19.いいなぁ・・猫になりたいなぁ
「あー・・ここもダメそうですね」
レストランの扉にクローズの文字。
ジュリアスが片手で顔を覆って愕然としている。
城から出て一日中移動して、夕刻に宿のある街に着いた。
この街では昨日領主から飲食店の事業税が上げるとお達しがあり、今日から飲食店のボイコットが始まったらしい。
開いているレストランを探し回ったが、外の人間が気軽に入れそうなレストランは全て閉まっていた。
スーパーやコンビニみたいなお店はない。異世界というより過去にタイムスリップしたみたい。
「はは・・そんなに感情を顔に出すなんてめずらしいですね」
「当たり前です。私の主人に満足に食事も与えられないなんて」
彼の主人である第二王子殿下は今、宿で馬のケアをしている。
領地までの移動の間は平民たちの騒ぎにならない様に黒髪のウィッグを被って変装までしているのに
彼はいつも宿にいるだけで街へは出ないらしい。
「旅の人かー?残念だったなぁ!」
酒瓶を持った街の人に絡まれる。
ジュリアスが私を守る様に腕を出す。
「ほんとですよ!この街の食事を楽しみしてたのに!」
隣の店を覗きに行っていたマークが残念がる。
「ここいらは美味い店がたくさんあるって有名だからなぁ」
「ですよねぇ美食の街と聞いていましたよー」
マークが街の人と盛り上がる。
「ユイさんすみません、あなたも持って来ている非常食を食べることになると思います」
「いえ、私は全然大丈夫ですよ」
身分を隠すため、本名の赤野井ゆいから取ってユイと呼んでもらう事にした。
「ジャス!ユイ!ニールじいさんが食材分けてくれるってよ」
なんつー手練れ。マークが親指と人差し指で丸を作りそれを上に向け、ニールさんに見えない様にこちらに見せる。
お金で買い取ると言うことか。
絡んできた街の人はニールさんと言うらしい。
マークが思いの外人懐っこくて驚いた。
思えば初対面の時に気安く話すことが出来ていたなと思う。
「ありがとうございます、助かります」
ジュリアスがニールさんにお礼を言うとニールさんがこちらを見た。
笑顔でお辞儀をするとニールさんは歯を見せてニカっと笑う。
「いいんだよ!困った時はお互い様さ!」
少し歩いて街の外れまでくると古びた一軒家があった。
「今年は野菜が豊作でな。自分たちで食べるにも食べきれん。買い取ってくれるなら助かるよ」
一軒家の前で1人薄汚れた少女が座っていた。私たちをみて急いで立ち上がる。
「なんだルナ!また締め出されたのか!?」
気まずそうに下を向くルナ。
「ちょうどよかった!このお三方を食糧庫にご案内しろ。俺はちょっと・・へへ」
1人そそくさと家に入っていくニールさん。
「どうしたんでしょう?」
「トイレじゃないか?」
私とマークが話していると少女は両手を握ってモジモジとしている。
私たちはそれぞれ自己紹介をし、ここに来た理由を少女に言うと、目を見開き顔を上げる。
「わ、私はルナです。食糧庫はこちらです」
「ありがとう」
「い、いえ・・」
ルナちゃんのスカートはボロボロで、ところどころに縫い目があった。
そんなに貧しい家なのだろうか?
ニールさんは小綺麗な格好をしていた。
だからこそマークとジュリアスは食材を譲って貰う事にしたのだろうし。
隣を歩くジュリアスの顔を見上げるがいつも難しい顔をしているので、今も表情は変わらず。に見える。
「こちらです」
食糧庫といっても少し大きめの物置だった。
「いやいや!失敬失敬」
ニールさんがズボンのチャックを上げながら小走りでやって来た。
「あとは私が」
ジュリアスがコソッと私とマークに耳打ちする。
「じゃあ俺はここらで見張っとく」
やっぱり2人とも警戒してるのか。
「ルナ!畑の野菜もいくつか持たせてやりなさい!」
「はい」
「待って!私も行く」
近くにあったカゴを手にして食糧庫の前に広がる畑に入って行くルナについていく。
「ちょっ!ユイ!」
「大丈夫!」
辺りは暗くなっているけど畑はそんなに広くないし、マークから私の姿も見えるだろう。
「新鮮なお野菜ありがとうね」
「・・トマトとピーマンくらいしか・・あとはミニトマト」
「十分だよ・・いてて」
しゃがんで収穫をしているルナちゃんの隣にしゃがもうとすると腰に軽く痛みが走る。
ルナちゃんが心配そうにこちらを見る。
「今日ね、一日中馬車に乗っていたら腰が痛くなっちゃって」
何故か御者のいないこの旅は、仮にも王子が移動するということで形だけの乗用馬車はあるのだが、運転するのは第二王子殿下。
荷物を運ぶための荷馬車が2台。
それぞれ運転するのは側近のジュリアスと庭師のマークだった。
形だけの常用馬車には私と少しの荷物しか乗っていなく、比較的快適な旅だったけど、初めての馬車は結構揺れて腰にきた。
「わー美味しそうだね」
トマトを触る。身も大きくて真っ赤によく育ってる。
「あ・・」
ルナちゃんが何かを言いかけてやめる。
「なぁに?」
「いえ、なんでもないです」
「私たち怪しいよね」
「いえ、そんなことは・・貴族の方ですか?」
「ううん、貴族に雇われている側だよ。私はメイド」
一瞬ドキッとした。
やっぱり貴族って見た目で分かるのかな。
まあリリーちゃん茶髪のウィッグ被ってても可愛いしなぁ。
「・・じゃあお城のメイドさんですか」
「え!何で!?何でわかるの?」
苦笑いして首を傾げ、理由は教えてくれないルナちゃん。
「ルナちゃん詳しいね。メイドに興味があるの?」
驚いた様子でパッと私の方をみてからすぐに俯くルナちゃん。
ルナちゃんからの反応はない。
沈黙が続く。
私いけないこと言っちゃったかな・・。
何か話しかけようとしたところで何かが足元を素早くさっていく。
「きゃあ!」
驚いて尻餅をつく。
「あ!アンドレ!」
「アンドレ?」
大丈夫か!?とマークの声が聞こえる。
ルナちゃんの足元には黒縁模様の猫がいた。
「ごめんなさい。アンドレが・・」
ルナちゃんが手を差し出してくれる。
「大丈夫よマーク!」
ルナちゃんの手を取って体制を立て直し、マークに手を振る。
「アンドレって言うの?ルナちゃんの猫?」
「お隣の飼い猫です」
「そうなんだぁ」
撫でようとするがシャー!と言われてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「ルナちゃんが謝る必要ないよ〜かわいいね」
大人しく見ておくだけにする。
アンドレはルナちゃんの足に嬉しそうにスリスリと頭を撫で付ける。
「この子甘えん坊なんです」
ルナちゃんに抱き抱えられると甘えた様にニャァーンと言う声を出し満足そうな顔をする。
「いいなぁ・・猫になりたいなぁ」
元の世界にいた時も時々思ってた。
というか、大抵の人は一度は思うんじゃないだろうか。
「猫にですか?」
「うん。飼い猫で、フカフカの寝床があって」
「美味しいご飯がもらえて?」
「そうそう!おやつもあるといいなぁ〜遊んでほしい時だけ遊んでもらいたい!」
ユウタのママが猫好きの猫ファーストで、ユウタのママみたいな人に飼われたい。
頭の中に猫になった自分を思い浮かべる。
「ふふ、分かります」
ルナちゃんが笑ってくれた。よかった。
ルナちゃんもアンドレも可愛いなと思っていると
視界の端で何かがキラッと光った様な気がした。
「どうかしました?」
「ううん!私もミニトマトいくつか収穫してもいい?」
光った先を指さすと、笑顔が消えたルナちゃんが頷いた。




