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8話:変化(3)

お読みいただきありがとうございます


 玩具をそのまま巨大化させたような可愛らしい空間に、一つだけ空気感の違う異質な建物が設置されている。また開園前の遊園地だというのに、建物の壁はくすんだ灰色になっていた。ひび割れた窓からはプラスチック製の蔦が突き出し、無造作に広がって外側を覆いつくしている。


「………ここは入るのやめとこうよ」

 腕を引っ張って、私を連れまわす彼の背中に懇願する。

「お化けに会えるなんて楽しそうだと思わない?」

「いや、全く」

 廃病院に誘おうとする腕を振り払い、その場に立ち止まることで反抗の意志を見せる。


 私は知っている。楽しそうに他人をお化け屋敷に連行する人間に碌な奴はいない。アイツらはお化けが楽しみなのではなく、人が怖がる姿を見るのが楽しみなのだ。

 さらに目の前の男の場合、行為に強引さが付け加えられるので、質が悪い。邪気の無さそうな顔で笑わないで欲しい。悪意が無いのが一番怖いよ。


「どうしても行きたいなら一人で行きなよ。外で待ってるから」

「ええ~それじゃつまんない。ほら、この前イベント誘ってあげたでしょ?これでチャラにしてあげるよ」

 かなたは私の後ろ側に回ると、お化け屋敷の入り口に向かって背中を押し始めた。

「えっ本気で無理なんだって!!?誰か助けて、いやあああああぁあああ!!」

 悲痛な叫びが周囲に届くことは無い。

 微笑ましいなぁ、というようにくすくすと笑みを零した係員のお姉さんを死んだ瞳で見つめる。数十秒後、私の体は暗闇の中にあった。


 一切の陽の光が遮断された箱の内側、赤や緑の人工的なライトの光だけが、私の視界を助けていた。

 この壁の直ぐ向こうには、さっきまで見ていた明るく夢に満ち溢れたテーマパークが広がっている。その光景を確かに見ているはずなのに。やけに冷たく設定された冷房と怪しげな照明のせいで、本当におどろおどろしい異空間に迷い込んでしまったような気分になる。


 足元を冷却された空気が漂っている。時折肌の上を撫でていく風圧。

 今、下を向いたら幽霊の腕が足を掴んでいるんじゃないかとか、あり得ないことを考えてしまう。

 これはあくまでも、人の精神を疲弊させるために、人為的作られたものなのだ。何をすれば人間が恐怖するか、という計算の果てに生まれたのだから怖くて当然なのだ。大概の人間であればパニックするように作られてる。

 そういう意味では、非現実的ではなく、この世で最も現実的な施設と言っても良い。だから……落ち着け…大丈夫だ。


 直ぐ前を歩く青年の背中に両手を置く。軽く握りしめて、彼の服に皺を作る。暗闇では、彼の顔とか体とかの大まかな形しか識別することができない。

「……里香?」

 男性的な低い声。視覚が機能しない代わりに、耳に入ってくる情報が目立って感じて。初めて彼自身の本当の声を知ったような気がした。

「あ。ねえ、あのベットすっごいよく出来てない?業者さんから買ったのかなぁ」

 かなたが呑気に感想を述べながら、病室の中心に歩み寄った時だった。


 刹那、毛布の間から腕が伸びた。かぶさっている物を押し上げる膨らみがどんどん大きくなっていって、毛布が床に滑り落ちる。

 ベットの上に現れた縫い目だらけの女性と目が合う。

「ぁああああああ!!もう、無理。無理だよ!!かなた、リタイアしようよ!!」

「落ち着いて。ほら……よく見て、あれ人間でしょ?しかもちゃんと生きてる」

「そんなのわかってるよ!!」

 かなたは不満そうにしながらも、涙目になりながら緊急用の出口に引っ張る私に素直に従った。







 色々なアトラクションを体験し、膨らんだベットへのトラウマを植え付けられた後、私達は遊園地内のカフェにやってきた。

 かなたが期待に満ち溢れた表情でカフェの看板を見ている。

 こんがりと焼き色のついたクッキーの上に、アイシングで店名を書いた看板には、例のウサギのマスコットが添えられている。周りの壁もつやつやとした茶色の表面に規則的な凹凸が並んでおり、チョコレートを模したデザインであることが分かる。

 絵本の中で見たお菓子の家がすぐ目の前にあった。


 かなたは店内に入ると、先のとんがった帽子を被った店員に、直ぐに話しかけた。

「ここから、ここまで全部お願いします」

 目を丸くする店員さん。

 そうだよね。こんな遊園地で大人買い披露する人なかなかいないよね。

 かなたは自分に注がれている好奇には気が付く素振りは無く、涼しい顔で財布を取り出し、会計を済ませる。

 私は予め目星を付けておいた、あまり甘く無さそうなメニューを選び、かなたの待つ席に向かった。



 暫く時間が経った。最初は数個だけだったお皿が次々に増殖する。もう机に何のキャラクターが描かれていたのか思い出せない。

 一体その細い体のどこに入っていくのだろう。そしてなんで太らないんだろう。

 かなたがナイフとフォークを使って器用にお皿を空にしていくのを見て、私は悲しい気持ちになるのと同時に胃が消耗していくのを感じた。


「その薬どうしたの?具合悪いの?」

「何でもないよ。一時的な物だから、かなたは気にしないで食べて」

「ふーん……何それ。まあいいけど」

 恐らく今回も胃もたれすることになるだろうと思って、薬を用意したが正解だった。


 最後に残った苺のケーキが静かに横に倒される。上に盛りつけられていたキャラクターのクッキーや、ベリー類が崩れることなく見事に皿の上に着地した。


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