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夕景世界の死霊術師  作者: SET
プロローグ 不死の始まり
6/28

6 彼女は死霊術師

 魔動力で先端を行くのはバレク連合だが、北海同盟も引き離されずについてきている。


 対北海同盟の切り札、魔動戦特化部隊は、その名の通り魔動力の先端技術のぶつかり合いを前提とした戦闘を得意としている。対魔術師用の装備もすべて、機械と魔術が複雑に絡み合った魔動力によって支えられている。


 つまり魔動力を封じられた魔動戦特化部隊は、ただ動きのいいだけの一般兵士だった。




 ロジェは首都への進軍に先立ち、上官をどうにか説得し、雨衣の貸してくれた『仮想生物のローブ』を魔動スーツの上から着こんでいた。女から渡されているのを見た、という後輩士官の証言もあり、道中でさんざん冷やかされた。


 けれど雨衣のあの真剣な目を信じて損はなかった。

 冷やかしていた隊員たちは謎の真っ赤な巨大生物――蛇や熊や狼のようなものたちに次々と存在を消されて行った。


 この真っ赤な巨大生物たちは、体の境界がゆらゆらと揺れて見えるほど高質量の魔術波長をまとっており、存在しているはずのない生物に見える。


 魔動力を奪われ、一昔前の軍人と同じ程度の身体能力でしかないロジェも、何度か仮想生物にローブを触れられた。触れられても、消えなかった。


 だから今は、ひたすら逃げている。


 後方にいる兵士たちや本国に、前線部隊の全滅を告げるために。




 ――もう20キロは移動しただろうか。


 仮想生物の群れは途中からロジェを見失ってくれた。散発的に遭遇しそうになるはぐれ個体をやり過ごして、とにかく南へ向かって走り続けた。魔術の影響なのか、明らかに夕刻はすぎているのに、ここの空はずっと不気味な夕焼けに染まったままだ。首都から離れた夕焼けの向こうでは、星が光っている。地図もない自分としては、その夕焼けが途切れる場所を目指していけばいいのだから逆にわかりやすくはあるが。


 喉が渇いたので、適当な商店に入った。スポーツドリンクの紙パックを棚からとって飲みながら、店内に倒れている初老の男を眺める。路地を歩いたり店に入ったりしていると、ときどき町の人間を見かけるのだが、彼ら彼女らはずっと眠ったまま、ひとりも起きない。


 水分補給を終えたロジェは、その場に紙パックを捨て、店を出た。




 ただひとりで亡霊のように街をさまよい続ける。


 そのあいだずっと頭にあったのは、雨衣のことだった。皮肉の言い合いの果てに喧嘩へ発展して別れて、離れると寂しくなってまたくっついて、くっつくと鬱陶しくなってまた離れる。雨衣との恋愛では高校のころから、不毛な泥仕合どろじあいを繰り広げてきた。今はまた別れて友人に戻っている。それでもこういうとき、真っ先に思い出すのはあの生意気な顔なのかとおかしくなった。


 強い意志を感じさせる目、ベリー系の香水といりまじった汗のにおい、やわらかい黒髪と一筋の赤、魔術師部隊の訓練で鍛えられた意外と筋肉質な身体、ときどきかけている黒い眼鏡、ぎこちなく遠慮がちに触れてくる手……。


 とにかく今は彼女の存在そのものが恋しかった。




 だからその姿を見たとき、幻覚だと思った。

 だって雨衣は、ただひとりで戦っていたから。彼女は人間とは思えない機敏な動きでステップを刻み、敵の攻撃をよけながら、仮想生物を一体一体、消し飛ばしていた。


 彼女の周りには誰もいない。


 あるのは衣服と装備だけ。さんざん目の当たりにした、理不尽な拡散の痕跡だけ。


 それでも雨衣は戦っていた。




 耳栓を外すと、あの鐘の音がここでも鳴っている。ロジェは耳栓をつけ直した。魔動力じゃない。純粋な魔術だけで戦っている。


『死霊術はね。死っていう理不尽を乗り越えたいと思ったバカが創始した魔術なんだよ。きっかけは別だったけど、今はそういうバカみたいな考え方が好きで研究してる』


 死霊術。


 理不尽にあらがう力。


 彼女は間違いなく「死霊術師」と呼ばれるにふさわしい人間だ。




 思わず立ち止まって、いっそ神々しいその光景を遠目に見ていたロジェは、我に返った。

 雨衣もおそらく耳栓をしているから、怒鳴っても聞こえないだろう。30キロ以上走り続け、残った力のすべてを振り絞って、雨衣に駆け寄った。


 彼女はちょうど、周辺にいる仮想生物、最後の一体を蒸発させ終えたところだった。


 駆け寄る気配に気づいたか、雨衣は鬼気迫る顔で振り返ると、ロジェをにらみつけ、そして、泣きそうに眉尻を下げながら、笑った。顔中汗まみれで髪を額に張り付けた彼女は、そのままもたれかかるように抱き着いてきた。


 彼女の声が一刻も早く聞きたくて、耳栓を外してみたが、やはり人間の耐えられる音量ではなく、すぐに耳鳴りで何も聞こえなくなった。仕方なく耳栓を戻す。

 どうしても声が聴きたいのに、聴けない。そのもどかしさを、彼女を抱く力に込めた。












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