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残った謎は?


「謎はまだあります。桜封筒の消印がどうして新大阪なのか」

 私は立ち上がって葛城さんの隣に立つ。


「特急くろしおで北大阪に出てくる人か、JR職員かに投函を依頼してるからです。停車駅は天王寺か新大阪」


「じゃあ吉野は串本にいると?」

「はい、おそらく」


「かすみと一緒に?」

「十中八九。去年は離れていたけど今年は。息子さん亡くされたお宅に突撃電話はできなくても、生きていると実感があれば僕は串本町内全部の吉野家に片っ端から電話してもいいですよ?」


「そ、そうですね」


「串本町町役場に、あの桜の名所に詳しい人を紹介してほしいと問い合わせることもできます」


「でも、検索してもどこにも出てこないって葛城さんが言われたんですよ?」


「ああ、それは、きっと。かすみさんの名字は何ですか?」


「かすみの? 言ってませんでしたっけ? 支倉です」


「これだけ情報があれば、謎はなくなってしまう」


「1人で解決して私には教えてくださらないつもりなんですか?」

 私はわざと、膨れてみせた。


「あなたはご自分のことで大変じゃないですか。2人の居所がわかったらお知らせしますから、まずはバカ男と別れてください」


 膨れた顔のまま笑ったから盛大に吹き出してしまった。

 葛城さんは笑ってはくれず、すっと庭園の出口に向けて歩き始めた。


 背中を追いながら問う。

「大島が何と言って吉野を呼び出したかは謎じゃないんですか?」


「それは深山さんが実家に落ち着いて、大島くんが別れないとか帰って来いとかごたごた言うときに聞き出せばいいんじゃないですか?」

 葛城さんはあくびを混ぜたそうな、のんびりでフラットな口調で返す。


「え。私がですか?」


「物理的な距離を置いて、ストーカー対策もしてからですよ? 切り札として、『あの日どうやって吉野呼び出したのよ?!』と叫んだら、もう復縁はないだろうと理解してくれると思いますが?」


「そう、ですね……」


「でも彼が追い詰められた気分になると危険ですから、かすみさんと連絡が取れたと言ってください。吉野くんも大丈夫だと」


「まだ確証はないのに?」


「数日の誤差です。GW中は知人と連絡がつきにくい、それだけの問題です」


「吉野は死んでなくて、大島も罪に問われることはないと言い切っていいんですか?」


「いいでしょう。さもないと警察の怠慢凄すぎです」


 葛城さんはふと立ち止まり私の目を真っ直ぐ見た。出てきた声には今日一番の決意が籠っていた気がする。


「いや、時間の問題ならやめておきましょう。深山さんは大島くんと話さないでください。電話もブロックして、もう何も。安全な実家に引っ込んで職場との往復だけ。待ち伏せされないように通勤時間や通勤路を少しずつ変えるようにしてください。こっちで外堀埋めます。そのためには、っと。今朝大島くんには何と説明して東京に来ましたか?」


「海外の取引先社長が来日するからお迎えに羽田へ行くと……」


「それは好都合。何もかも、追々わかってきますから」

 微笑んでくれたのに何が好都合なのかてんでわからない。


 置いてきぼり状態で、葛城さんがじゃない、私が、葛城さんから離れたくないのだと理解した。

 この浜離宮庭園がもっと広かったらいいのにと思えるほど。


 入ってきた門が見えたところで葛城さんはまた足を止めた。


「蒸し返すようですが大事なことだからもう一度言います。あなたは自分が思っている以上に傷ついています。花に囲まれて小鳥のさえずりを聞いたり、大きな木に抱きついたりすることを忘れないでください。そんなことってバカにしないで信じてみて。新しい恋をしても、震えや嘔吐が出るかもしれません。そんなときは僕でよければ、思い出してください。何かお手伝いできるでしょうから……」


「ありがとうございます」

 私は深々と頭を下げた。


「こちらこそ、吉野くんと連絡がとれる希望が持てました。ありがとうございました」 

 葛城さんは長身をふたつに折り曲げていた。


「謎が残ったとすれば、かすみさんのピンクのリップがなぜ吉野くんの車の中にあったかだと思います。潮岬に行ったのは吉野くんだけなのに。これを調べるのは僕でも骨が折れそうだ……あなたのほうが適任かもしれない」


「ではこの謎が解決するまで、お友達でいてくださいます?」


「ええ、もちろん」


 一緒に山手線で品川に戻ったけれど、喧騒の中でたいした会話はしなかった。別れ際に「カスミザクラが入っていた封筒をください」と言われたくらい。

17時55分ののぞみに乗るべく改札口を入り、葛城さんは手を振り返してくれた。


 新幹線車内で葛城さんという人のことを考えてみた。

 私が言いにくいこと、話しにくいことは極力言わせず、それでも何があったかわかってしまっていて、叱ってくれて応援してくれて宥めてくれて泣いてくれた気がする。


 たった、数本の桜の枝を見せただけで。

 言葉のしゃべれない樹木を相手にしていると、あんなふうに他人にも寄り添えるものなのだろうか。


 ここでふらっと恋に落ちたらそれこそイージーすぎる。

 優しくされたら誰にでも尻尾を振るのかと自分でツッコむしかない。


 友達でいてくれるって言った、リップの謎が解けるまで。

 かすみたちの居場所がわかったら知らせてくれるって言った。

 でも、自分の個人情報は、ひとかけらも教えてくれなかった。


 森林研究所のメールと電話。ケータイにかけてくれた番号もオフィスからだった。

 恋をしろって言ったって、大学のあの後輩と恋をしたらどうかと勧めてくれたみたいで。


 京都駅から湖西線に乗り換え近江舞子の実家へ帰った。9時半だった。両親には帰る旨新幹線から連絡し、笑顔で迎えてもらった。明日ゆっくり説明して、GW明けからの仕事着を買いに出よう。


 大島には連絡を入れていない。もう話さない。


 ラッキーだったのは保険証とパスポートを持ち出していたこと。健康保険証は大島に婦人科に行くとウソをついた時から鞄に入っていて、パスポートは羽田空港に行くからという今回のウソで。


 車の免許は持ってないし、マイナンバーカードはいつも携帯している。会社の社員証がないのが心配だが、朝玄関前で上司や同僚を見つけて説明するしかない。


 もう大島と顔を合わせなくていい、ケータイもブロックすればいいと思うとホッとした。




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