2話:初対面(1)
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交通費を充填した磁気カードを押し当て、開きっぱなしの改札を颯爽と通り抜ける。スーツの群れから一歩踏み出し、併設のコンビニの前の空いたスペースにたどり着く。
遅めとはいえまだ朝。
通勤ラッシュは終わっておらず、線路を走る箱の中には大量の人間がすし詰めにされていた。淀んだ空気と人の多さに打ちのめされしまって、少しくらくらする。
疲弊した頭を上げ、ふと目の前を見ると『神託のエルドラド』の主人公の顔がすぐ近くにあった。びっくりして後ろに飛びのいた後、それがイベントと連携した駅のラッピングであったことに気が付く。
こんなところで一人で気持ち悪い笑みを晒していたら、本当にヤバイ人になってしまうので、心の中だけに喜びの呻きを封印する。
スマホの画面に表示されるデジタル数字は約束の時間の少し前。もう到着しているだろうか。どんな服装かはあらかじめ聞いている。イベントに誘ってくれた友人…いや神の姿を見つけなければ。
駅の隅っこから、全体をぐるりと見渡す。
キャリーケースを転がすOL。ドリンクを片手に高い声でキャッキャッとおしゃべりをする女子高生。行き交う女性を具に観察する。それらしき姿は見つからない。
「あの、すみません。もしかして今日エルドラのイベントに…」
背後から声を掛けられ振り向く。落ち着いた服装の青年が遠慮がちにそう述べた。青年と目が合ったほんの一瞬、かすかに青年の瞳が見開かれた気がする。
「はい、そうです」
「よかった。それじゃあ早速行こ」
肯定すると急にフランクな口調になった青年は、躊躇することなく手を伸ばし、私の腕を引いた。釣られて数歩足が前に動いてから、フリーズ状態の頭を無理やり再起動させる。
待て待て待て。色々と意味が分からない。
腕は解こうとすれば、あっさり離れた。
謎の青年に警戒しつつ、現在状況を確認しようと質問を投げかける。
「えっと…どちら様でいらっしゃるのでしょうか?」
「あ、ごめん。リアルで会うなら自己紹介しといた方が安心できるよね。初めまして、かなたです。青海大の学生です」
リアルで会うなら?
過去に会ったことがあるのか?どこでだ?夢とかで?
頭の中に?マークが躍る。
というかこの青年の服装、なぜか知っている気がする。友人から聞いていた服装と全く一緒である。
「どうしたの急に黙って。もしかして体調でも悪い?どっかで休もうか」
「い、いや…体調は大丈夫ですけど…その」
「なんか普段やり取りしてる感じと違うね。イベント楽しみ過ぎて緊張してるとか?」
青年は目を細めて笑った。笑うと涙袋が強調されて、男性的というより可愛らしい印象を受ける。
「緊張は…してますね」
「あはは。僕も楽しみであんまり眠れなかったよ」
一体彼は何者なのだ。新手の詐欺だろうか。駅前で女性に声をかけてデートに誘い、交際料として金銭を要求するみたいな。
「…何が目的ですか?」
「勿論君と一緒にイベントに行くことだよ?」
戸惑った表情を浮かべる青年に益々意味が分からなくなる。待て。この人もしかして…。
「もしかしてシリーズ全作プレイ済みの古参エルドラファンの…」
「うん?そうだよ」
「もしかしてアイコンがパンケーキの…」
「甘い物好きなんだよ。好物アイコン画像にして悪い?」
「もしかしてかわいい顔文字をよく使ってらっしゃる…」
「さっきから何。僕のこと馬鹿にしてるの?」
「基本丁寧なんだけど、若干身勝手だし意地悪だなぁって思うところがある…」
「君、僕のことそんな風に思ってたんだね。知らなかったよ」
問答の結果からわかったことがある。それであれば私の取る行動はただ1つ。
「今回はお誘い下さい、ありがとうございました!!」
人で溢れる大都市の駅構内。腰の角度は90度。前髪が後ろに靡くほど、公衆の面前で勢いよく頭を下げる。
前々から気になっていた事があった。友人は自身のことを「僕」と呼称する。でも、一人称視点が僕の女性だっていないわけじゃないし、ネットなら全く珍しくは無い。
最初はもしかしてと思っていたが、他の口調が何となく女性っぽかったので勝手に納得してしまっていた。
「君は律儀だねぇ」
きょとんとした目でこちらを見つめる彼はしばらく後、口元を手で隠しながら静かに笑い始めた。