8. いや本当に、細くて柔らかかったなんて思ってない
幼い頃、城に遊びに来ていた彼女を窓からこっそり見ていた。
憧れていた。輝く金髪に輝くブルーの瞳を持つ彼女に。
話せるならば、どんな話をしようか。
君に花をプレゼントするならばどんな花にしようか。
彼女から笑いかけられたら、どんなに幸せか。
「お送りいただきありがとうございました」
シャイリマール嬢が部屋の扉の前で頭を下げる。
「あぁ」
雲ひとつない晴天の様な瞳と目が合う。
この瞳と目が合うことがあろうとは。
ここ数日は夢か幻か。
「・・あの、行かれないのですか?」
「あぁ、失礼する」
来た道を戻る。
さっきまでのシャイリマール嬢とのやり取りを思い出し、無意識に歩くスピードが速くなる。
角をまがり、壁に両手をつく。
「この髪色が好き・・?!」
以前からシャイリマール嬢が私の髪の毛を綺麗だと言っているような気がしていた!
聞き間違いだと言い聞かせていたけど、やっぱり本当に言っていたんだ!!!
図書室でも髪に触れられたような・・
図書室で押し倒した時のリリーの姿が脳内によみがえり、壁を殴る。
「忘れろバカが!!!」
掴んだ腕はへし折れそうな程に細いのに、ふわふわしていた。
リリーの腕の感触を思い出すかのように手を少し握ったところで床を蹴る。
「だから忘れろ!」
「何をしていらっしゃるのですかジャック殿下」
側近のジュリアスが眉を顰めて立っている。
「あ、あぁいやなんでもない」
パッと床から離れる。
「何を忘れるんですか?」
「いや、こっちの話だ」
「そちらの話はこちらの話でもあります。側近ですから」
「いや、本当に気にしないでくれ」
ジュリアスが来てくれて少し落ち着いた。
「殿下」
「いや本当に、細くて柔らかかったなんて思ってない」
「は?」
口を一文字に結ぶ。
「・・領地より連絡が来ております」
「わかった」
怪訝そうなジュリアスを尻目に咳払いをして歩きはじめる。
「きゃ!」
短い悲鳴が聞こえてそちらを見ると洗濯カゴを抱えたメイドが4人立っていた。
全員が怯えたような顔でこちらを見て、その中の1人と目が合うとすぐに目を伏せられる。
そうだ、フードを被り忘れていた。
しかも普段なら悲鳴ぐらいではそちらを見ないのに。
シャイリマール嬢があまりにも気にしないものだから浮かれていた。
油断せず、ちゃんとしなければ。
フードを目深に被り直しながら歩く。
ジュリアスは慣れた様子で驚きもせずついてくる。
この優秀な男が私の側近で良いのだろうか?
「ジュリアス、王都はどうだ?」
「栄えていますね」
「・・栄えているのが好きか?」
「好きでも嫌いでもありません」
「王都にずっといたいと思うか?」
「思いません」
「そうか。ずっといたいと思う時があれば王都に居られるように手配するからすぐに言ってくれ」
「そのような時は来ませんのでご配慮は無用です」
横目でジュリアスを見ると、すました顔のまま眉ひとつ動かさない。
私と共にいる事で不利益ばかりのはずなのに、何を考えているかイマイチ分からない。
シャイリマール嬢は分かりやすく顔に出るよな。
また思い出して頬が緩む。
この髪色になって見たいとも言っていた。
言葉を交わせるのが嬉しくて幼稚な事ばかりを言ってしまったな。
次話す時には気をつけよう。
もう少しレディに対するマナーを学ばなければ。
喜びと反省を繰り返していると、右目に激痛が走る。
「・・っつ」
あまりの痛みに倒れそうになったのをジュリアスが支える。
「殿下もう少し頑張ってください」
ジュリアスに支えられながらなんとか自室に戻ると
その場で倒れ込んでしまう。
私の喜びを嘲笑う様に、この呪いは容赦なく私を痛めつける。
痛みが落ち着つき、鏡を見ると右の瞳が少し赤みがかってきている。
「やはり理由をつけて一度領地に戻りましょう」
「・・そうだな」
次に話す時?レディに対するマナーを学ぶ?
我ながら馬鹿げたことを考えてしまった。
私にそんな資格はない。
シャイリマール嬢は順当にいけば兄の妃となる人だ。
神に嫌われ、生まれながらに忌色を持つ俺にシャイリマール嬢はおろか他のレディと関わる・・ましてや誰かと結婚しようなどできるはずもないのだ。