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夕景世界の死霊術師  作者: SET
2章 話し始めた戦闘人形
18/28

4 祝宴

 天津原の各村に配されている『お目付け役』は、神在しんざい都市リンナバラから神使代行として派遣された役人たちであり、彼らの生活の実態はよくわかっていない。詰所にずっとこもっているわけではなく、ときおり村の中を歩いて村人と歓談したりもする。ただ、つながりはそれだけだ。詰所に村人が入ることは許されていない。


 領主が派遣し、年貢ねんぐの取り立てなどの業務をさせる世俗役人とは違い、お目付け役人には汚職の概念がない。ひとつの組織全員が聖人君子だというのは絶対にありえないはずなのに、彼らはひとりももれず、村人に対して優しい。だから各村では、慈悲神や神使のかわりに目いっぱいもてなす。村人は彼らをもてなすと『徳があがる』。もてなしのぜいには糸目をつけない。


 神の代わりとしてのもてなしを受けるのが彼らの仕事、ともいえる。




 毎月の月末は、どの村でも仕事を休み、総出で慈悲神に感謝する日になっている。村長やそれに準じる有力者たちが、他の村と競い合い、盛大な祝宴を準備する。


「はーあ。憂鬱」


 鈴李が宿の受付台の上に肘をつき、朝ごはんの干し肉を口にしながら、そうつぶやいた。


「なんでお目付け役なんかに感謝しなくちゃならないの。わたしたちが必死に働いて村のために稼いだ金を、あんなやつらに使われるなんてさあ」


 聞かれたら何をされるかわからないことをつぶやく鈴李に、久瀬の方が慌てて表通りをうかがう。誰も歩いていない。ほっと胸をなでおろした。


「俺はキライじゃねえけどなー、この日」


 鈴李のようにものを作る仕事や知識をつかさどる仕事では、折り合いが悪くなることもあるのだろう。けれど久瀬は一般的な村人と変わらず、お目付け役に特に悪い感情は抱いていなかった。


 なによりこの祝宴の日は、村人や滞在者全員に酒がふるまわれる。


 酒が解禁されるのはひと月に一回、この日だけだ。


「おにーさんの裏切り者」


 鈴李はむすっとした表情を浮かべた。久瀬は逆に笑った。ずいぶん大人びているから、たまに12歳らしい仕草を見ると新鮮で面白い。


「罰としてきょうは付き合ってよ」


「親とか、工房の仲間のとこに行かなくていいのか」


「お母さんは宿の主人だし、工房も普段対立しがちなぶん、必死にび売らないといけないからね。みんな祝宴の準備で忙しいんだってさー。手伝おうとしたら、子供がやることじゃないって」


「友達は?」


「ほとんどの家は準備とか関係ないから、家族と過ごすんだよね。ほーんと、薄情者だよー」


 この日が嫌いなのはもしかして、普段からお目付け役に道具やおもちゃを取り上げられているからだけではなく、ひとりで過ごすことが多いからなのだろうか。


「あはは。かわいそうな子とか思ってそう」


 表情を読まれた。


「まあちょっとは。俺も武芸者になるまではじいさんと過ごしてたからな」


「大丈夫だよ。準備が終わったらみんなと合流して、楽しんでるから。寂しいのは夜までのあいだだけ」


「ならよかった」


 言うと、鈴李は笑った。


「おにーさんてほんとに武芸者? 絶対、向いてないよ」


 いつもはただ人が行きかうだけの表通りに、露店がいくつも並んでいる。


 戦闘人形に付きまといながらも、郵便局でときどき仕事を回してもらっているから、路銀はそれほど目減りしていない。なにかおもしろいものがあったら買おうかと思っていると、服飾を売っている出店に、黒い武道服と下着のセットがあった。普段より安い。


 今着ているものもいい加減ぼろぼろだし、買っておくか。


「そんなに武芸者に見られたいのかー、たまには他の服も着ろー」


 立ち止まって待ってくれている鈴李が冷やかすように言う。


「武道服バカにすんなよ? 通気性良くて動きやすいんだぞこれ」

「ファッションセンスゼロ」

「いつもキャミソールのお前も似たようなもんだろ!」

「うっ……珍しくいいカウンターきた」


 代金を払ってカゴに武道服をしまい、ふたたび鈴李と並んで歩きだす。

 飲食の屋台がならぶところにつくと、今度は鈴李が足を止める。


「ねーどれにする? おはぎもいいし、おしるこも、みたらし団子もいいよね。きなこ餅もいいな。干し柿もおいしいけど、今日じゃなくても食べられるしな―」


 ふだんの村にはない甘味が、鈴李の体をあちこちに吸い寄せる。


 鈴李ほどではないが、久瀬も甘味は好きなので、彼女と一緒に食べるつもりで屋台をのぞいてまわる。


 見て回っているうちにどれも食べたくなり、厳選するのが面倒になった。鈴李が挙げていたものを一つずつ頼み、分け合うことにした。金は久瀬が出した。


 久瀬はおはぎを左手に、おしるこの入った木皿を右手に。鈴李はきなこ餅を左手に、みたらし団子を右手に。2人とも両手がふさがってしまったので、一旦宿に帰って食べることにした。


 入り口で、朝食で使った木皿にそれぞれ、おはぎときなことみたらし団子を載せると、宿の2階、鈴李の部屋に向かうことになった。


 そこはたたまれた布団以外、何も置いていなくて、久瀬の寝泊まりしている部屋と大差ない。


 違いはちょっとだけ外にせり出した出窓があり、そこから通りが見下ろせること、布団がもう半分置けるくらいの広さがあることくらいか。


「おごってくれるのはいいんだけどさー、子供の前だからって見栄張ってなかった? うちの宿はつけ払い受け付けてないよ?」


 オレンジ色の空を背に、窓枠に腰かけた鈴李の陰が、部屋に伸びている。

 鈴李は障子しょうじを開け、通りの喧騒を眺めながら、きなこ餅をかじっている。

 久瀬はおはぎを最初から半分に割り、残った半分を口に運ぶ。


「俺は普段から倹約してるんだよ」


 実際、この村に来てから金を使ったのは、宿代と食事代と衣服代、壊れた木刀代、塔見への情報料、そして今日のこれだけだ。


 餅が噛み切れずにだらんと伸びてしまい、「んー!」とうめきながら手でちぎっていた鈴李は、少し間をおいて、


「普通の武芸者って、暴食にバクチに喧嘩に女遊び、よい越しの金は持たねえ! って感じだけどなあ」


 半分に割ったおはぎを食べ終えたので、今度は鈴李の近くの皿に載っている、みたらし団子に手を伸ばす。


 逆に鈴李の方は、残ったきなこ餅を久瀬の皿に置いて、おしるこの入った深皿を持って行った。


「俺みたいな孤児は体壊したらそこで終わりだからな」

「真面目すぎ。ほんと武芸者向いてないよおにーさん」


 ずずずずず。鈴李が、深皿に口をつけておしるこを飲んだ。鈴李はあっという間に半分ほど飲み終えたのか、おしるこの深皿を戻してきた。

 受け取り、久瀬もおしるこに口を付けた。飲み始めて気づいたが、小豆あずきが底の方に溜まっていて、汁が少ない。鈴李がほとんど飲んでしまっていたようだ。


「向いてるとか向いてないとかじゃねーんだよ」


 一気に皿を傾け、小豆ばかりのおしるこを口の中に流し込む。


「ふーん。武芸者の夢が破れたら、いつでもうちの村に来なよ? 工房で雇うよう、口きいてあげるからさ。真面目に働く人は大歓迎」


 鈴李が笑った。


「それはありがたいね」


 冗談めかして答えたが、それはなかなか魅力的な響きに聞こえた。




 甘味を食べすぎて気持ち悪くなり、食後の眠気にも襲われた2人は、少し鈴李の部屋で雑魚寝した。起きた後は窓からのんびり大道芸人を見たり、祭りの思い出を語り合ったりして、祝宴本番が始まるのを待った。


「この村の祝宴は提灯ちょうちんに火がともったら始まりなんだよ」


 窓枠にあごを載せた鈴李が、まだ眠気の覚めきっていない声で言う。

 のぞき込むと、通りを挟んだ向かいの家の列にも、この宿の1階や2階にも提灯がぶら下がっている。


「あれ? 火ーついてってねえか?」


 通りの遠くから、だんだんと明るくなっていく。


「行きますかー」


 鈴李が立ち上がり、久瀬もあとについて行く。


 宿の外に出ると、ふだんにない明るさが久瀬たちを出迎えた。オレンジ色の空の下で、何も見えなくなることはないが、提灯があるとやはりだいぶ明るくなる。


 久瀬はいつもより開放的な気分で伸びをする。


「親とか友達のとこ行くんだろ。気をつけてな」

「うーん……でも、おにーさんは?」

「俺? 俺はもともと、ひとりで楽しむつもりだったしな。気にせず行ってこい」

「そっか。付き合ってくれてありがとね!」


 鈴李が笑って、走っていった。


 さてと。


「まずは酒だな」


 おそらく主会場はお目付け役の詰め所がある、時計台前の広場だろう。


 昼間とはがらりと変わって、食べ物用の屋台は酒のつまみになりそうなものが売られていた。

 きゅうりの漬物にきのこの炒め物、ゆでた枝豆にネギ焼き、いなごのつくだ煮にしょう油せんべい、魚の塩焼きに塩辛。どれも空腹で出会っていたらひとたまりもなかっただろう。今日だけで宿代10日分くらいは無駄遣いしていたかもしれない。昼間の甘味がまだ腹に残っていてよかった。


 ――俺は戦闘人形にも粘り勝ちした男。こんなもの我慢にも入らない。


 歩く速度を極限まで落として後ろ髪をひかれながら露店を歩く。


 すると後ろから、肩をぽんと叩かれた。


「どうも、久瀬さん」


 振り返ると、塔見がいた。その手には焼きたての魚の塩焼きと、焼き立てのせんべい。こげたしおのかおりとこげたしょう油の香りが、たまらない香りとなって襲い掛かってくる。


「久瀬さんも酒をもらいに行くところですか?」

「近づくな。俺はいま倹約してる」

「あっ。これですか?」


 塔見がおちょくるように、魚の塩焼きを久瀬の鼻先に持ってきて、


「それともこれですか?」


 焼きたてのせんべいも顔の前に持ってきた。


「はたき落とすぞ」


 久瀬が半分本気で言うと、塔見は上機嫌に笑った。


「怖い怖い。では行きましょうか」

「何が悲しくてお前と飲まなきゃならねえんだ……」


 ため息交じりの久瀬の声などどこ吹く風で、塔見は隣を歩いてくる。


 時計台前の広場には、一段高いステージが作られていて、きれいな木目の机といすが並んでいる。そこに、おそろいの黒い制服に身を包んだお目付け役たちが、賓客ひんきゃくとして座っていた。


 彼らの目の前には見るも鮮やかな刺身の船盛りが置かれ、その隣には豪快な鳥の丸焼き、かぶとつきの海魚の煮つけ、そのほか、見たこともない果物や甘味が並んでいる。陶器のおちょこに注がれている酒も、最高級のものなのだろう。


 ステージの端では、酒の入った大樽が置かれ、お目付け役の中で一番地位の低いものが、村人――下々の者たち――に、おたまですくった酒を分け与えていた。


 村人は貰う際、ステージに膝をついて進み、持参した容器を置いてから、床に頭をつけて静止する。容器を受け取ったお目付け役が、酒を入れて戻したら、地面に平伏したまま


「ありがたく頂戴ちょうだいいたします」


 と言って、立ち上がり、去る。その際、決してお目付け役の顔を見てはいけない。無礼者扱いされて、棒罰をくらう。


「タダでもらえるのはいいのですが、あれがちょっとむかつくんですよねえ。たかだか代行者が何を偉そうに」


 どうして自分の周りにはお目付け役に対して物騒な物言いをする人間しかいないのだろう。


 聞かないふりをして、カゴからひょうたんを取り出した。ひょうたんの蓋をあけ、酒を配っている列に並ぶ。列の前にいる人々は、いずれもお目付け役に平伏して、酒を受け取って、にこにこ笑いながら、早足でもどってくる。


 いつも目にしてきた、何の変哲もない光景。


 ふと、それがなんだか、おかしなものに見えた。なぜかはわからない。鈴李や塔見に毒されたのだろうか。


 久瀬の番がまわってきた。


 いま感じた違和感をいったんわきに置いて、久瀬は平伏してひょうたんに酒を入れてもらい、


「ありがたく頂戴します」


 と言って、お目付け役たちのいるステージに背を向けた。

 いつもだったら、酒をもらった満足感でいっぱいのはずなのに、一瞬感じた違和感のせいで、少し高揚が冷めた。


「おっさけ、おっさけ~」


 お気楽な声が後ろから聞こえてきて、久瀬は考えるのをやめた。


 とりあえず、飲もう。











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