5話:甘い物
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エルドラ仲間との再会の日は思っていたより早く来た。きっかけは、彼の「甘い物好き」である。
「付き合ってくれてありがとう。やっぱり男一人だと入り辛いんだよね」
そう話すかなたは、パンケーキが積み上げられたタワーを、絶え間なく崩していく。
絞り口によって数本の線が刻まれた純白のクリーム。ウエーブを描きながら丸まってできた雫型がハート型に並べられていてとても可愛い。ホイップクリームがプラチナなら、銀色のアラザンはアクセサリーの輝かせる宝石だ。淡い茶色の焦げ目の着いた土台は、苺や桃のコンフィチュールで溢れんばかりに装飾されている。
とってもお洒落だね。写真映えしそう。すごい。
そんな見た目に関する感想を思っていたのは最初だけの話。ハートの中心目掛けて、容赦無くナイフを突き刺す彼の姿を見ていると、考えるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
「里香、2、3口しか食べてないよね。はい。口開けて」
「私はいいや。何か胃もたれしちゃったみたい」
「ふーん。そう。体調には気を付けてね」
「あ、うん。ありがとう」
差し出されたフォークを断り、かなたの様子を見守る。
美味しそうだなぁとは思うんだけど。かなたの食べっぷりを見ていると、それだけでお腹いっぱいになってしまって食べたいとは思わない。
この前ビーフシチューを食べた時は特に何も感じなかったような気がする。これはあれか。好物に対すると、人はここまで変わる。ということか。
決して食べ方が汚いというわけではない。ナイフとフォークの持ち方から咀嚼の動作まで、かなたの食べ方は至極まともだし、食べ跡さえも美しい。
そうではなく、普通じゃ考えられないこと、つまりは怪奇現象が起こるのだ。
まずは、目の前のパンケーキの枚数を確認する。次に壁に掛けられている額縁に入った絵なんかを鑑賞する。その間わずか10秒前後、視線を戻した頃には枚数が2枚も減っているのだ。おかしい。彼は掃除機か何かを隠し持っているのだろうか。
「美味しかったねぇ」
食後にコーヒーを嗜みながら、彼は感想を口にした。
あの量を食べて何事もなかったかのように、振る舞っている目の前の男に恐怖さえ感じる。
かなたはかなり華奢な体格をしていると思う。色が白いせいでバイアスが掛かっているのを度外視しても、腰回りとかだいぶ細い。と思う。
甘いものは食べても太らない…?そんなわけあるか。砂糖と牛乳と小麦粉の塊だぞ。
「何じろじろみてるの?恥ずかしいでしょ」
「ご、ごめん…つい」
恥ずかしいとは…。一体どの辺が恥ずかしいと言うのだ。
導火線に近づけられた火に、寸前のところで消火器を噴射する。人の見た目について思うことは人それぞれだ。かなたには、かなたにしかわからないコンプレックスがあるのかもしれない。
「なんか夢みたいだな。こんな風にしてるのって」
「…ポエム?」
「煩いな。人が感動してるのに」
突拍子もない発言に冗談だと思って、揶揄う言葉を返してしまうと、黒い瞳に冷ややかな視線を浴びせられる。
「私もわからなくはないよ。ずっと画面越しでやり取りしてた相手と、こうやって直接喋ってるなんて、非現実的だよね」
「うん。それもあるんだけど…すごく偶然だなぁと思って」
「…偶然?」
意味の説明を求めても、彼はしばらく黙ったままだった。
焦っていない様子からみると、予想していなかった失言というわけではないのだろう。単純に言うべきか言わないべきか迷っている。思考の間。
「そうだね…変に思われるのは嫌だし、詳しい事は言わないけど。君と会うのは2回目じゃないんだよ」
「……ネットで知り合う以前に会ったことがあるって事?」
「そう。僕ら中学時代の同期なんだよ」
衝撃の事実に、ティーカップの取っ手が指から滑り落ちそうになる。
神妙な面持ちの青年の顔を記憶の中に必死に探す。もう10年近くも前になる日々は、容量不足の脳みそでは色あせてしまっていた。
せめて名前だけでもと思ったけど、「かなた」なんていう生徒がいた覚えはない。
「えっと…同じクラスになったことは…?」
「ないよ」
残り少なくなった茶色の液体を喉の奥に流し込み、彼は言葉をつづけた。
「たまたま君のことを僕が覚えてたって、ただそれだけ。中学時代の、しかも同級生でもない相手を覚えている方が稀だと思う」
かなたは柔らかに微笑んでみせた。
羊の毛みたいにもこもこのボリューム感たっぷりの毛糸で編まれた、立体感のあるブラウンのニット。足の形を浮きだたせるシンプルなジーンズ。ふわふわとした黒髪。
街中で歩いていても決して注目されるような見た目ではないけれど、上品に口角を持ち上げる笑い方は、きっと異性に魅力的に映る。モテるんだろうな。なんて他人事が頭を過った。