プロローグ
その洋館は見るからにいかめしいふんいきをまとっていた。レンガの外壁に、黒い窓枠がならぶ、三階建ての建物。緑色の三角屋根は、庭木の枝葉で半分かくれている。洋館をかこむ石塀はツタにおおわれている。その石塀の外、黒くぬられた鉄の門の前に、マリカはいた。
空はドンヨリとくもっていて、遠くからカミナリの音が聞こえる。雨の匂いがした。
──急がなきゃ、雨が降り出しちゃう。
そうマリカは思うけれど、インターフォンに触れた指は、なかなかそれを押すことができなかった。さっきから、どれだけこうしているのだろう。
でも、いつまでもこうしているわけにはいかない。マリカには、他にどうしようもないのだ。覚悟を決めなければ。
インターフォンを押す。しばらくして、
『はい、黒澤です』
と落ちついた男性の声で応答があった。それにあわてて、
「あのっ、私、加藤マリカです!」
と大きな声で答える。そして、そのいきおいのまま、言葉を続けた。
「孫娘のマリカです! 突然でたいへんもうしわけないのですが、しばらく置いてもらいたくて、ここに来ました!」
長い沈黙がかえってきた。
しばらくして、玄関から出てきた男の人を見て、マリカはびっくりした。きっちりととのえられた白髪交じりの七三頭。パリッとした黒いスーツ姿に、胸ポケットには白いハンカチーフを差している。とうてい、ふつうの民家からあらわれる格好とは思えない。この人がおじいちゃんだろうか、と思ったけれど、男の人は優雅に腰をかがめて胸に手を当て、一礼した。
「はじめまして。私、当家の執事で田中と申します」
「へ? し、執事⁉」
そんな人、マンガの中でしか見たことがなかった。
田中さんは眉間にシワをよせ、たいへん気まずそうな顔をした。
「たいへん、もうしあげにくいのですが──当家には先日から、マリカさまと名のる方が、すでにもうお一人いらっしゃっております。つまり、どちらかがニセモノ、ということになるのですが」
マリカは目を丸くして、ぽかんと口を開けた。
「え……」
言われた言葉の意味が、しばらく分からなかった。そうしてようやく、その意味を理解したとき、マリカは今度こそさけんだ。
「えええええええっ⁉」