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五時間目 「ぶっくふれんど」

 

「え、すごくない? すごいよね!」

 夏目先生が珍しく興奮している。

 教室の黒板の横には移動式の大型テレビが設置されている。パソコンに繋いで夏目先生はよくスライドを流しながら歴史の授業なんかをするのだが、今は本屋さんの店内写真が大写しになっていた。

「スーパーとかではさ、もうよく見るようになってきたけど、本屋さんまで! 時代は進んでるなあ」

 映っているのはセルフレジだ。なんでも、夏目先生、昔行きつけだった近所の本屋さんを数年ぶりに覗いてみたら、無人レジが並んでいて感動したらしい。

 大はしゃぎの夏目先生だったが、私を含め、クラスの子ども達の反応は淡泊な者だった。冷ややかと言ってもいい。

 夏目先生には悪いが、私たちはもうそんなものは見慣れている。ファミリーレストランに行ったら猫型ロボットがハンバーグを運んでいるのが当たり前の世代なのだ。

「先生」

 空気感の乖離に耐えられなくなったのか、真面目な月乃ちゃんがすっと手を上げた。

「どうしました月乃さん」

「もうセルフレジが無い店の方が少ないですよ。市立図書館にも導入されてますし」

「え! 図書館に!? すごい! 今日、見に行こうかな」

 夏目先生は飛び上がらんばかりに盛り上がった。一人で。

 この人、ユニクロのセルフレジなんて見たらひっくり返るんじゃないだろうか。

「・・・・・・え、みんな知ってた?」

 流石に温度差に気づいたらしい夏目先生は「図書館のやつ知ってた人―?」と挙手を求めた。みんなおずおずと手を上げる。私も上げた。市立図書館には先週の土曜に行ったところだ。なんならそこで月乃ちゃんにも出会った。自動貸出機に限度いっぱいの十冊の本を持ち込み、慣れた手つきでバーコードを次々とスキャンしていた。毎週のように通っているらしい。私もそれなりに本好きと自負していたが、真の読書家には敵わないなと思ったものだ。

 クラスの大半が手を上げたことで、夏目先生は冷水を浴びせられたような顔になった。

「・・・・・・でも、どうかと思うなあ。何でもかんでも機械任せは」

 夏目先生がいじけた。

「どれだけ技術が進んでも、やっぱり人間の温かみは大切にすべきだよ」

 いや、先生。さっきまでセルフレジの写真一枚ではしゃいでたじゃん。急な手の平返しである。

「知ってる? 今ある職業の大半が機械に取って代わられるっていう・・・・・・」

 知ってる。むしろ今日では聞き飽きたぐらいだ。

「じゃあ、学校の先生なんて真っ先にいかれるんじゃないですか? 今時、映像授業とかあるしー」

 勇気くんがそう声を上げると、「先生、クビになるかも」と小さな笑いが教室に起こった。先生を小馬鹿にする形ではあったが、私は別に心配しなかった。夏目先生はこの程度で目くじらを立てる人ではない。むしろ。

 夏目先生はにたあと笑った。ほら。スイッチが入った。

「それはないよ。もちろん、仕事内容は変化するだろうし、人数が減ったりもするかも知れない。でも、先生達の大きな仕事の一つは人間関係の構築だ。それは機械が代われないところだし、譲っちゃいけない領域でもある」

 夏目先生はリモコンでテレビの電源を落とした。真っ黒な画面に私たちの姿がぼんやりと映り込む。

「それに、どれだけ機械化が進んでも、それを管理する人間が完全に消えることは無いよ。どんなに便利なシステムでも、絶対に人間は間に入るんだ」

 夏目先生は教卓に両手を置いた。

「先生の子どもの頃はいい時代だったよ。確かに不便なことも、面倒なこともたくさん会ったけど、全ての場所に人の気配がした。温かみがあった。今より、ずっと、人と人とが繋がっていた」

 夏目先生は私たちを見回してまたにんまり笑った。

「そんな、いい時代の話をしてあげよう」




 Fちゃんは本が大好きだった。学校の休み時間はいつも本を読んで過ごした。お陰で全然友達が出来なかったけど、Fちゃんは構わなかった。誰かと外で遊ぶよりも、一人で本を読んでいる方がよっぽど楽しい。そう思っていた。

 Fちゃんは子ども向けのファンタジー小説が好きだった。特にシリーズもの。ナルニア国物語だとか、そういうの。でも、とうとう小学校の図書室の本をあらかた読み尽くしてしまった。で、Fちゃんは図書館に通うことにしたんだ。

 Fちゃんの近所にある図書館はそこまで大きくなかった。建物自体が文化財指定されているような厳かで静謐な雰囲気のある、まあ、悪い言い方をすれば古めかしい図書館だった。その見た目のせいでFちゃんはそれまで敬遠していたんだけど、いざお母さんと行ってみると、思ったより館内は明るいし、子ども用の本も充実していた。古い本ばかりの学校の図書室とは違って定期的に新しい本が入ってくるんだ。Fちゃん好みの本もたくさんあった。なんでもっとはやく来なかったんだろうって後悔したほどだ。

 さっそくお母さんに手続きしてもらって利用者カードを作った。Fちゃんは地域の子だからもちろん無料。一回に一冊しか借りられないルールで、それだけFちゃんは不満だったけれど、ちょっと回り道すれば学校帰りに寄れる距離ではあったから、Fちゃんはそれから毎日通うようになったんだ。

 Fちゃんが図書館に通い詰めるようになってしばらくたったある日。Fちゃんは新しいシリーズを読み始めていたんだけど、その第二巻に白い紙が挟み込んであるのに気がついた。四つ折りにされた紙には、今読んでいる本の感想がびっしり書いてあったんだ。Fちゃんは驚いたけど、そのひらがなばっかりで書かれた読書感想からは、本当にこの本が大好きなんだって伝わってきた。その紙の最後にはこう書いてあった。

『あなたは、どうおもいましたか』


 ところでみんな、貸し出しカードって知ってる? ブックカードとも言うんだけど。

 昔は今みたいなバーコードとかICチップはついてなかったんだ。管理するパソコン自体がカウンターにないからね。主流だったのが貸し出しカードのシステム。本の背表紙の裏にカードが差し込んであって、借りるときはそこに自分の名前を書いて、カウンターの司書さんに判子を押してもらう。で、返すときにまたカウンターで判子を押してもらう。そうそう。「耳をすませば」のやつだよ。そんなシステムだから、自分以外にも誰がこの本を借りたかがカードを見ればすぐにわかるんだ。個人情報保護の今では考えられないことだけど、おおらかな時代だったんだよ。


 さっそくFちゃんはその本の貸し出しカードをチェックしてみた。すると、氏名の欄に紙と同じ筆跡の名前があった。

『ふみこ』

 少し字が歪んでいたし、ひらがなだし、名前だけだし、きっと自分より下の学年の子なんだろうなってFちゃんは当たりをつけた。

 Fちゃんは少し迷ったけど、本に直接書き込む訳ではないしと自分を納得させて、その紙の裏に『ふみこちゃんへ』とお返事を書いた。

 ふみこちゃんの感想に共感したところと自分の感想を少しだけ。それを同じように本にはさんで次の日返却した。

 それをふみこちゃんが読んでくれるとはFちゃんも思っていなかった。普通、同じ本を何度も借りないからね。いつかふみこちゃんが読み返してくれたときに見つかったら嬉しいなってそんな程度の気持ちだった。

 だから、四巻に『Fちゃんへ』と書かれたお手紙を見つけたときは本当にびっくりしたそうだ。

『おへんじをかいてくれてうれしかったです。Fちゃんもおなじところでかんどうしたんですね。わたしたちはきがいあいますね』

 そんな感じのことが書いてあって、さらに四巻の感想もびっしり書いてあった。そして最後に。

『わたしたち、ぶっくふれんどになりませんか』

 Fちゃんは驚いたけど、それ以上に嬉しかった。友達作りよりも読書を優先してきたFちゃんだったけど、読書友達ができるならそれほど嬉しいことは無いもんね。Fちゃんは裏に『喜んで』と返事を書いて、また自分の読書感想も付け加えて本に挟み込んだ。

 次のお手紙が見つかったのはシリーズ第六巻。

『ぶっくふれんどができてうれしいです。はじめてのおともだちです』

 そんな風に言われてFちゃんはこそばゆい気持ちになった。

 ふみこちゃん、今回は本の感想以外にもFちゃんの好きな食べ物を聞いてきた。Fちゃんは『メロンパンです』って答えた。

 それから、何度か手紙の往復が続いた。Fちゃんは楽しかった。まだネットの無い時代。自分以外の人の読書感想なんて見る機会はそう無かったからね。それにFちゃんはクラスの女子の一部がやっていた交換日記に密かに憧れていた。それが大好きな本をテーマに出来るんだ。それも秘密の友達と。Fちゃんは文子ちゃんの手紙を見つける度に大喜びするようになった。

 でも、シリーズものといえど、最終巻はあるよね。ああ、これでふみこちゃんとの感想交換も終わりかと最終巻の手紙を見ると、こう書いてあった。

『つぎは○○しりーずがおすすめです』

 Fちゃんはなるほどと思った。次はそのシリーズを読み進めればまたふみこちゃんとお話が出来る。さっそく次の日、そのシリーズの一巻を借りると、やっぱりふみこちゃんのお手紙があった。こうしてFちゃんとふみこちゃんのブックフレンド関係は続いた。


 Fちゃんが違和感を持ち始めたのは二人で読むシリーズものがあらかた無くなり、ついに単体の本をふみこちゃんが指定しはじめてしばらくたった頃だった。

 まず、ふみこちゃんが手紙の最後に『つぎ』におすすめする本が少しずつFちゃんの好みからズレ始めた。明らかに小さい子向けの本であるときは、Fちゃんも「ふみこちゃんは年下だから仕方ないか」とお姉さん気分で付き合ってあげられたのだけど、時には妙に大人向けの、読書家のFちゃんでも読み終えるのに苦戦するような作品であることもあった。もちろん、蔵書には限りがあるから、常に好みどストレートの作品ばかりを選ぶことは出来ないだろうけど、なんだか、手紙のラリーを続けたいがためにとりあえず手当たり次第に誘導されているような印象を受けた。

 加えて、それを裏付けるように、手紙の内容も徐々に変化していた。

 本についての感想は目に見えて少なくなり、Fちゃん個人に対しての質問が増えてきたのだ。

『なにいろがすきですか』

『さいきんどこにいきましたか』

『しょうらいのゆめはなんですか』

『がっこうでともだちはいますか』

『すきなきょうかはなんですか』

『わたしいがいにともだちはいますか』

『なかのいいともだちはだれですか』

『すきなこはいますか』

 Fちゃんは答えやすい質問にはお返事を書いたけど、答えにくいものや、答えたくない質問はスルーして本の感想を書くことに努めた。Fちゃんはあくまで、本について語りあいたかった。それがブックフレンドのあるべき姿だと思ったからだ。

 でも、ふみこちゃんは答えなかった質問を繰り返し聞いてきた。

『がっこうでともだちはいますか』

『わたしいがいにともだちはいますか』

『すきなこはいますか』

『すきなこはだれですか』

『すきなこはだれですか』

『つぎは「ぎゃしゅりーくらむのちびっこたち」がおすすめです』

 Fちゃんはついにふみこちゃんおすすめの本を借りるのをやめた。ちょうど新しい話題の魔法使いのシリーズの本が入荷されたから、そっちを読みたいって言うのもあったし、もうふみこちゃんに付き合うのに疲れたっていうのが一番の理由だった。

 久々に読んだ自分好みの本はすごく面白かった。やっぱり読書は誰にも気兼ねせず、一人で楽しむのが一番だってFちゃんは思い直したんだって。

 上下巻のその本の上巻を一日で読み切って返却し、Fちゃんは意気揚々と棚から下巻を手にとった。

 そしたら、パサリと、その本の真新しいページの隙間から一枚の紙が滑り落ちた。


『なんで無視するんですか』


 手紙はその後も一方的に続いた。何通も。何通も。

 Fちゃんは図書館に行くのをやめたそうだ。




「ふみこちゃんは、寂しい子だったのかなあ」

 月乃ちゃんにそう言うと、彼女も悲しげにうつむいた。

 中間休み。久々の快晴にクラスメイトのほとんどが運動場に遊びに出ている。教室には板書を消す夏目先生。それから、それぞれ手元に本を開いた私と月乃ちゃん。それからアオイちゃん。

「きっと友達が欲しい、可哀想な子だったんだよ」

 人付き合いが苦手で本の世界に逃げる子は多い。それが悪いことだとは思わないし、気持ちもわかる。そして、そんな子ほど友達が出来たと思ったら距離感がわからずに暴走してしまうことも、私は想像が出来てしまう。

「面と向かって会って話せば、ちゃんと友達になれたかもしれないのにね」

 私の言葉に月乃ちゃんも静かに頷く。なんとなく、やるせなかった。

 ぷ。と空気の弾ける音が響いた。

 見ると隣の机で本を読んでいたアオイちゃんが口を押さえている。

「・・・・・・なに。アオイちゃん」

「いや、ごめん。気にしないで」

 アオイちゃんが無理に顔を背ける。きっと月乃ちゃんの手前、自重したのだろう。しかし、歪んだ口が垣間見えたし、肩の震えも堪え切れていない。

「アオイさん。なんで笑ってるの。なんかヤな感じ」

 当然、月乃ちゃんに睨まれたアオイちゃんは「面と向かって話せば友達に・・・・・・て言ったでしょ」と開き直るように私たちに体を向けた。

「面と向かって話せないから、文通でしょうに」

「そんなのわかってるよ。きっとふみこちゃんは恥ずかしがり屋で・・・・・・」

「恥ずかしがり屋、ね」

 アオイちゃんはますます口の端を曲げる。アオイちゃん耐性の無い月乃ちゃんは「な、なによ」と身を引いた。それぐらいアオイちゃんの笑顔は不気味なのだ。

「二人はふみこちゃんをどんな風に想像してるの?」

 私は脳内に浮かんでいた人物像を素直に表現する。

「えっと、小学校低学年で、人付き合いが苦手で、Fちゃんと同じように毎日図書館に通っていて、それから・・・・・・」

「それから、Fちゃんを常時監視してる」

 私は言葉を飲み込んだ。月乃ちゃんが「ちょっとそれは決めつけ」と眉間に皺を寄せる。

「交換日記してただけじゃない」

「いいえ。だったら、最後の手紙の理屈が通らない。手紙のやりとりが続いていたのはふみこちゃんがいつも『つぎ』の本を指定していたから。最後、Fちゃんはそれ以外の本を手に取ったのに、なんで下巻で待ち伏せされたの?」

 月乃ちゃんは、「それは」と一瞬、目線を泳がせたが、すぐに言葉を組み立てた。流石、国語力があるのだろう。

「返事が無かったから、違う本を借りたんだろうって予想したのよ。Fちゃんが借りたのは新刊だったし、ふみこちゃんはFちゃんの好みも知っているわけでしょう。偶然、うまく先周りできても不思議じゃない」

「そうね。一回だけならそうかもしれないわね」

 月乃ちゃんがピクリと肩を揺らした。アオイちゃんは続ける。

「夏目先生はこう言ったわ。手紙はその後も一方的に続いた。何通も。何通も、って。おかしいでしょ。いくら好みが合ってても、次にFちゃんが借りる本を何度も当てられる訳がない」

 じゃあ、Fちゃんはふみこちゃんにずっと監視されていたと言うことか。

「で、でも、話しかけたくても話しかけられなくて、遠巻きにずっと見てたとしても、それは・・・・・・」

 月乃ちゃんが苦し紛れに練った弁論を、アオイちゃんは途中で遮る。

「ていうか、それも無理なのよ。小さい図書館だったんでしょ。子どもコーナーも広くはなかったはず。そんなところで毎回毎回本人に見つからずに何を借りるか見張り続けるなんて。土台不可能だわ。それに、借りるのが上下巻ならまだしも、単体の本だったら、どのタイミングで手紙を入れるのよ」

 確かに、そんなの不可能だ。本来ならFちゃんが避けようとすれば続けようのない文通だったはずなのだ。

 でも、手紙は続いた。一方的に。

「そんなの・・・・・・」とそこまで呟いて、月乃ちゃんは固まった。顔からみるみる血の気が引いていく。

「・・・・・・ごめん。あたし、外で遊んでくる」

 月乃ちゃんは早口でそう言うと、パタリと本を閉じた。

「え?」と困惑する私を置いて、月乃ちゃんは教室を足早に出て行ってしまった。

「なに。どういうこと。」

 私はアオイちゃんに顔を戻す。

「あ、あれ? 幽霊ってこと? 図書室の怪異的な」

「かもね」

 アオイちゃんは長い髪を払って背中に流した。

「もしくは、それができる人間がやっていたか」

 それが出来る人間。

 Fちゃんがどの本を借りたかを確実に知ることができて。

 かつ、Fちゃんが棚から本を抜き取って貸し出し手続きをして図書館を出るまでに、本に手紙を差し込める人。

 そんなことが出来る立場は一つしか無い。

「小さい図書館なら、配置人数も少ないでしょうから。毎回同じ人がカウンターにいてもおかしくないわよね」

 全身がぞわっと総毛だった。

「別にいいんでしょ。遠巻きにずっと見てたとしても。話しかけたくても話しかけられなくて。恥ずかしがってるだけなら」

 不気味な文章も、粘着質な質問も、執拗な態度も、ふみこちゃんが幼い少女だと思っていたから許容できた。

 でも、よく考えれば、ふみこが本名だなんてどうして言い切れる。

 文章だけじゃ男か女かもわからない。

 そもそも子どもかどうかすらも。


 アオイちゃんが急に「夏目先生」と声を張った。

 教師机でテストの採点をしていた夏目先生が顔を上げる。

「なに?」

「先生、今日のFちゃんのお話、終わり方が随分と唐突でしたよね」

「え、そうかな」

「先生はFちゃんが図書館にいかなくなったとおっしゃってましたけど」

 アオイちゃんは小首を傾げた。

「手紙が無くなったとは言ってませんよね」

 え、どういうこと。

 夏目先生はすっと教室を見回した。今や、残っているのは私とアオイちゃんだけだ。このメンバーならいいか。そんな風に夏目先生は頷いた。

「うん。手紙は続いたよ。例の魔法使いにシリーズの新刊が出る度に、手紙が大量に挟み込まれた本がFちゃんのポストに投函されるようになった。引っ越すまで続いたらしい」

 夏目先生は爽やかに笑った。

「Fちゃんが喜ぶと思ったのかな。毎回、平たく押しつぶされたメロンパンも郵便受けに詰められてたんだって」

 私はしばらく言葉を失った。

 そうか、利用者登録した際に、住所も。

「・・・・・・セルフレジになってよかった」

 そう呟いた私はアオイちゃんの目線を受けて、思い出した。夏目先生の前置き。

『どれだけ機械化が進んでも、それを管理する人間が完全に消えることは無いよ』

 猫型ロボットがハンバーグを運ぶ。でも、ハンバーグ自体を作るのは人間だ。

 どんなに便利なシステムでも、絶対に人間は間に入る。ただ、見えにくくなっているだけ。

 図書館も。郵便局も。病院も。結局は人間が回しているのだ。何を考えているかわからない赤の他人が私たちの個人情報を扱って。

 アオイちゃんがくすりと笑う。

「人間の温かみって素敵ね」

 私は教卓に目を向けた。

 鼻歌を歌いながらテストの採点を再開していた夏目先生が「ん?」と顔を上げる。

「どうしました? 七見さん」

 そうだ。それこそ、学校だって。

 微笑む夏目先生に私は「なんでもありません」と首を振る。

 窓から吹き込んだ風が、手元で開かれた本を勢いよく捲っていった。


 


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