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オジサン?大学生?話の早い研究者さん


 家というか大島宅に戻るとまた茶封筒が届いていた。

 

 中身は「花の咲いていない灰褐色の枝1本に白いリボン」だった。

 白いリボンは初めてだ。黒いリボンは死を暗示するような気がしていたから、少しホッとした。


 でも花も咲いていない、葉っぱも出ていない枝切れを送ってくる意味があるの?


 あるのだろう、きっとある。送り主はオオシマザクラに黒リボンをして大島に送りつけるような相手だ。


 細いながら桜特有の横線に照る灰色の樹皮で、白い皮目模様が点々と出ている。この桜にも意味が籠っているハズ。


 大島は新しい大学のほうの院生か学部生かと遊びに出たようだ。


「自分は農学上のバイオの使いみちを知っている。ITの得意なヤツと繋ぎをつければ共同研究で面白いことが絶対できる」などと豪語していた。


 プログラミングの難しいところは仲間に預けっぱなしにして、グループの一員として大きな顔をするのだろうと予想がついてしまう。


 自分の大島の評価は、こうも変わってしまった。

 

 ーーできれば滋賀の実家に帰りたい。もう疲れた。朝早く起きれば京都駅前の職場までなら通える。


 その日、休みなはずの土曜日だというのに、午後7時にスマホに電話がかかってきた。


「森林研究所の葛城と申しますが、深山様でしょうか? メール拝見しました」

 中年男性の低めの心地よい声だと思った。


「は、はい、そうです、こんなに早くお電話もらえるなんて……」


「お手元の桜の枝をすぐにクール宅急便してください。同定はサンプルが新鮮なほど簡単ですから」


「あ、はい。花も葉もなくても大丈夫ですか?」


「問題ありません」

 すごい専門家ぽい。


「DNAチェックとかするんですか?」


「え? そこまでは必要ないでしょう。種小名まで判ればいいんですよね?」


「はい。えっと、それとですね、送付されてきたんですが、その状況が特殊でして……」


「血痕でもついてますか?」

「けっこん?」


「ジョークです」

 あまりに落ち着いてジョークと言われても、笑いもできない。


「リボンで結んであったりするんですが……」

「そっくりそのまま送ってください」


「その意味も教えてもらえますか?」

「僕にわかるとは思えませんが、面白い解釈を思いつけば?」


 疑問形で返された。葛城さんという人は、真面目なのか茶化しているのか人をコケにしているのかてんで掴めない。


「できたら口頭で前後関係などお知らせしたいのですが……」


「証拠が残ると困るみたいですね。でも僕と会ったことは隠せません。僕を犯罪に巻き込まないでくれます?」


「そ、それは大丈夫だと思います」

 血痕とか犯罪とか、ヘンな人。私は犯罪に加担させられてしまったとしても。


「ではですね、時間が取れるのは4月29日、みどりの日じゃなくて昭和の日? になるんですがいいですか?」

「あ、はい、祝日なら助かります」


「新幹線で来られますよね? でしたら品川駅で降りて、品川セントラルガーデンに来てください。生きた桜の木を主役にしたモニュメントがあるんです。そいつが元気か気になってるので、そこまで辿り着いてくださると助かります」


「あ、はい、セントラルガーデンの桜のモニュメントですね?」

「13時でいいですか?」

「は、はい」

「ではよろしくお願いします、失礼します」


 電話は切れた。すごい、ぐいぐい来るオジサン。はっきり言って度肝を抜かれた。ぶちかましの吉野って感じ?


 好きな桜のことを語る吉野の表情が瞼に浮かんでしんみりもしてしまったけど。


 翌日職場の植物専用冷蔵庫に入れさせてもらっていた桜の枝を全てつくばに送った。


 ウソをつくのは苦手だと思っていたのに、自分の人生や身の危険が絡んでくると結構うまくいくらしかった。


 身の危険と言っても大島が私を殺すとか、レイプするとかという意味ではない。そこまでの度胸は今のアイツにはない。

 もし身体を触られたら拒絶反応が出てまた嘔吐しそうだというくらいのリスク。


 4月29日と30日、会社のほうは休日出勤してほしそうだったがお祖母ちゃんの体調を引き合いに出して免除してもらい、大島には海外提携先の社長が羽田に到着するので迎えに行って京都にお連れする仕事だと説明した。


「おまえの英語で通用するのか?」

 とバカにされたが、TOEICのスコアは私のほうがいいから大島も深くは追及しない。


 こういうアテンドの仕事は普通営業職がするもので、研究者がするとは思わないが、大島は大学内の世界しか知らないし、「ペーペーだから何でもしなきゃならないのよ」という言い訳も考えてある。


 出発の前日にまた桜郵便が届いた。

 今度は「緑色の葉をつけたヤマザクラのような桜1本に白リボン」。


 大島はもう動揺するのに飽きたようで、「暇だね、送り主」とボソッと言っただけだった。


 29日の朝、大島には仕事だと言ってあるからスーツで出かけた。


 便利になったもので、京都―東京間なんてすぐだ。13時アポってことはお昼は済ませて来てほしいんだろうと思って車内で駅弁を食べた。


 品川セントラルガーデンは駅に併設していると言ってもいいくらいで、広々とした杜の空間が気持ちよかった。


 早めに着いてしまったので、遠目に桜のモニュメントが見えるベンチに座ってぼんやり眺めていた。


 それほど背の高い桜ではない。花はもう散ったようだ。

 これからキャンプに行きそうなサファリジャケットを着てジーンズを穿いた背の高い大学生が1人、木の周りをぐるぐる回っている。


 一応鞄からコンパクトを出してメイクをチェックした。社会人になってからもあまり気合を入れたお化粧はしていないので、実は落ち着かない。


「OKかな」

 ゆっくり立ち上がって3Dの額縁に入れられたような桜に近づく。ソメイヨシノなのか、花がないと私にはわからないな、なんて思いながら。


 私が木の前で立ち止まっても気にせず、大学生さんは開きたての葉裏や枝の叉の樹皮の具合などのチェックに余念がない。


「バラ科は病気が多くてね」

 あれ、と思った。声に聞き覚えがある。


「照り返しでさび病が出やすいんじゃないかって思うんだけど今のとこ大丈夫」

 くるっと振り向いてニコッとした。


「深山さん、ですよね?」

「はい、葛城さん?」


「遠いところお呼びたてしました」

 頭を下げられてしまった。


「え、それは私が話を聞いてくださいって……」


「そう、その微妙なお話を伺わないといけない。できれば戸外で話したい。お腹すいてますか?」

「いえ、駅弁食べたので」


「なら、さっきあなたが座ってらしたベンチででも?」

「あ、はい。是非」

 ちゃんと見られてたんだ、桜から目を離してないと思ったのに。


「テイクアウトでコーヒーかなんかだけ買いますか」


 やはりテキパキしている。大学生に見えるのは外身だけだ。


 ベンチに離れて座って、葛城さんは間に桜の枝を並べだした。リボンもついたまま。それをみて思い出して、保冷剤と一緒に入れて鞄の底に寝かせていた桜をタッパ容器ごと取り出した。


「昨日これが届きました」

「郵便で?」

 私は頷いて茶封筒を見せた。


「消印、新大阪ですね?」

「ですよね」

「どれも?」

「今年のは全部。去年のは残念ながら記録できていません」


 葛城さんはラテを啜った。私はカプチーノが熱くて泡を舐めている状態。


 片手でタッパを開け、緑の葉っぱのヤマザクラのような桜を取り出し、葛城さんが並べた横に、届いた順に置いた。


「この枝何だかご存じありませんか?」

 葛城さんは花も葉もついていない枝を拾い上げて指揮棒のように振った。


「桜だとは思いますが、のっぺらぼうだと私にはお手上げです」

 葛城さんの口角がクイッと上がった。


「この時期まだ展葉しません。開花なんて5-6月」

「それでも桜なんですか?」

「バクチノキのほうに少し近いかもですね」

「はあ」

 話についていけない。


 葛城さんは手元の枝で私の頭をちょんちょんと小突いた。

「ミヤマザクラですよ、これ。吉野くんなら当ててますよ?」


「え、吉野のこと、ご存じなんですか?」


「会ったことはないですが、結構やりとりしてましたから。京大の森林科学科とはよく話します。特にアイツは桜バカでしょ?」


「は、はい、今どこにいるかご存じですか?」


「いえ、行方不明と言われてそのまま。でもこの件、やっぱり吉野くん関連なんですね?」

 私は黙って頷いた。


「となると、アイツに何が起こったかだけはわかりそうですね」


 若い外見にロマンスグレー声の葛城さんはたぶん私の5つくらい年上だ。優しい瞳で見返されてまた俯いた。





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― 新着の感想 ―
[一言]  葛城さん登場ですね。  吉野くんとも繋がってたんだ。かすみの居所も知ってるかな? >自分の大島の評価は、こうも変わってしまった。  愛が冷めると、そんなもんだよね。
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