悩殺作戦
――三十分後。
全ての緩衝材をゴミ袋に移し、一立方メートルほどもあったダンボールをたたみ終えた俺は、ソファに深く沈みこんでいた。
今二人が入っている風呂場からは、キャッキャウフフと黄色い声が聞こえてくる。主に母さんのものだが。
冷静になった頭で思い返してみれば、宅配物としてS級美少女が家に来たなんて、誰が信じるだろうか。もしかするとこれは夢で、目を覚ませば自室のベッドの上なのではないかと思う。……まあ、現実なのだが。
おっと、ここで母さん達が浴室から出てきたようだ。ドライヤーの音が聞こえてくる。
俺は前髪の枝毛を気にしながら、暇を潰すべく動画アプリを開いた。
それから何分くらい経っただろうか。いつの間にかドライヤーの音は止んでいる。ガチャリとドアが開く音がした方向を見ると、
「しおんさ〜ん! これどうですか〜?」
そこには、天使がいた。
もちろん比喩であるが、一度実物を見せてあげたい。きっと背中に翼が生えているのが幻視できると思う。
風呂から戻ってきたエリスは、先程と比べてふんわりとまとまった髪を、結び目にフリルをあしらった黒いリボンを用い左右に結わえている。
少し離れていても香る石鹸の匂いと、少し上気した肌が色気を醸している。目を引くその服装は、白い髪との対比が映えるミニスカートのメイド服だ。多分母親の私物だろう。
エリスは俺の前で一回転し、全体像を見せると、スカートの端を摘み、上品に礼をして見せた。
結論:天使
「詩音さ〜ん?」
ハッ!
「ああ……いいと思うぞ?」
「えへへ〜ありがとうございます!」
俺がたじたじになりながら褒めると、エリスは満面の笑みを浮かべている。
「今見惚れてたわよね?」
「見惚れてない」
「これは詩音悩殺作戦成功ね、エリスちゃん!」
「ですね、ママさん!」
エリスと母さんが嬉しそうにハイタッチをしている。なんだ悩殺作戦て。
「遅いなと思ってたら、こんなこと仕込んでたのかよ」
「こんなことじゃないでしょ〜? とっても可愛いじゃない!」
まさかこれから、エリスを着せ替え人形にするつもりじゃないだろうな?
「あ、そうそう詩音。明日土曜日だけど、どうせ暇でしょ?」
「どうせって……まあ暇だけど」
「それなら、エリスちゃんの日用品を買いに行ってほしいのよ。他にも服とかいろいろ」
「母さんは行かないの?」
「締め切りがね……」
母さんは虚ろな目をしてため息をついている。……ドンマイ。
「そんなわけだから、頼んだわよ。じゃあ、お腹も空いたし、ご飯にしましょっか! 今日はエリスちゃんが家に来た記念日ということで、お寿司でもとりましょ!」
「おお! お寿司! ……ってなんですか?」
「見た方が早いわよ。 内訳は適当でいい?」
母さんはスマホを手に取り、番号を打って耳にあてた。いつもより少し高い声音で、寿司を注文をしている。
「多分一時間くらいで来るから、それまでゲームでもしましょっか」
「ゲーム……ってなんですか?」
エリスの言葉に苦笑した俺は、据え置きゲーム機をエリスに見えるように起動して見せた。