第3話 西陽が差し込む日
男女2人肩を並べて下校というのは誰もが憧れるシュチュエーションかもしれない。そのような状況に俺は直面している。嬉しいのか嬉しくないかという感情は抜きにして今のこの状況に困惑している。俺は駐輪場で自転車を取りにいき、校門へ向かう。入学式もとっくに終わったこの夕方5:30という時間帯は部活動生しか学校にいなかった。
校門前では琴葉が待っていた。琴葉は自転車がないことから歩きか公共交通機関を使っているのだろう。
「横川君って家はどこにあるの?」
「白輪町だけど。」
自転車では学校から20分。歩いたら、その倍かかると仮定し40分といったところにある。
「そう。私は阿久根に住んでるの」
阿久根といったらかなり遠い。隣の市だ。電車で35分くらいかかるところだし、何より俺の家と逆方向にある市だ。俺は琴葉に申し訳なさすらも感じていた。
「山川さんの家って俺の家と逆方向にあるけど、本当に送ってもらって大丈夫?」
そう聞くと琴葉は笑って
「そんなの気にしないの。私だって横川君のこと色々と知りたいし、何より私の命の恩人.....だから。そんな人がまた道端で倒れたらアレでしょ⁉︎
だから私が送ってあげる」
「そう....ほんとありがと.....」
俺はそう返すしかなかった。命の恩人.....か。俺は覚えがないけど。美少女と国道を肩を並べて下校する。これは夢心地のような気もしてきた。ほっぺをつねった方がいいかな。
無駄に広い国道沿いを2人で歩く。俺は自転車を押して歩き、肩を並べている2人の間には沈黙が流れていた。こういう時に何かトピックを持っていない俺が情けなく思う。その沈黙を破ったのは琴葉だった。
「横川君って友達とかいるの?」
いきなりその質問かよ。なんでそれを聞くのか。俺の思考回路はパニックを迎えていた。答えはNoだが、俺がぼっちであることをなんか引いたりとかしないのかな.....一応思案して琴葉には事実を伝えようとした。
「いや、....いないけど........」
俺は少し声のトーンを下げて答えた。蜂の飛ぶ音から蚊の飛ぶ音くらいの声で。
ちょうど国道沿いの大きな橋を渡ろうとしたところだろう。川から吹く大きな風になびいた琴葉の髪は夕陽のオレンジ色を帯びていた。
琴葉は俺に凛々しい笑顔を見せて
「じゃあ、私の高校生になってからの初めての友達になってくれる?」
こう聞いてきた。もちろん「いいえ」という選択肢はない。そのような選択肢は傲慢だろう。
「えっと....うん..あの...俺でよければ...」
俺は了承した。琴葉の予想外の反応かそれとも琴葉の優しい笑顔か。どっちに惚れたのかははっきりしないが、照れくさかった。
「ありがと!これからよろしくね!」
琴葉はさらに西陽と遜色ない笑顔を見せた。
「あ、そうだ、せっかく友達になったのだからもう名字で呼び合うのはやめよ。私は琴葉って呼んで‼︎」
俺もその流れに乗るのか。展開が早すぎてついていけない。俺もその下の名前で呼んでと請わないければならないのか。
「じゃあ....俺も......悠一って呼んでくだ.....さい」
俺がそう言うと、琴葉はまた
「じゃあ、悠一。よろしくね。」
最高の笑顔を添えてそう言ってくれた。俺にも分かった。じんじんくるこの胸の鼓動。その嬉しさ。入学式からこれが味わえるとか、予想外の出来事すぎた。
「えっと山...いや....琴葉はなんでわざわざ俺....の友達に....俺なんかでよかったの....」
失礼な質問かもしれないが気になって仕方なかった。俺にはとても合わない高嶺の花だ。だったらもっとクラス一の爽やか陽キャとかが釣り合うはずなのに俺みたいに死んだ目、覇気のない顔、ボサボサの髪。好物はチーズ牛丼というのが納得されるような容姿でよく.....
「それは......私だって阿久根という寂れた港町から通っているからあまりここの高校に知ってる人がいないの。そして何より、あの時、私を助けてくれたこと。8年前のこと。あれ以来、ちゃんとお礼をして悠一と仲良くなりたいな...なんて思えた。だからなのかな......」
8年前ね....俺が7歳かそこらの時。純粋無垢な少年だった時。あの時にいったい何が.........
忘れている訳ではない。その記憶に鍵がかかっていて開けられないような感覚。琴葉と出会ってからこの感覚がより顕著にでるようになった。そんなことを考えているうちに家に着いた。コンビニの隣のそこそこ新しいマンション。
「あ....俺の家はここだから....送ってくれてありがと.......」
「どういたしまして。明日からよろしくね。悠一。バイバイ」
俺は家の前からそう言って去っていく琴葉の姿が美しく見えた。西陽とマッチしている。
「ただいま」
家に帰ると、姉がいた。俺の姉。横川美羽。身長は155cmくらいの少し茶髪を帯びたボブカット。21歳で俺の6歳くらい上。東京の国立大学で法律を勉強している。たしか文系最高峰の大学だったかな。
「おう、悠一、帰ってきたのか。おかえり」
姉が迎える。姉は東京で一人暮らししていてたまに帰ってくる。わざわざ4月に帰ってくるのはなぜだろうか。
「あれ、姉さん。帰っていたの」
すると姉は俺の方へ向かい抱きついてきた。姉はかなり胸の谷間がはっきりしてるので俺のからだに胸が食い込む。そして姉のいい匂いが俺の体を優しく包み込む。
「弟の顔を見に姉が帰ってきたら悪いわけ?」
そう抱きついて聞いてきた。かなり苦しい。
見ての通り、姉はかなりのブラコンだ。ただ俺のぼっち時代、唯一と言っていいほどの会話相手だった。小さい頃からなんだかんだ助けてもらっているから俺は姉のことが好きだ。
姉は録画したテレビを見ていた。俺が幼少の頃ハマっていた日曜朝でおなじみの特撮だ。
特撮を見ている姉は俺に向かって話しかけた。
「悠一。こうやって特撮を見ることで姉ちゃんが戦隊がアニメ内でどんな犯罪を犯しているか調べているんだよ。暴行罪とか」
いや別聞いてねーし。大学で法律を勉強するとこんなロマンのない奴が出来上がるのだろうか。アニメ内くらい犯罪を犯したっていいだろ。