1話:最推し
よろしくおねがいします
『アドニス様マジ美しすぎて死ねる』
推しへの愛を込めた一文をテキストボックスに書きなぐり、勢いよく送信ボタンをクリックする。
これで二次元の推しへ向けた電子のラブレターは丁度1000通目になった。ホーム画面に出ている数字が4桁にかわる。このアカウントを作って以来、推し以外に浮気を一度もない、一言一句、ただアドニス様一人に向けた言葉である。
私がエルドラもとい『神託のエルドラド』というゲーム及びそれを基にしたアニメにハマったのは2か月程前の話になる。
地味に大学に通い、地味に独り暮らしし、地味にバイトする。そんな味気ない生活を送ってきた私は、華麗な剣技で自分の命を狙う刺客を切り伏せる王子様の姿を深夜偶然テレビを見ていて発見した。
あ、王子様と言ったのは私が痛いファンだからとかでは決してない。
いや、専用アカウントを作っている時点で十分ヤバ目のファンであることは理解してるんだけど。それはともかく、アドニス様は敵国から亡命してきた王族の生き残り。
つまりは本当に王子様といった役割のキャラクターなのである。
過酷な運命に飲み込まれた可哀そうな美青年。
亡国の血を絶つために雇われた人間が血を流し地面に倒れるのを見るたびに、青年は心を痛ませるのだ。多くの人の命を奪ってまで、自分は生きている必要があるのかと。
けれど彼を滅びゆく城から逃がし、ここまで育てた従者達は彼が生き延び、国を再生させることを願っているのである。
とどのつまり、両立することのできない二つの望みに葛藤し、迷いながら、運命に流され続ける彼の姿に、私は胸を打たれたのだ。
言っても、最初は普通のファンだった。確かにアドニス様のビジュアルに一目ぼれしたのが、視聴を始めた理由だったのは事実だが、主人公一行を応援したり、ストーリーを純粋に楽しんだり、極々一般的な視聴をしていた。
しかし、視聴を続けるたびにどんどんアドニス様への愛が抑えられなくなり、ついに限界オタクになってしまったのだ。
今ではエルドラ界隈で少し有名なファンになってしまっている。
目立つのは当たり前といえば当たり前だ。エルドラは本格ストラテジーゲームが原作ということもあって、そもそも女性ファンが少ない。
アドニス様と主人公以外のキャラは筋骨隆々の武闘派男だったり、長い髭を蓄えた参謀役だったりという感じである。エルドラにおいて異質なのは、アドニス様の方である。
むしろこの類のゲームで何故、中性的ないわゆる正統派イケメンを出したのか、制作会社の思惑がわからない。
ちなみにゲームも買った。あの時ほど攻略ページの執筆者やSNSでアドバイスをくれた同志に感謝したことはない。ゲームはしばらくソシャゲしかやっていなかったし、戦略ゲームは初挑戦だったので、だいぶ骨が折れた。
さて、話が変わるがアカウントを作ってから、ずっと仲の良いエルドラファンがいる。
エルドラシリーズの古参ファンで現在大学生らしく、アイコンはおしゃれなパンケーキの写真だ。時々絵文字を使ってくる。
きっとかわいい女の子なのだろう。年代も近い私たちはすぐに意気投合した。
先日、彼女からファンイベントのチケットを入手したと報告を受けた。決して定員が多くはないイベントで、当選から外れてしまった私は友達の勝利を一緒に喜んだ。
「私の思いはお前に預けた…せいぜい楽しんで来い‼」そうメッセージを送ったら速攻で「え?君も一緒に行くんだよ?」との返事が来た。
詳しく話を聞くとどうやらチケットは一枚で2人まで入場できるらしかった。
「是非お供いたしますううう‼」
「よろしい(`・∀・´)」
幸運なことに、イベントに行かせていただけることになったのだった。