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婚約者へのその仕打ち。代償は高くつきますわよ!

作者: 冬蛍

「ようやく呪物の効果が出たようだな。何、心配はない。解呪には半月ほどの時間が掛かるそうだが、公爵家には君のお気に入りの優秀な術師が、お抱えで居るそうじゃないか。しばらく、休暇と思って公爵邸で療養生活を楽しめ。私にも、自由に羽を伸ばす時間は必要なのだ。長い付き合いなんだし、いい加減、このように私の手を煩わせることなく、それぐらいのことを理解できるようになってくれ」


 物凄く勝手な言い分を平然と宣う男は、わたしの婚約者だ。

 しかも彼はなんと、この国の第一王子様である。

 大丈夫か? この国。


 婚約者からなんらかの呪物を使用されたわたしは、目は見えているし意識ははっきりしている。

 が、身体は全く動かせないし、喋ることもできないで、床に倒れこんだままだ。

 何故か、瞬きだけはできるけれどね。

 なんなら、この状況で心肺機能がしっかり機能しているのがいっそ不思議なくらいだが、呪物による呪いとはそういう物であるのだろう。


 第一王子に疎ましく思われていたのは知っていた。 

 婚約者への警戒心がなかったわたしが、迂闊だったのだろうか?


 だが、わたしの実家である公爵家の後ろ盾なしに、王位を継ぐことは不可能なはずの彼が、“わたしを害する事態を想定しろ”という理屈には、さすがに無理があるだろうと思う。


 単純に、彼が、“王家と公爵家が想像していた以上の愚か者だ”という事実が、ここで証明されただけなのかもしれないが。


 ◇



 焙煎したばかりの茶葉の香りが、室内いっぱいに広がっている。

 香ばしいほうじ茶の香りは、唯一婚約者の第一王子と公爵令嬢のわたしの好みが一致するお気に入りの香りだ。

 激甘な餡入りの大福なんかをお茶請けに、のんびりと午後の一時を、なんなら午睡を楽しむまでもできたりしたなら最高だと思う。けれども、現在のわたしたちの周囲を取り囲む環境は、それを許してくれそうもない。


 第一王子が王太子になるためには、他の候補者よりも優秀であることを、残された時間内で国内の貴族たちに示さねばならないのだ。

 

 候補者とされている三人の王子たちから、たった一人の王太子が決定される日は、僅か一か月後に迫っている。


 第一王子である婚約者は、最後の追い込みでアレコレと口煩いわたしを疎んでいた。


 わたしが言うことに従って嫌そうに仕事をする婚約者に、それを承知で強いているのは、彼が王太子に選ばれるためだと言うのに。

 残念ながらわたしの婚約者様は、最も肝心なそれを理解していない。


 それ故にこの日、彼は事件を起こした。


 わたしが手にしたカップは、第一王子の指示で細工がされていたのだ。

 愚かで能天気な彼は、現王に溺愛されている。

 その事実から、彼は他の候補者と比較して、自分自身の実績や能力の優位さを示さなくとも、自分が王太子になれると思っていたのであった。


 ◇



 わたしの婚約者は、現王の子なのは間違いない15歳の第一王子。

 だが、長子であっても、立太子されるにしては、母親の身分がありえないほどに低い。

 しかも、その母親は既に故人となっている。

 なので、通常ならば、身分が高い家の出の正妃か、第二妃辺りの産んだ王子が、問答無用で王太子となるはずである。


 それを、王がとある負い目もあって第一王子を溺愛していて、できれば彼を次の王に推したいと画策した結果、選ばれた手段がこの国唯一の公爵家を彼の後ろ盾につけること。

 すなわち、公爵家の令嬢で、尚且つ一人娘のわたしと第一王子との婚約だった。


 それが13年ほど前の話。


 当時のわたしは2歳で、自分の意思など示せるはずもない。

 が、貴族の政略結婚では、さほど珍しい話でもないから仕方がないと受け入れるしかない。


 この婚約で、最悪、第一王子が王になれなくとも、臣籍では最大の権力を持つ公爵家の後継ぎにはなれるって寸法。

 まぁ、そこには、「わたしの後に子が産まれなければ」という偶然の要素が絡む条件もあったはずなのだが、結果はご存じの通りである。


 当代の公爵家の当主は、16歳の時の初陣で、この国の命運を左右する戦局に置いて巨大な功績を残した。


 だが、しかし。


 彼は極端に劣勢な手勢を率いて、極めて不利な戦場での大戦果と逆転勝利という結果と引き換えに、一生涯子を成すことができない傷をその身に負ってしまった。


 それがわたしの叔父様であり、彼は今、公爵家の中継ぎの当主を務めている。


 もちろん、「この国の英雄」と言って良いイケメン叔父様は、負傷のせいで独身。

 日常生活には、何の不都合もないけれどね。


 叔父様が当代の公爵家の当主になっているのは、わたしの実の両親で先代の当主夫婦が、10年前に二人揃って流行り病で急逝しているから。


 亡くなったわたしの実母の出自は、隣のそのまた隣の国の王女。


 母が嫁いで来たのは、隣国が無茶をすれば、この国と母の国でそれを抑え込むのを目的とした婚姻外交の一環だったのだろう。


 そんな事情で、わたしには、なるはやの結婚と子作りが求められている。

 周囲からは、公爵家の存続という意味もあって、もの凄い圧力がかけられていた。

 婚約者が王になった場合は、二人以上を授かって、後から生まれた子を叔父様が養子で引き取る話になっているからだ。

 

 ちなみに、第一王子の母親の身分がどのくらい低いかと言えば。

 その答えは、今や家そのものが存在していない子爵家の三女。

 彼女は約17年前、王城に行儀見習いの修行目的で出仕していた女性なのである。


 ◇



 王のとある負い目のきっかけは、酷い話となる。


 行儀見習い修行の一環で、後宮の夜晩勤務中だった子爵家の三女を、寝ぼけた若き日の王が自身の妃と勘違いして閨に引き込んだのだ。

 彼女は、気の毒なことに、その時の初めての行為でそのまま身籠ってしまう。

 だが、それだけなら、素早く何らかの手を打てば、まだ取り返しはついたのかもしれない。


 しかしながら、その修行中の女性が事件の起こった当日の事後に、取った行動が結果的には最悪だった。

 彼女は、行為を終えて寝入った王の腕の中から何とか抜け出すと、そのまま逃げるように王都の両親が居る館へと戻った。

 そこまでは、良くはなくともまだ最悪の行動とまでは言えない。だが、その後がいけなかった。

 彼女は誰とも会わず、常時自室に引き籠る生活へと突入してしまったのだ。

 彼女はその日以後、王城への出仕をもちろんしていない。

 本人自筆の退職願が、「体調が優れず、回復の見通しが立たないために、今後の出仕を取り止める」を理由として、彼女の父親の手を経由して王城に提出された。


 彼女の両親がどう宥めすかそうとも、ロクに顔を見ることすら叶わずにドア越しの会話しか成立しない。

 食事の差し入れは僅かに開けられた扉から行われるが、無駄に頑丈なドアガードが使用されているために強引に押し入ることもできない。


 そんな日々が八か月ばかりも続いただろうか。

 遅くにできた末の子だからと、本人の意思を尊重し、甘やかしていた子爵家の当主とその妻。

 しかしながら、それは永遠に続くものではなかった。

 当主はついに業を煮やして、分厚い頑丈なドアを斧で破壊するという力業に出る。

 そうして、子爵夫妻は、久方ぶりに末の娘の姿を見た。

 明らかに膨らんだ彼女のお腹は、子を宿しているという事実を指し示していたのだ。


 ◇



 もう堕胎させることは不可能。


 無理矢理部屋から引きずり出されたのと、「腹の子の父親は誰だ?」という両親からすれば当然の詰問が原因で、彼女は、元々傷んだ精神に、更なる異常をきたしつつあった。


 自身の髪色と同じ、金髪の男の子を産んだ後の彼女は、憑き物が落ちたようなすっきりとした表情を見せた後、深夜にひっそりと邸のテラスから身を投げた。


 テラスの高さ的には、通常なら大怪我までは免れなくとも、そう簡単に人が死ぬようなことは考えられない。だが、彼女には運がなく、相当に打ちどころが悪かったのだろう。

 彼女はあっさりと亡くなり、その遺体は、翌朝庭掃除に取り掛かった子爵家の使用人によって発見された。


 ◇



 残された遺児。


 この国の王家の男子だけが持つ特徴。

 それは特別なオッドアイ。

 遺児の男子の赤子には、それがあった。


 王家の直系男子は、何故か全員が瞳の色に特徴が出る。

 左目がアイスブルー、右目がレッドという、一目でわかる外見的特徴を持って生まれて来るのだ。


 わたしは詳しくはないが、王家の血筋にはそういう呪いが掛かっているらしい。


 ちなみに、王族籍から抜けると、その呪いは消滅するらしく、瞳は元王族の証明となる紫色に変わるとか。

 しかも、子には遺伝しなくなるとか、ほんと謎仕様。

 更に謎なのは、臣籍に下った場合、本人とその子の代までは王族籍に戻されると、また瞳の色がオッドアイに戻るとかね。

 呪いってすごいのね。


 ◇



 愛する末の娘を失った子爵は、その原因となったであろう王家に怒鳴り込んだ。

 いずれは婿を取って、爵位を継承させるつもりであったのだから至極当然の話である。


 突如発覚した驚愕の事実に、王がおろおろとしている間に、宰相は独断で冷徹に事態の収拾を図った。

 国の暗部が動き、子爵家の赤子以外の全員が内密に始末されたのは、その晩の出来事。


 尚、家族会議として実家に呼び出されていた長女夫妻と、次女夫妻も、連れて来ていた子供たちも全て含めて巻き添えとなっている。


 子爵家のお家断絶は、それが理由だ。


 犯人が絶対に捕まることのない、押し込み強盗が起こした惨殺事件として処理されたその悲惨な事件は、奇跡的に助かって発見された男子が、王家に引き取られたことでも話題になる。


 死人に口なし。


 明らかに王家の血を引く遺児は、現王と遺児の母の隠された愛の結果という、捏造ストーリーも後付けされたのである。


 ちなみに、惨殺事件が発生して翌朝になってから、遅まきながらその事実を知った王は、悔恨の念を宿し、残された遺児を第一王子として溺愛することになる。


 出産間近の正妃や、側妃が持つ強烈な不満には気づかずに。


 そう時を置かずして、侯爵家から嫁いで来た正妃が黒髪の第二王子を、辺境伯家から嫁いで来た側妃が緑髪の第三王子を出産する。

 そうして、この国は金、黒、緑と、頭髪の色で違いが直ぐに分かる、後継ぎの候補を三人得たのである。


 ◇



 王城で、原因不明で突如倒れたことにされたわたしは、宮廷医の診察を受けたあと公爵邸へと戻された。

 呪物の影響を受けているため、動くことも、喋ることもできないわたしは、されるがままの扱いを受け入れるしかない。

 意識だけはしっかりあるのが、幸いと言えるのかは微妙なところだ。


 宮廷医の診断は、呪物による物だと断定することが叶わず、謎の奇病という判断で処理されてしまった。

 また、毒物が使用された可能性も疑われたが、当日にわたしだけが飲食したものはなく、その部分の疑惑は直ぐに晴れる。

 まぁ、呪物のカップが原因だし、原因のそれは直ぐに普通のものと入れ替えられているから、特定ができなかったのだろう。

 そもそも、外見的特徴のある品ではないから、知っていて疑わなければ調べもしないだろうが。


 ◇



「お嬢様。酷い呪いですね。伝聞でしか知りませんが、特殊な状況でのみ使われるはずの、王家の自決用の呪物による物と思われます。私の解呪の腕は、母譲りで向こうの国でもおそらくトップを争えるほどですが、それでもお嬢様を完全に元の状態に戻すことは叶いません。呪いによる死を避けることはできますが、軽度の肢体不自由と、言語機能に深刻な後遺症が出ると予想されます。おそらく、今後話すことができないかと」


 わたしの実母の護衛兼付き人だった術師の女性の息子は、そのまま、我が家の術師へと就任していた。

 わたしの幼馴染でもある彼は、術師としての腕は超一流。

 おそらくは、この国ではダントツのトップだろう。

 その彼を以てしても、「完全に元の状態に戻すことは叶いません」と言い切る呪いのどこが、「何、心配はない。解呪には半月ほど掛かるそうだが」なのか。

 彼の説明によれば、この呪いは脳内の特定の神経を何か所も分断する形で破壊するのだそうだ。

 解呪と同時に、治療として分断された神経を繋ぐ術を行使するのだが、全てを完全に元通りに繋ぐことは不可能。特に言語機能を司る部分は修復が非常に困難となる。

 つまり、わたしは一生喋れなくなるわけだ。 


 まぁ良い。

 幼馴染の見立てが正しければ、わたしはもう王妃には不適格。

 婚約は当然解消されるだろうし、叔父様が真実へ辿り着けば、激怒されることは間違いない。

 好きでもない愚物との政略結婚がなくなって、わたしに嬉しいはあっても。残念な気持ちは微塵もないのだ。


 第一王子は自由に羽を伸ばして、どこぞの女と甘いひと時を満喫しているのだろうが、その代償は高くつきましたわね。

 確実に子供を作るために、正確な性的知識を実践で教える役目の経験豊富な女性に、婚約者が肉欲で溺れているのを、わたしが知らないとでも思っているのかしら。


 公爵家の娘であるわたしとの婚姻がなくなった貴方に、王太子になる目は存在しません。


 叔父様は優秀ですから、いずれは貴方の愚行に気づき、王に断罪を求めるでしょう。


 次代の王になるどころか、生涯幽閉か服毒による自裁あたりが結末でしょうか?


 或いはわたしに使用した呪物を、彼自身が使用させられるなんて未来もあるのかもしれない。


 そう考えて、すっきりとした気分になったわたしは眠りに就いた。


 ◇



「おい! 婚約解消ってどういうことだ? おかげで、王太子を決定する期日が前倒しされ、弟の第二王子が王太子になってしまったではないか! その上、俺が公爵家に入り婿で入る目もなくなっただと? 俺の将来をどうしてくれる! 今からでも遅くない。婚約解消を撤回しろ!」


 呪物の一件から三日経って、公爵家に先触れもなく押しかけて来た第一王子は、面会を断った我が家の使用人を殴り倒して、強引にわたしの寝室へ入り込んだ。


 そうして、開口一番の言葉が、呆れるしかない前述のセリフである。


 ここはわたしの味方しかいない公爵邸なのを、元婚約者の彼は理解できないのだろうか?


 ただ、間の悪いことに、叔父様は今朝から王城に呼び出されていて、今日は夕方まで不在となっている。

 おそらく、彼はそれを知っていて、ここへ押しかけて来たのだろうが。 


「お嬢様は今、喋れません。強力な呪いの影響です。時間を掛けて解呪を行っても、深刻な後遺症が残ると予想されます。おそらく今後一生言葉を発することはできないかと」

 

 術師が慌てて駆けつけて来た。


 相手が第一王子なだけに、息を弾ませながらわたしが何の返事もしない理由を説明した彼は、怒りを抑えて冷静な対処をしようとしているのだろうが。


「そんな馬鹿な。あの呪物の効果は『半月ほど時間を掛ければ解呪できる』と、弟が」

 

 解呪だけならね。

 事実、我が家の術師は解呪だけは確実だと請け負っている。

 ただし、解呪ができることと、元の健康状態に戻ることはイコールではない。


 馬脚を露わした第一王子の発言を、公爵家お抱えの術師は聞き逃しはしなかった。


 王子の胸倉を掴み上げると同時に、彼は素早く愚物の手足を術で拘束する。

 

「(へー。知らなかった。こんな術も使えるのね)」


 実際の言葉にならないわたしの心の中のセリフは、眼前で繰り広げられる状況にはそぐわない感想なのかもしれない。が、どこか他人事のようで、現実感が全く感じられない今のわたしの状況では、致し方ないのだと言い訳をしておく。


 そんなわたしの感想とは関係なく、状況は進むのだけれど。


「お前今、『弟』って言ったな? どっちだ? 第二王子か? 第三王子か?」


 術師の人物判定は、元婚約者を第一王子から、わたしに呪物を使用した犯罪者へと切り替えたようだ。


 言葉遣いの変化が、それを如実に表している。


「そんなこと、たかが公爵家の使用人風情に答える必要はない! 不敬だぞ! この拘束を今直ぐ外せ!」


「言わないか。まぁ良い。では、直接お前の頭の中を覗くさ。同意なしの相手にこの術を使うのは、双方にかなりの苦痛を伴うので、できればやりたくはないが」


 相手だけの苦痛ならば躊躇なく使う術なのだろうが、彼も自分自身に苦痛を伴う手段だと、避けられるのならば避けたいようである。

 もっとも、今回はそんなことには目を瞑らざるを得ないのだけれど。


 そうして、第一王子を唆したのは、第二王子だったことが判明する。


 時を同じくして、叔父様は王太子から、わたしへの婚姻の打診を王城の一室で受けていた。


 ◇



「帰宅してみれば、ずいぶんな状況だな。一体何があった?」


 叔父様は、わたしの部屋を一瞥して問うた。


 わたしが答えられないのを叔父様は理解しているので、その問いに答えるのは、我が家お抱えの術師の役目だ。


「そこのどあほうが、お嬢様に王家の呪物を使用したことが判明しました。嘘を教えて唆した黒幕は、第二王子です」


 問われた術師は簡潔に説明する。

 ただし、彼の返答は簡潔ではあるが、その口に出した言葉の内容は、この国の未来を揺るがす爆弾発言なのだが。


「そうか。王家は我が家に喧嘩を売るか。私は今日、第二王子から娘への婚約の打診を受けた。『卿の娘が患った謎の奇病は、私との婚約を受け入れれば王家が全力で治療を行う』という話は、そこで終わらず、『公爵家の娘に瑕疵がある』と言わんばかりに、『第三夫人なのを受け入れろ』と言ってきよったわ」


 叔父様が怒りの感情を露わにしてその身に纏った雰囲気は、常人なら近寄りがたいものとなっている。

 多少慣れがあるわたしでも、同じ部屋にいるだけで息苦しさを感じるくらいだ。


「私は他国の出の母の教育を受けて育っているので、専門である術や呪についてはともかくとして、正直言ってこの国の事情に明るくはありません。ですが、一般論として、国の重要な臣下の一人娘に恩着せがましく、条件迄付けて治療行為を餌にするやり方は異常に感じます。むしろ、無条件に全力で治療に当たってもおかしくないのでは?」


「そうだな。これで国を見限る決心がついた。立太子されなかった第三王子は、母親の実家の辺境伯家の力を寄る辺に独立して建国する。私もそれを内密に打ち明けられた。彼は若いが、この国を継げないのが不思議に思えるくらい優秀だな。我が公爵家の行く末も見切っていたわけだ」


 叔父様は王都の屋敷を即座に引き払って領地へ戻る手筈を整えるよう、矢継ぎ早に指示を出した。

 そして、足元に転がされたままの愚物を、うっぷんを晴らすかのように蹴り飛ばし続けた。


 優秀な使用人たちの手による王都撤収の準備が、僅か2時間で整った後、叔父様は既に虫の息に近い第一王子の首を刎ねる。


 この時、この国の歴史は動いた。


 終焉へと向かって。


 ◇



 王都から脱出し、辺境の地で建国を宣言した元第三王子。

 彼は、戦上手な叔父様の手を借り、王と第二王子の命を奪うまで戦い続けた。

 ついでとばかりに、この国の混乱に色気を見せた周辺国をも制圧して、一代で大帝国を築き上げたのは歴史の必然であったのか。


 叔父様と共に戦場を駆け抜けた術師は、その勲功を以て、今はわたしの夫になっている。

 喋ることが不可能なわたしには、相手の同意があれば双方向で意思が確認できる術が使える、頼もしい幼馴染以外の最適な結婚相手など存在しないのだ。

 

 秘めたるお互いの初恋が成就した二人は、新興の大帝国の重鎮の座に納まった公爵家を切り盛りしつつ、子宝にも恵まれて幸せに暮らしましたとさ。


 おしまい。

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