日本固有の桜が見つかったパーティで
祝賀会の席だった。
東大農学部卒業後、森林総合研究所の一研究員を務めていた夫、葛城俊に博士号が授与されたのだ。
通常、博士号を取るだけではこんな豪華な祝賀会は行われない。その功績が、日本に見られない野生の桜の新品種発見という、関係各界ではちょっとしたニュースだったからだ。
「固有種」というやつ。
学会各位、同窓の東大農学部、自生地地域おこしの役場関係者、政治家、マスコミまでもが、煌びやかに装飾された某有名ホテルの小ホールに集った。
着慣れない三つ揃いに身を包んだ夫は弱冠36歳、スリムで上背があり、妻の私から見ても今日はいい男。
研究対象が樹木ということで、普段は登山家か渓流釣り愛好家のような格好しかしないからドレスアップ効果は大きい。
私は若い頃した愚かな恋のせいでトラウマを抱えていて、結婚前から夫にはいろいろ助けてもらったのだけれど、結局、結婚したのは2年前。
交際期間は長かったから会場に顔見知りはいるにはいるのだけれど、特にしゃしゃり出る必要もない、夫が皆に取り囲まれて壇上に連れていかれるのをいいことにじりじりと後ろに下がり「壁の花」になることにした。
夫は普段樹木に話しかけているような穏やかなニコニコ顔で出席者に視線を投げかけながらスピーチを続けている。
「感謝の念を捧げます」とお世話になった人々の名を挙げ始めたから、そろそろマイクから離れる頃合いだろう。
と、思ったら爆弾発言が来た。
「私に功績があるとすればそれは、この会場の一番後ろ、あんなところで隠れた気になっている私の妻と出会えたことでしょうか。彼女がいなければ発見など成し得ていません。この新品種の学名の末尾にS.Katsuragiなどと私の名前をつけていただいた訳ですが、実のところイニシャルSは私の名の俊ではなくアイツ、佐保ですから」
会場中がまだ新婚気分、熱いわねと失笑を私のほうに向けた。
――やりやがったわね。
茶目っ気があるのがうちの人の良いところではあるのだけれど、これはやり過ぎだわ、と思いながら、振り向いた皆さんには一応優雅に頭を下げておいた。
夫は私が顔を上げるや否や、
「あ、それであの謎、解けたからな」
とマイク越しに言ってにっこりすると、ぶんと勢いよくお辞儀をして舞台のソデに退場した。
「はあ? それそこで言うこと???」
私は独り言ちるしかなかった。