2話:初対面(2)
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待ち合わせをした頃の宙はひっくり返り、ただいま短針が指す数字は7。戦利品が入れられたいくつかの袋の重さが心地よい。
黒い湿った空気感が青年の青白い首筋に噛み付いていた。都会とは言え全ての道がネオンでギラギラと発光させられている訳ではないのだ。
昼間は喫茶店なんかが立ち並び活気にあふれた通りも、薄暗く静寂を保っていて。足音だけが響く中、顔色を変えた街をぼんやりと眺める。
「今日はありがとう。すごく楽しかった。かなたには感謝してもしきれないよ」
「僕もだよ。君がお目当ての物が買えたみたいで良かった」
お目当ての物とは、このイベント限定のアドニス様グッズである。大抵のグッズはネット販売もしているのだが、このポストカードは現地限定なのである。あー帰って角から角まで1ピクセルも逃さず、視線を這わせるのが楽しみで仕方がない。
「来月、アドニス様の誕生日なんだよね」
「へぇ…誕生日なんて設定されてたんだ、知らなかった」
「公式資料集に書いてあるんだよ。はぁ…楽しみ。盛大に祝わないと」
「自分の誕生日は?」
「何もしないよ。別に誰かが祝ってくれるわけでもないし。一人でケーキ食べても悲しいだけだよ」
お互いに感想を言ったり、エルドラの魅力を語ったりしていると、視界に急に強い色が差し込んだ。周囲に視線を彷徨わせると、駅近くの一体に不自然な人の流れがあることがわかった。
人の流れの先には、主張の激しい派手な装飾の菓子店があった。
「すごい流行ってるね。あのお店」
「チョコレートのお店みたいだよ。自分の1番大切な人に渡すと、その人が幸せになれるんだって。だから皆恋人とか家族とかに買っていくみたい」
「そうなんだ。じゃあ私も買おうかな」
「誰に渡す予定なの?」
「え?そんな自明な質問する?アドニス様だよ」
「うん。知ってた。揺るがないね」
行列を前に考えずにはいられない事がある。列に並ぶ人達と同じ数の「愛されてる人」がこの世に確実に存在しているという事だ。
誰かに愛されるという事が、物凄く羨ましいと思う。それが相手の1番であるなら尚更。
大学に入って。1人で暮らすようになって。人との繋がりが希薄になったと思う。
心が常に空腹を訴えてきている。これが孤独なのだろうか。
チョコレートを渡す人も渡される人も、大事な人が心の中に住んでいて、愛し愛される喜びの日々を生きているのだろう、とか。大げさに物を考える事は憚られた。
多分これは非常にポピュラーな寂しさで、自分は周りとは違うなんて特別ぶることもできない種類の虚しさなのだろうから。
「外にいるのも寒いし、どっかお店入らない?」
駅が近くなった頃、かなたの提案で、調度傍にあった洋食屋に入る事になった。
黄金色の表面に、夏の雲みたいに分厚い泡が浮かんでいる。ジョッキを片手に、顔を赤くさせているサラリーマンは、上司の悪口にお熱なようだ。多少うるさく話しても、問題なさそうな雰囲気である。
「もう少しかわいいお店が良かった?」
「いや。私はこういう雰囲気の方が居やすいよ。なんか気を使わなきゃって感じしちゃうから」
「緊張するよね。僕もパンケーキのお店行った時、追い出されるんじゃないかって思った」
ピンク色の空間にアンティークの家具が置かれた如何にもなお店で、彼がパンケーキを頬張るのを想像した。あれ、意外とピッタリ合っているような気がする。少なくとも私みたいなオタク女よりは100倍似合っているのではないかと思う
「男性もいないわけじゃかったんだけどさ。男1人で来てるのは僕だけだったよ」
案内された席に座ると、メニュー表を見ることも無く、去ろうとする店員さんを呼び止めた。
「里香。苦手なものとかある?」
「え?いや…ないけど」
それだけ確認すると、彼はビーフシチューを2つ注文する。「ご注文は以上でしょうか?」と問う店員に「はい」と答えた彼は何事も無かったかのように話の続きを私に促した。