治安を安定させやすい環境にあるのかもしれません。

 震災や台風などの自然災害に被災しても、日本は秩序を保っています。多くの国では被災すれば秩序は失われ、民衆は暴徒化し易くなります。

 日本人は大人しくて不満があっても暴動など起こさないと考えられがちですが、1973年の首都圏国電暴動など同時多発的に暴動が発生した事例もあります。原因は当時の国有鉄道の労働争議で、国民を蔑ろにした振る舞いが国民の不満を招いたとされています。

 現代でも記念切符の販売イベントにて、不誠実な対応で不公平感をつのらせた購入者の多数が、販売員に詰め寄り、暴動の一歩手前の状態を招いた例もあります。

 必ずしも暴動しないのではなく、巧みに暴動の原因となる事象を事前回避していると観るべきだと思います。

 その一つが過剰とも言えるサービスです。

 完璧に近いサービスをする事で、暴動や暴力の原因となる不満を与えないように注意していると思えます。暴動が未然の段階ならば、比較的簡単に解消できるのではないでしょうか。こうした不満の未然防止に努めている結果、治安も良好な状態を保てているように思えます。

 また、日本神話ではウシハクという言葉が出てきます。一人の主が全てを所有している事です。それとは異なりシラスとは統治するという意味で使われます。国譲りの神話では、ウシハクを改め、シラスするので国を譲り渡すように説得する話があります。神話からして富の独占を認めていないのです。つまりシラスにウシハクは含まれないという事です。

 僕はもっと簡単に考えています。組織や仲間を裏切る者、組織や仲間を蔑ろにする者、組織の利益を独占したり、仲間の配当を奪う者、これらを認めれば、組織は成り立たなくなるでしょう。そのような状態になってから規律を説いても達成することは困難です。

 助け合って生きることをやめた村は滅びるしかないのです。

 日本人は日々小さな努力を積み重ね、驚くべき結果を達成していると思います。しかし、誤解しないように気を付けてほしいのは、この小さな努力を日本人は呼吸するように当然のものとして、何の苦労もせずに行なうことができるという事です。


「あれを見て」

 真理亜が言いました。優しい声です。

 僕らは大きな広場にやってきていました。

 広場に男達が集まっています。何やら荒縄を巻き付けた大きな筒のようなものを運んでいました。皆、法被に地下足袋。頭には手拭いでしょうか。古い時代の装束(しょうぞく)に見えます。多くの男達が広場から退き、広場を中心に見物客らしき人の群れが取り巻いていました。もう広場は薄暗がり。

「そろそろ始まる」

 真理亞の言葉を合図にしたかのように、まずは三人の男が筒を持って登場し、間隔をあけて横一列に並び筒を寝かせました。それを助けるように別の男達が現れて間もなく、筒の先から水平に火花が勢い良く吹き出し始めました。そして一本、また一本と、火の柱が男達によって垂直に立てられ、火花が吹き上がります。勇ましい声が掛かり、全ての花火が立てられて、高く高く盛大に火花を吹き上げていました。火花に色はつけられていません。火の色です。落ちてくる火花の中に筒を抱えた男達がいます。微動だにせず、筒を支えています。支えた筒の火の噴き出し口が肩の高さなので、顔の横に火柱があり、風が吹けば火の粉が顔に掛かるのです。それでも動くことはなく、表情も静かです。

 僕は一瞬にして魅了されてしまいました。

 それは火花という動と、筒を支える男の静が、見事に美しい一連(ひとつら)なりになっていました。日本独特の、一瞬を引き伸ばしたかのような、時間感覚が緩慢に感じられる美の極まりでもあります。そしてクライマックスが来るのです。

 爆音。

 筒の底が抜け、火花の塊が地面を撃ちます。

 筒が少し跳ね上がり、それまで両手で支えていた筒を片手で無造作に持ち、ゆっくりと火の雨の中を一人、また一人と退場していきます。

 全てが吹き終わり、静寂。そして群衆の拍手。

 また別の男達が筒を持って登場してきます。

「何を見ていた?」

 真理亞の言葉に僕は「花火」と簡単に答えました。

「そう? でも上は見ていなかったと思うけど……」

 確かに、僕が見ていたのは火花ではなく、筒を支える男達。

「そうだね。僕は花火ではなく、花火を上げる人を見ていた」

「この花火は目で見るのではなく、心で見るものなのよ」

 アジア独特の非論理性なのに、僕は何か得心がいきそうな考えを掴みそうで、もどかしく感じていました。

 僕は花火を見ずに、人を見ていました。でも、本当は人ではなく何か別のものを見ていたようにも思うのです。

「何を見ていたの?」

 まるで少女のように真理亞が訊いてきます。

 僕は狼狽え、一瞬硬直したあと、真剣な顔で応えました。

「分からない。人を見ていたけど、本当は別のものを見ていたのだと思う。それが何だか分からなくて、すごくもどかしいよ」

 僕の答えに真理亞は一瞬驚きの表情を見せました。

「凄いわね。そこまで認識していれば充分よ」

 真理亞は僕の手を優しく握り、こう言ったのです。

「あなたは私の式。いいわね」

 幾つもの火柱が上がり、すっかり陽の落ちた夜空に、逃げ遅れたかのように低く浮かぶ雲が、地上の明かりに照らされて、微かに火の色に染まっていました。



エンディング曲:アーサーと マリア https://youtu.be/xdTUJB9zYGo

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