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夕景世界の死霊術師  作者: SET
プロローグ 不死の始まり
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5 仮想生物との戦い

 まるでバレク連合の誇るE6号戦車がぶつかってきているようだった。


 体高5メートルはゆうに超える巨大な獣――仮想生物――が激しく結界を攻撃し、金属に爪を立てるような不快な音が何度も何度も鳴り響く。


 兵士どころか、ミンや他の魔術師までもが呆然と眺めるしかないなか、雨衣は先ほど空き缶を拾ったゴミ箱をその場にぶちまけた。


 隊長とミンがすぐに意図を察し、空き缶を拾いはじめた。他の魔術師も一拍置いて意図に気づく。


 魔術師たちはつかんだ空き缶を、剣と耳栓に変化させ、魔術師ではない兵士たちに配った。


 雨衣は、懐から熊の燻製くんせい肉を取り出す。


「118、62、55、4、117、119、377」


 小さくつぶやきながら、番号に一致した魔術波長を送り込む。


 死霊術『生者活性せいじゃかっせい』。


 仮想生物が許してくれた時間の猶予ゆうよはそこまでだった。簡易結界が破られ、こちらに襲い掛かってきた。


 ゴゥゥ……ン!


 ゴゥゥ……ン!


 耳栓をしていても、体全体に伝わってくる振動から、再び鐘の音が鳴り始めたのがわかった。


 ひとりの兵士が狙われ、横腹を別の兵士が剣で刺したが、何も効いていない。そのまま一人の兵士の体に、仮想生物の前足が襲い掛かった。その前足に触れられた兵士は、薙ぎ払われる、のではなく、そのままチリとなって空気中に拡散した。


 雨衣は熊の燻製肉を半分かみちぎって、残りをミンに向かって放った。


 バックパックの中身をすべてぶちまけ、空気の入ったエアボトルを拾い上げたミンの足元に、肉のもう半分が落ちる。彼女はこちらを見ず、それを左手で拾って口に運び、右手でエアボトルを仮想生物に向かって投げつけた。風魔術が発生し、巨大な風圧が仮想生物を地面に押さえつける。


 それは他の魔術師の炎魔法が加わり業火の旋風になり、土魔法によって凶器と化したコンクリートが仮想生物をつらぬいた。魔術師部隊の連携魔法は完璧だった。


 しかし仮想生物は傷を負う代わりに、どんどん膨れ上がっていく。


 雨衣はバックパックから毛皮のかけらを取り出す。


「92,88,67,71,5,4」


 毛皮が引き伸ばされて、仮想生物を包み込んだ。

 『死皮防護しひぼうご』。


 鋭い破裂音。死皮防護によって爆発の勢いは抑えたはずが、爆発した仮想生物の一部は防護を突き破り、粘液のようなものを飛び散らせた。


 『生者活性』により向上した身体能力で、とっさにその場をけり上げ、路地裏に転がり込む。


 すぐに立ち上がって振り返ると、主を失った服と装備が十数、地面に落ちていた。


 飛び散りスライム状になった粘液は、まだ動いていた。それらは気味の悪い動きかつ、とてつもない速さで、毛皮の残骸に集まっていく。


 雨衣はバックパックからこげ茶色の革手袋を取り出し、右手につけた。


「92,88,67,71,5,4

 55,2,7,1,5,98

 1,7,11,2,5,298,377」


 革手袋があわく光り始める。

 『死皮防護』『死触ししょく』『波長分解』。


 雨衣は人間の限界を超えた走りで、先ほどよりひとまわり小さくなった仮想生物に駆け寄った。そのまま、再生したばかりで動きの鈍っていた仮想生物のどてっぱらに拳を叩き込む。


 雨衣の右手の革手袋から、赤くゆらめく仮想生物の腹に、光がうつる。光は、腹から後ろ足、腹から尾、腹から胸、腹から背、腹から前足、腹から頭、全身を血液のようにかけめぐる。そして、仮想生物は蒸発した。




 一気に緊張のとけた雨衣は肩で息をはじめる。


 周りを見回すと、雨衣が『生者活性』を分け与えたミンと、彼女が肩に担いでいる隊長以外、魔術師と兵士が全滅していた。正確には、彼ら彼女らの衣服と装備だけが残されていた。


 これではっきりした。仮想生物に触れると、人間はおそらく魔術のようなもので分解される。逆に、仮想生物も魔術のように分解できる。


 先ほどの戦闘中、雨衣は、仮想生物が魔術でできていると予想した。

 死霊術『死触』は、術をかけられた対象物が、敵の防御結界を突き破れる状態にするもの。そして死霊術『波長分解』は、対象物にこめられた魔術波長をこなごなにして、魔術を拡散させてしまうものだ。


 波長分解は、298番と377番の波長を使う。これらは256番以降の例外魔術波長に属していて、ほとんどの隊員には使えない。もし298番と377番を両方持っていたとしても、何の訓練もなしにいきなり扱える魔術ではない。


 もちろん『波長分解』以外にも、魔術への対抗手段はある。ミンの得意な風魔法だけをとっても、対魔術戦を想定した術がいくつも存在する。けれどこの仮想生物は、魔法を受けるとそのダメージをそのまま蓄積し、体の一部を犠牲に爆散することで、再生する。つまり、跡形もなくなるまで攻撃し続けない限り、倒せないだろう。



 こちらは触れられれば死ぬ。逆に向こうはいくつも命がある。

 雨衣はバックパックからメモ帳とペンを取り出して、それらの事実を簡潔にまとめたうえで2人に見せた。


 雨衣からペンを受け取った隊長は、ひとこと、


「撤退する」


 とだけ書いた。

 この事実さえ持ち帰れば、仮想生物も、魔動力無効の魔術も、バレク連合の技術でいくらでも対抗手段は編み出せるはずだ。


 雨衣とミンは隊長の言葉にうなずき、雨衣はメモ帳をしまうためにバックパックを取り出して下を向いた。その動作の中で、夕焼けに照らされて足元からのびている自分の陰を、何かの陰が行き来しているのに気づいた。


 慌てて空を見上げる。


 住宅や店舗の屋根の上から、狼型の仮想生物の群れが雨衣たちを見下ろしていた。










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