箸の使い方
「詩音さん! そっち行きましたよ!」
「母さん、そこの塀の裏いるから!」
「了解よ!」
――Victory!!
「ナイス〜」
「ていうかエリス、飲み込み早いな。レベル的にはもう母さんと変わらないんじゃないか?」
「いえいえ! お二人が敵の体力を削っておいてくれるからですよ!」
「あら詩音、あなたより私の方がキル数多いんだけど?」
「ハイエナだろ」
「ちっがうわよ!」
俺たちがやっているのは、今流行りのバトルロワイヤル系のゲームだ。三人一組でチームを作り、最後まで生き残った者が優勝である。
部隊でのキル数は十八。母さん九キル、俺が七キル。エリスはキル数こそ少ないものの、ここ数試合で慣れてきたのか、ダメージはしっかり稼いでいる。
「いや〜いいわね! 私たち、いつも二人でやってたから、三人集まって連携とれるのって楽しいわ!」
「私も楽しかったです! もう一試合行きます?」
「でもそろそろ寿司が来る時間じゃないか? あと試合中に一人抜けるのは辛い……って」
そんな話をしていると、図ったかのようなタイミングでインターホンが鳴った。母さんは自分の長財布を持って玄関へ走る。
「エリス。ご飯食べるから、ゲームはまた後でな」
「了解です! 私ゲームしてる間もずっと、すしっていうものが気になっていて!」
「刮目しなさい! これが寿司よ!」
母さんはドンと音を立てて寿司桶をテーブルに置いた。色とりどりの魚介を見て、エリスは自分の赤い目を輝かせている。
「これがすしですか! 食べてもいいんですか!」
「先に手を洗ってきてね」
「分かりました! 詩音さん、手を洗う方法を教えてください!」
俺が台所へ行くと、エリスはひょこひょこと後ろをついてくる。
興味津々という風に腰まであるツインテールを揺らすエリスに、俺は説明を交えて手洗いのやり方を教えてやる。
するとエリスは一回見聞きしただけで理解したようで、手洗いを完璧にやってのけた。手洗いに完璧とかあるのかは知らんが。
「まだエリスちゃんの日用品がないから、今日は割り箸で我慢してね」
「はい!」
エリスは渡された割り箸を、手をグーにして握っている。まさかとは思うが……
「エリス、おまえは箸使えるよな?」
「あ、これが箸なんですか! でも詩音さんのとはなんか違うような? 一本しかないですし……」
「それは割り箸って言って、使い切りの箸だ俺が使っているみたいなやつは明日買ってやるから。そんなことより……」
箸のことを知らないと言うのなら、使い方も当然知らないのだろう。
「ああ、詩音。エリスちゃんに箸の使い方教えてあげてね?」
「絶対俺より母さんが教えた方がいいと思う。昔俺にも教えたんだろ?」
「詩音には教えてないわよ? あなたったら、私の箸を使ってるところを見て覚えたんだもの」
マジか……昔の俺って天才だったんだな。今はそのせいで俺が教える羽目になったのだが。
「ちなみにエリスちゃんが箸を使えるようになるまで、寿司食べちゃダメだからね〜」
「喜んでやらせていただきます」
そう言った母さんは、自分だけサーモンを口に運んでいる。ちくしょう……
「じゃあ改めて……これは箸という物だ。こう持って、食べ物を掴むために使う」
「こうですか?」
「ちがう! こうだ!」
「こう!?」
「こうだ!」
「こう!」
「そうだ!」
持ち方編、クリア。
「次は使い方だ。小指と薬指は動かさず、他の三つの指を使って、箸の先っぽで物を掴むんだ」
「コユビとクスリユビってどれですか?」
「これとこれだ。他の指は左から、中指、人差し指、親指という」
こうしている間にも、寿司は次々になくなっていく。あぁ、俺のマグロ……
「じゃあ実際に使ってみよう。ここにかっぱ巻きがある」
俺は小皿にかっぱ巻きを乗せてやり、エリスの前に差し出した。しかしエリスは、かっぱ巻きを掴むのに四苦八苦しているようだ。
「こう、ですか!」
エリスはかっぱ巻きを落とすまいとあらん限りの力で掴んでいる。力を入れすぎて変形しているが。
しかしそのまま落とすことなく、箸が喉に刺さるのではと思うほどの勢いで、かっぱ巻きを口内に突き入れた。
するとエリスの瞳は今日何度目かの輝きを見せた。頬に手を当て目を細め、口の中の物を味わっているようだ。
「ママさん! これすっごくおいしいです!」
「あらそう? わざわざ出前取ってよかったわ〜。まだまだあるから、いっぱい食べてね〜」
「ありがとうございます!」
それからエリスは、慣れない箸さばきで、しかし少しずつ、寿司を口に入れていった。
寿司桶が空になる頃には、皆の胃袋は満たされていた。母さんは俺が好きなサーモンから食べていたらしく、食べ始めた頃には半分ほどになっていた。その後母さんが好きなイカとエビを食べまくってやったが。
「詩音さん! ゲームしましょゲーム!」
「ハマったのか……まあいいけど」
エリスはゲーム機を起動する方法も覚えたのか、先程俺がやったようにゲームを起動して見せた。
「母さんいないから二人でやるけど、足引っ張るなよ?」
「もちろんです! でもさっき詩音さんの方がダメージ低かったような?」
「きっ、気のせいだろ」
痛いところを突かれた俺は、逃げるようにマッチングを開始してヘッドセットを着けた。