2.これは王命だぞ
ウイリアム第一王子の執務室に第二王子のジャックと側近のジュリアスが入室する。
「ウイリアム第一王子殿下、失礼いたします」
ジュリアスが丁寧にお辞儀をする。
「あぁ、悪いまだ少しかかりそうなんだ、ソファに座って茶でも飲んでいてくれ」
鮮血のような赤毛で黒い瞳を持つウイリアムは机に向かったままペンを動かす。
ウイリアムの専属執事がお茶を入れ始める。
「何突っ立ってんだ。早く座れ」
書類を見ながらジャックに指示をするウイリアム。
ジャックは執事がテーブルにお茶の入ったティーカップを置き終わったのを見ると言われた通りソファに腰掛けた。
「お前も小さい時から知っている執事だろ気にするな」
「癖で」
ウイリアムは立ち上がるとソファに移動した。
「どうだ久しぶりの王都は」
「あぁ」
「どこかに出かけたりしたか?」
「いや」
「最近気に入っている茶葉なんだ、飲んでくれ」
「あぁ、あとでいただくよありがとう」
俯きがちなまま少し口角を上げるジャックを見て、ウイリアムはため息をつくとソファに深く腰を掛け直したところでウイリアムの側近が部屋へ入ってくる。
「どうだったんだ?」
顔をあげ、自分の側近に話を促すウイリアム。
「シャイリマール嬢に記憶喪失以外の不調は見受けられなかったとのことです」
「そうか」
「国王に報告しますか」
「いや、選定までは国王の一存だが、もう妃候補については我々の管轄だからなぁ」
ウイリアムは腕を組んで考え込む。
「公爵家へも説明せねばなりません」
「命に別状はないのだし、説明はいいだろう。シャイリマール嬢には妃教育は一旦休んでもらって様子を見るか」
「恐れながら殿下、シャイリマール嬢は妃候補の中で1番教育が進んでおりません」
「どうしようもないだろう?自分の名も分からない今、教育したところで身につくとも思えん」
「お前はどう思う」
「・・・私はなんでもいいです」
「お前の妃候補でもあるんだぞ、ジャック」
「私は生涯一人でも構いません。今まで通り辺境の地を管轄いたします」
「いい加減にしろ!同じ話を何度もしたくない!」
不穏な空気が流れる。
ウィリアムはジャックを睨みつけ、ジャックは冷静にウィリアムを見つめいている。
「お、恐れながらシャイリマール嬢は記憶喪失を理由に妃候補から除外してはいかがですか、妃候補は3名。残り2名は優秀だと講師からも評判が良いのでどちらか一方を第一王子殿下、どちらか一方を第二王子殿下の妃にしては」
「そうすれば簡単な話だろうがなぁ・・シャイリマール嬢は唯一の公爵なのだ。爵位だけで見れば俺の妃はシャイリマール嬢とならなければならない。記憶喪失だと公表すれば彼女や公爵の評判に響くし、妃教育中に記憶喪失となった手前責任を取れと言われるだろう。それに今はシャイリマール公爵家を敵に回したくはない。」
「やはり一旦様子を見るほかないですか」
「そうだな、やはり彼女には休養してもらおう。風邪を引いて休んでいるとだけ各者に伝えろ、シャイリマール嬢にも記憶喪失のことは誰にも漏らさない様に伝えておけ」
「かしこまりました」
「ジュリアスは現場に居合わせた記憶喪失を知っている者に口止めを」
「はっかしこまりました」
「いいか、ジャックお前はいい加減覚悟を決めろ。妃を伴わなければ領地に帰ることも許されぬ。これは王命だぞ」
ウイリアムはまたジャックを睨みつける。
その後も妃教育に来ている妃達の教育状況や、城での過ごし方の報告を受けるがジャックは何も言わないままだった。
「・・・失礼いたします」
ジャックとジュリアスは共に執務室を後にする。
2人が出ていったのを確認するとウイリアムは大きくため息をついた。
「頑固だな。誰に似たあれは」
「あなたにもお父上にもよく似ておいでです」
「・・まだ妃候補達はあれに慣れんのか」
「えぇ、妃候補だけでなく、メイドや執事、ウイリアム様が王都を出てから勤めているものは姿を見るだけで怯えております」
「前途多難だな」
「国王にも何度も謁見希望を出しているようですが断られています」
「お父上に?何のために?」
「側近曰く、結婚せずに領地に戻りたいと直談判したいご様子だと」
「お父上も人が悪い」
「本当に」
ウイリアムは大きな大きなため息をつくとジャックが全く手をつけなかったお茶を一気に飲んだ。