お届け物
状況を整理しよう。
俺の名前は五十鈴詩音。成績、運動、ルックス、どこをとっても普通の高校一年生だ。母親と二人暮しをしている。父は仕事の関係で、たまにしか帰ってこないので家にいない。母親は漫画家であり、参考資料などと言って色々な物を通販で買ってしまう癖がある。その内容は赤ちゃん用の服から、果ては斧まで、多種多様である。
そんな俺の前に今、女の子がいる。とても綺麗な女の子だ。
――それも全裸の。
俺を爆発しようとした方々には、どうかお待ちいただきたい。俺には彼女ができたことなど一度もないし、女の子とそれなりにお近づきになったこともない。自分で言っていて悲しくなるほどに。
ではなぜこんなことになっているかを説明しろと言われると、俺にもわからん、と言う他にない。
しかし、この女の子に関わる、ある出来事が起こったのは、ほんの十分程前のことだ――
――「ただいま〜」
俺は気の抜けた声とともに扉を開け、担いでいたリュックサックを玄関に置いた。
母親の返事がないということは、外出しているか、漫画の締切が近くてカンヅメになっているのだろう。
リビングではハムスターがケージの中で眠っている。こいつの名はよこづな。母親がある日突然、売れ残っていてかわいそうだからと買ってきた。名前の由来は他の個体より大きいから、という単純なものである。
俺は洗面所にて手洗いとうがいを済ませると、二階にある自室へ向かった。
リュックサックを部屋の隅へ投げ捨てると、カッターシャツがシワになるのもお構い無しに、ベッドにダイブする。
「つっかれた……」
俺はベッドに顔を埋めたまま、大きな息を一つ。
今日はとても災難な日だったのだ。英語の予習プリントを家に忘れるわ、数学の予習の範囲を間違えるわ、体育のソフトボールでずっこけるわ……
対して自分を受け止めてくれたこのベッドは実に暖かく、柔らかく、包み込んでくれるようだ。このまま微睡んでしまおうか……
《ピンポーン》
そう思っていると、下の階から電子音が聞こえた。我が家のインターホンの音である。どうせまた母親が頼んだ宅配便だろう。参考資料だと言っても、さすがにポンポン買いすぎではなかろうか。
しかし、ここでベッドからの誘惑に負けてしまうと、配達員の方に面倒をかけてしまう。毎回大量の品を運んでもらっている故、再配達を頼むのは気が引ける。
俺はベッドから這うように脱出すると、重い腰をあげてインターホンへ向かった。
「はーい」
「あ、宅急便でーす」
インターホンを介して応答すると、案の定宅配便であった。かなり大きめのダンボールを抱えている。しかしいつもと違うのは、液晶画面の奥に見える人物像だ。
毎度同じ人が配達してるわけではないから違って当たり前と思うだろうが、そうではない。いつもは紺色というか藍色というか、そんな色の制服なのだが、今日は墨をぶっかけたような黒なのだ。
購入したところが違うのだろうか……とりあえずハンコを持って玄関の扉を開ける。
「こちら、五十鈴佳代様宛の品になりまーす」
「えっ、あっはい」
配達員さんが抱えていたダンボールは、渡されるとずっしりと重く、人一人分ほどもありそうだ。長くは持っていられないので、とりあえずすぐそこの廊下まで運ぶ。
やっとこさダンボールを床に置き、受取書にハンコを押すべく配達員さんの方に向き直った。しかし……
「あの、ハンコとか……って……」
その人は、忽然と姿を消していた。
今までこんなことはなかったのだが、まああの人も忙しいのだろう。決してさっさと済まそうとしたわけではないと信じている。……違うよね?
それにしても、今回の宅配物は重い。今までにも重いものは何度かあったが、今回ほどではない。ちなみに今までで一番重かったのは、母親のモンスタースペックPCである。
さしもの俺も、今回ばかりは中身が気になった。まあ母親の頼んだものだからろくな物じゃないのだろうが。
俺はさっそく、中身を見る許可を母親にとるために電話帳で五十鈴佳代の名前を探す。
「……あ、もしもし母さん? 母さん宛の荷物が届いてるんだけど、異常に重くて。中身見てもいい?」
四回ほどのコールの後、母親の声が聞こえてきた。風の音が聞こえることを考えると、外出しているらしい。
『いいけど……何か頼んでたかしら』
「何時くらいに帰ってくる?」
『もう買い物終わったから、今から帰るところよ。ていうか息子に見られちゃいけない物じゃないわよね……?』
「俺に聞かれても。ていうかそんなもの買うことあるの?」
『ないわよ……最近は』
「あるのかよ! ……とにかく、中身は見ていいってことでおけ?」
『ごめんやっぱり怖くなってきたからだm』
《ツー、ツー》
いいらしい。やったね!
そうと決まれば早く開けてみよう。スマホから着信音が聞こえてくるが、気にしなくてもいいだろう。うん。
俺はスマホをマナーモードにすると、天地無用と書かれたダンボールのガムテープ部分に、慎重にカッターを入れていく。
いざダンボールを開けてみると、まず目に入ってきたのは大量のバラ緩衝材だった。何か割れ物でも入っているのだろうか。散らかすのもよくないし、これを移す袋を持ってこよう。
次にのぞいたのは、緩衝材と同じ色の、さらりとした糸状のものだ。手触りもいい。
だんだん掘り進めていくのが楽しくなり、ウキウキしながら続けていると、これまた白いものが見えた。今度はつるつるすべすべとしたものである。
さらに掘り進めていると、なにやら奇妙な形をしたものが出てきた。円形のもので、真ん中に穴が空いている。変な形なのだが、なぜか見覚えがある形だ。
しかし、次に見えたものによって、俺は仰天することになる。
緩衝材の中にズボッと手を入れると、何かを掴んだ手応えがあった。引っ張り上げてみるとそれは――
――俺の手の形と酷似した、少し温もりを帯びたものだった。
「うわあああ!!」
あまりにも人間に近いそれを離し、俺は慌てて後退った。勢い余って、尻もちをついてしまう。
ところが次の瞬間、緩衝材に包まれた何かは濃やかに動きだした。
俺から見て手前側が、少しずつ隆起していく。
「……あの、あなたは?」
俺の焦りによって乱れていた思考は、「何か」が発した音によって引き止められた。どこからどう聞いても日本語である。
今思い返せば、初めに発掘したものはこの「人」の髪で、その次は肌で、穴が空いていた物は耳だったのだろう。何故気づけなかったのか。
その人は、真っ白い髪と大きな目、上半身のラインから判断するに女の子のようだ。片目を眠そうに擦っているが、もう片方の深紅の瞳で俺のことを見つめてくる。
「誰ですか?」
「こっちのセリフだよ! ていうか服着て!」
女の子は一糸纏わぬ姿を、惜しげもなく晒している。緩衝材と同化するほど白く眩しい肌は、作り物ではないかと思うほど小綺麗だ。
《ガチャ》
「急いで帰ってきてみれば……詩音も隅に置けないわね♡」
「断じて違う」
肩で息をしながら帰宅した母親、佳代の第一声はそれだった。何か大きな勘違いをしているらしく、冷ややかな声で応答する。だが、ここで女性である母が帰ってきたのは好都合だ。
「こんな可愛い子がいたなら紹介してくれればよかったのに。名前はなんて言うの?」
「そんなんじゃない。実はかくかくしかじかで……名前もわからないんだ」
「なるほどねぇ……」
とりあえず母親の勘違いを解いておく。母さんはまるで困惑していない様子で、女の子に近寄っていく。
「あなた、名前はわかる?」
「わっ、わかりません……」
女の子は申し訳なさそうに、萎んだような語り口で呟く。
「それなら、私たちで考えちゃいましょうよ! いいわよね?」
「えっあの、私は構いませんが……」
母さんは何を言い出すかと思えば、女の子の体を隅々まで眺め始めた。女の子は母さんに気圧されている様子だ。
「うわっ肌しろっ! まつ毛ながっ!」
母さんは見るとこ見るとこに褒め言葉を述べている。もう少し声量を落としてほしい……
「詩音は何か案ある?」
「ない」
「じゃあエリスちゃんでどうかしら! 目が綺麗な赤色をしているじゃない? だからギリシャ語で赤色って意味のエリスローからとって、エリスちゃん!」
「いいけど……なんで突然ギリシャ語?」
「最近描いてる漫画の舞台がギリシャだからよ!」
……だそうだ。
「名前をつけられるのは俺じゃないんだから、当人が気に入るのかどうかの問題だろ」
「そういえばそうね。ねえ、どうかしら」
母さんは女の子に向き直ってそう言った。
「エリス……いいと思います!」
女の子改めエリスは、とても気に入った様子で、首を縦に何度も振っている。
しかしあることに気がついた俺は、母さんに顔を近づけて耳打ちをする。
「今思ったけど、勝手に名前つけたりして大丈夫なのかよ」
「大丈夫よ〜? だって私宛の荷物に入っていたんでしょ? だから名前をつけても一緒に住んでも自由だと思わない?」
「確かに母さん宛だったけど……」
こういう風に考え出した母親には、もう何を言っても聞こえない。
「あ、あの……」
エリスがおずおずといった様子で口を開いた。
「なぁに、エリスちゃん?」
「お二人のお名前は……?」
「ああ、そんなこと。私は五十鈴佳代。こっちは息子よ」
「こっちとか言うな。五十鈴詩音だ。よろしくな、エリス」
俺は明後日の方向を向いてそう言った。なんせ相手は全裸なのだ。許せ。
「じゃあエリスちゃん、早速お風呂に入りましょうか! 」
「待て、なんでそうなる」
「だってエリスちゃんの髪、いい物なのに手入れがされていないもの。女の子はいつだって綺麗にいたいものよ?」
「母さんはもう女の子って歳じゃなi」
「行きましょう、エリスちゃん!」
母さんは凄まじい眼光で俺を睨むと、エリスを連れて風呂場へ向かった。蛇かよ……
「あ、しおん〜。そこの片付けよろしくね〜!」
「…………」
一瞬振り返ったエリスを笑顔で見送ると、俺はそこかしこに散乱した緩衝材をゴミ袋に集め始めた。
本日より、二作目にあたる「お届け物は美少女ですか?」公開です! よろしくお願いします!




