ドラゴンと戦う
山を越えた先は広い草原で、恐ろしいドラゴンが近くに住んでいなければピクニックをしたくなる風景だ。
月明かりの下の草原もとても美しいな、とママは思った。
「あそこに見える森を抜ければドラゴンの住処のある岩場です」
王女は森を指し示す。
「動物があまりいませんね」
周りを見渡すとママが言う。
隠れているのかと思って、鼻をひくひく動かして動物のニオイを探すがあまり感じない。
「ドラゴンのせいでしょう、大喰らいという話ですので」
「みんな食べられてしまったらどうしましょう……」
「そうならないためにも、わたしががんばります」
手綱を握り直し、王女が馬を走らせようとしたその時、森から多数の鳥が逃げていくのが見えた。
続いて、森で爆発が起きて、土埃と石が舞い上がるのがここからも見えた。
やがて爆発でなぎ倒された木々のすき間から、遠くにドラゴンの影を見つけると、二人は息を呑んだ。
「ドラゴン!? この時間は寝ているはず――」
「ああっ!」
なにかを見つけたママが悲鳴を上げる。
「ナターシャ! ナターシャだわ!」
ママが指す方向を注視するが王女には見えない。
しかし、森の奥で小さな光が瞬くのを見て、それが彼女の娘が使う魔法が起こす光と気付く。
その方向に馬を走らせる。
森の目の前まで走ると、爆発が再度起こり、爆風に押し出されるようにしてナターシャが森を走り出てきた。
「ママ!」
「ナターシャ!」
ママを見つけたナターシャが転がるようにして駆け寄ると、馬から降りたママがナターシャを抱き締める。
ママを抱きとめたナターシャが膝をつく。
「ごめんママ……ドラゴンからもう逃げられそうにないの、ママだけでも逃げて」
「ナターシャ、なにを言ってるの! いっしょに逃げるのよ!」
「ごめんもう……」
「……ナターシャ? ナターシャ!?」
力尽きたナターシャが草原に身を横たえ、ママが呼び掛けても反応がない。
「ママさん、時間を稼ぐのでなんとかナターシャさんを起こして逃げてください」
「いっしょに――」
「――ダメです、もう来ます」
森からドラゴンがおもむろに出てくる。
増えた獲物を見つけて立ち止まると、足元の地面を砕きながら四肢に力を込めて吠えた。
王女は神器の剣を抜く。月の光を受けて青い光を放つ剣を構えた。
そしてママも斧を構えると、王女のとなりに並んだ。
「なにをしてるんですか!? あなたは娘さんと――」
「ナターシャはきっとすぐに目を覚ましますから、いっしょに逃げましょう、わたしも手伝いますから」
「ママさんは戦えないでしょう、勇気と無謀を取り違えないでください!」
「それはあなたもでしょう!」
「ママさん、斧を貸してください、きっとなんとかしますから!」
「――グギャアアアアアッ!!」
口論をする二人を黙って見ていたドラゴンがしびれを切らして吠える。
そしてママに向かって爪を振るう。
なんとかかわすも、巨体から生じる突風にあおられて小さなママはコロコロ転がった。
「きゃあ!」
「ママさん!」
ドラゴンが大口を上げて転がるママをその舌に迎えようとする。
王女がすかさずその横っ面に剣を突き刺す。
剣はほとんど抵抗なくドラゴンのほおに穴を開けるが、ドラゴンが首を振るとあっけなくはじき飛ばされた。
地面を転がった王女はすぐに態勢を整えるとドラゴンに再度向かっていく。
王女は善戦し、ドラゴンに手傷を負わせていくが、ドラゴンに決定打を与えることができない。
王女は戦いながら二人の様子を確認する。
ナターシャはうずくまったままで、ママの姿はなかった。
「ママさんは……?」
ドラゴンに喰われたはずはないが、どこかに身を隠しているのかもしれない。
「グギャアアン!」
迫るドラゴンの爪をバックステップでかわす。
「――ガアッ!」
「ぐあっ!?」
が、続いての尾を使った薙ぎ払いも避けるも、目測を誤って尾の先が額をかすめた。
かすっただけとはいえ、あの巨体だ。
立っていられず、王女は地面にうずくまると、血のにじむ頭を押さえた。
「グッ…! 兜、テントに置いてきたから……」
己の失態を呪いながら、なんとか起き上がろうとする王女を待たず、その巨体で圧し潰してやろうとドラゴンが迫る。
「ッ!? ――グギャアァアッ!!?」
しかし、突然ドラゴンが苦悶の声を上げると、巨体を斜めに傾ける。
そして左の後ろ足を激しく振りだした。
その後ろ足の指に、斧を持ったママがぶら下がっていた。
王女とドラゴンが戦っている最中、ドラゴンの懐に忍び込んだママがへっぴり腰ながら、後ろ足に斧を振り下ろしたのだ。
魔法の斧は振り下ろした瞬間に巨大化して後ろ足の指をほとんど切り落としてしまったのだが、最後の一本だけは切り落とせず、食い込んだまま抜けなくなってしまう。
突然の激痛に暴れるドラゴンに振り落とされないように斧にしがみ付くママ。
「う、――うわあああああああ!!」
両足に渾身の力を込めて立ち上がった王女が身を投げ出すように突進する。
突き出した剣先が、ドラゴンが晒した半身、――――心臓に突き刺さった。
ドラゴンの目が見開く。
「――ッガアアァァッ!!」
ドラゴンが激痛に身をのけぞらせ、畳まれていた翼が夜空を切り裂くように広がると、翼が起こした突風が王女とママを吹き飛ばす。
地面にうつ伏せになり、大地に根を張る草を掴んでなんとかしのぐ二人。
「ガアァアアァア!! グガアアァアアアァアアオォオッッ!!!!」
ドラゴンは怒りの咆哮を上げ、翼をはためかせて夜空へ飛び上がる。
地面を見下ろし、目に怒りの炎を灯したドラゴンのあぎとが開き、ドラゴン身の内から収束されたエネルギーが口から光となってあふれる。
「ここまで、か……」
ドラゴンの心臓に突き刺さったままの剣を見て王女がつぶやく。
ママの斧も後ろ足に刺さったままだ。
武器はもう無い。出来ることはなにも無かった。
ドラゴンから破滅を呼ぶ一条の光が放たれる。
光は二人を飲み込むように向かうが、――二人の背後から射られた光の矢がそれを阻むように衝突した。
二つの光はエネルギーを放出しながらせめぎ合っていたが、やがて光の矢が光を切り裂くと、ドラゴンの心臓を貫いて夜空に消えた。
はばたきをやめたドラゴンが空から墜ちる。
ドラゴンが地面に衝突した衝撃から二人が回復すると、光の矢が飛んできた方を見る。
そこには膝をつき、雷光を帯びた右手を差し伸ばした体勢のナターシャがいた。
飛び上がったママが泣き笑いの顔でナターシャに駆け寄っていく。
首に抱き付いてきたママにナターシャがほっとしたような笑みを浮かべる。
そんなナターシャとママと、草原に身を伏せたドラゴンを見て。
王女は力なく笑う。
「……ふ、ふふっ。神器なんて必要なかったかもしれませんね――」
王女はそのまま脱力したように後ろに倒れ込むと星空を見上げた。