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王女様に出会う

 世界の果てと呼ばれる人類未踏の地が近づいてきた。

 その場所が世界の果てと呼ばれるようになったのは、ナターシャを連れ去ったドラゴンが侵入者を阻んでいるからだ。

 それゆえに人類未踏の地と呼ばれている。

 しかしそんな場所にも魅力を覚えるのか、あるいはドラゴンが守る財宝目当てなのか、そこに挑む冒険者は後を絶たない。


 ママはそんな場所に人間の国を通り過ぎながら来たのだが、そこは話に聞いた様子と違うところがあった。

 人間の軍隊が陣を張っているのが見えたのだ。

 テントが並んでいるのを遠くから見たママは困っていた。


「もしかしてドラゴンの討伐にきたのかしら。あそこが戦場になったらナターシャを見つけるのが難しくなるわ、急がないと」


 しかし、陣を突っ切っていくわけにもいかず、ママは陣を迂回するように歩いた。

 木立へ入ると、木陰から人間が現れた。

 ママはびっくりしてその場にうずくまった。

 絶体絶命の事態に怯えていると、目の前の人物から声がかかった。


「あら、ブタさん? 服を着ている……だれかのペットかしら?」


 銀色の全身鎧を着た、顔は見えないが声からすると少女だ。

 うずくまったママのわきの下に手が伸びて体が浮く。

 短い手足が宙を泳ぐ。

 ママは少女に抱き上げられて背中をなでられた。


「食べたりしないから大丈夫よ、でも兵士たちに見つかると炊き出しに加わっちゃうわ」


 くすくすと笑う可憐な少女の声にママは顔を上げる。


「あの、わたしオークです……」


「きゃあっ!?」


 おどろいた少女がママを落としてしまうが、予想していたのかママはちゃんと受け身をとった。

 あのままブタのふりもできたけど、それはなにかに負けた気がする。

 ママはスッと立ち上がると少女に挨拶をした。


「こんにちは」


「こんにちは……?」


 少女も挨拶を返すとママをじっと見た。


「本当にオーク? 見たことない種族だわ、身長も子供くらいしかないし」


 少女にジロジロ見られたママがもじもじする。


「あの……そんなに見られると」


「あら、ごめんなさい」


 兜で見えないがほおを赤くしたのがなんとなくわかった。


「それにしてもなんで一人でこんな場所に? この先は恐ろしいドラゴンの生息域よ」


「娘がドラゴンに連れ去られて、それで――」


「まあ! ダメよ、ドラゴンを倒そうなんて一人では無理だわ!」


 ママは迎えに来ただけでドラゴンを倒すつもりはなかったのだが、そう思われてしまう。


「わたしたちはドラゴンの討伐に来ているの。人間の国でもドラゴンに喰われた人が多くて……」


 ママは少女の鎧を見る。美しい装飾がされた鎧は傷一つ無い。

 もしかすると、彼女は軍隊の偉い人なのだろうかと思う。


「……ねえ、いっしょにお父様のところに行かない? 話せばきっと、あなたの娘さんを探してくれるわ」


 そう言うと返事を待たずにママを抱き上げて陣へ走っていく。

 少女は陣に入るとひときわ大きなテントに入る。

 入口の兵士たちは何も言わなかった。

 少女に降ろされると、目の前にはイスに座る男性の姿があった。


「お父様! 話があるのですが」


「姿が見えなかったがどこに行っていた」


 これまた豪華な鎧を着た彼女の父親が厳しい顔をして娘を見た。

 少女は父の厳しい視線から目をそらした。


「この辺りの植物の観察に……」


「おまえは次の王になる身だぞ、植物の観察など学者にやらせればいい!」


 どうやら王様と王女様だったらしい。

 王様が怒っているのを、自分はどうなるのかとママはひやひやしながら見ていた。


「――ん? 待て、そいつが腰に付けている斧はなんだ」


 イスから立ち上がって表情を変えた王様が、ママの魔法の斧を指さした。


「お父様! 彼女はオークですが心のやさしい――」


「それはどうでもいい! その斧だ!」


 王様が自分の腰に差した剣を抜き放つ。

 王女がびっくりして固まる。

 ママは怖さに震えながらぶうぶうと鳴いた。

 しかし王様は剣の刃を手のひらに乗せると、剣と斧を交互に眺めてうなった。


「まったく同じ彫刻――。やはりそれは神代の時代に魔族と人間にそれぞれ与えられたという伝説の神器……!!」


 確信した王様の瞳に異様な輝きが宿り、王女が後じさりする。


「娘よ、そこのオークの斧を余に渡すのだ」


「お父様、他人の物を奪うのは王のすることではありません」


「それと余の剣があればドラゴンなどたやすく滅ぼせると聞いてもか?」


「えっ!」


 王女がママの持つ小さな斧を見る。

 白銀に輝く斧はとても美しく、なにか惹かれるものがあった。


「お父様、それは本当ですか?」


「そのようなウソはつかぬ」


 父の様子を見て、王女がママを申し訳なさそうに見る。


「あの、出来ればお借りすることはできますか? 必ずわたしがお返ししますので」


「わたしもこれは借り物なので――」


「そうですか、それならしょうがありませんね」


 ママが困惑していると、王女があっさり引き下がる。

 すると、王様が王女を引き寄せて耳打ちをした。


「――なにをしている、もっと甘言をろうして斧を奪うのだ、さもなくば殺せ」


「お父様……!?」


 王女がうろたえて身をすくませる。


「それがあればドラゴンを退治した後、魔族の国も攻め滅ぼすことも可能だ。いいか、これも王の仕事――」


 ――バシンッ!


 王様が目を見開く。

 怒りに震える王女が王様の手を振り払ったのだ。


「また戦争ですか!? やっと平和に統治なさる気になったと思ったのに、戦争でボロボロの民をさらに戦わせるなんて!」


「この国はドラゴンと魔族の国に挟まれて発展できていない、武器が必要なのだ!」


「戦争ばかりが王の仕事じゃない! このわからずや!」


 王女が兜を脱ぐと父王に投げつける。

 兜と鎧がぶつかって、ガンッと音を立てた。

 あごで切りそろえた金色の髪を振り、瞳に涙をにじませた王女がママの手をとった。


「行きましょう、わたしが送ります」


「――ならん!」


「きゃあっ!」


 王様が出ていこうとする王女を押しのけ、ママから斧を奪う。

 重そうな鎧を着ていると思えない動きだ。

 小さな斧を手にした王様がそれを天にかざす。


「斧から伝わるこの神気、これぞまさしく――――ギィンカドォンッ!?」


 王様が斧の美しさに目を奪われた瞬間、突然巨大化した斧が王様を圧し潰した。

 王様は変な悲鳴を上げながら斧の下敷きになる。


「お、重い! なぜだっ、余は神器に選ばれし勇者だぞ!」


「お父様!」


「陛下、いかがなされました!」


 今まで親子ゲンカと思って動かなかったテント前の兵士が、王の悲鳴を聞きつけてテントの中に入ってくる。

 慌ててママが斧をどかすも、息も絶え絶えの様子の王様を見て、血相を変えた兵士が駆け寄る。


「ママさん、あなたは行ってください!」


「でも――」


「いいから!」


 王女が急かすとママは兵士の横をすり抜けてテントを出る。

 兵士はママの姿に面食らうも、王様を助け起こす。


「ええい、余のことはいい、あのオークを――」


「お父様は黙ってて!」


 ――パコーーン!


「グフッ」


「へ、陛下ー!? 殿下、なにをなさるのですか!」


 きれいな右フックで王様の意識を刈り取った王女が立ち上がる。


「陛下は少々お取り乱しのご様子でしたので、黙らせました。手当をお願いします」


 そう言うと、王女は王様が落とした神器の剣を拾って腰に差した。


「で、殿下、どこへ行くのですか?」


 テントを出る王女に兵士が声をかける。


「竜退治に」


 王女は後ろを振り返らずに答えるとテントを後にした。

 テントを出てすぐに、陣の中を兵士たちの視線を集めながら走るママに追いついて拾い上げると、小脇に抱えた。


「お送りします」


「王女様にそんなことさせられません!」


「お気になさらず、送る代わりに竜退治に付き合ってもらいますから」


「へっ?」


 王女は駐めていた愛馬に飛び乗ると陣を出ていく。

 兵士たちがそれを困惑した顔で見ていた。


「あの、わたしただのシングルマザーですよ?」


「オークは勇猛で死をも恐れぬ戦士と聞いていますよ?」


「見てわかる通りわたしは平和主義で――」


 馬の背に乗り、変な汗をかきながら言うママに、王女もさすがにママがそうと思っていなかったのか、くすくすと笑った。


「――でも、神器が二つあればドラゴンを倒せるというのは本当でしょう。父はそんなウソをつきませんから」


「わたし戦うなんてとても――」


「わたしが戦いますので、神器を貸してくだい。必ずあなたたちは逃がしてみせます」


 意を決したような表情の王女を、ママは不安そうに見上げた。




 ◇◇◇





「うう、お家に帰りたいよおー」


 森で一夜を過ごしたナターシャはガマンできずに弱音を吐く。

 身を隠していた木のうろから出ると、やぶからイノシシの親子が出てきてナターシャの目の前を横切った。

 さびしさが極限に達していたナターシャは思わず、子供二匹を連れたお母さんイノシシに抱き付いた。


「うわーん、ママー!」


 ――ぎゅうぅっ!


「プギー!?(ら、らめえ……)」


「「プピー!(ママー!)」」


 ナターシャはイノシシのお母さんの毛皮に顔を埋める。

 イノシシのお母さんはしなしなと倒れると足をピクピク震わせた。


「……ぐすっ、ママと毛並も匂いも全然違うよお……」


「プギィ……(わ、わたしには夫と子供が……)」


「「プピー!(ママー!)」」


 ナターシャはモフるだけモフるとイノシシのお母さんを離す。


「ぶうぶう(モフったおわびにフルーツどうぞ)」


「プギッ!(わたしそんな安い女じゃないわよ! 食べるけど!)」ムッシャムッシャ。


「「プピー!(ママー!)」」


 ナターシャは森で拾ったフルーツで示談をとると、出発しようとする。


 しかしその時、森が大きな影に隠れる。

 空を見上げると、あのドラゴンが血走った目でナターシャを見下ろしていた。


「やばっ――」


 とっさに魔法を発動してその場を飛び退く。

 飛び退いてすぐにナターシャの立っていた場所はドラゴンの足で踏みならされる。

 森に降り立ったドラゴンは首を巡らせると、近くにいるイノシシの親子に嗜虐的な笑みを浮かべた。


「まずは腹ごしらえをするか――」


 ガパアッ、と開いたドラゴンのあぎとが迫る。

 イノシシの親子はあまりの恐ろしさに一歩も動けない。


「やめろーー!」


 ナターシャの叫びと共に大岩がドラゴンのほほを打った。

 大岩はドラゴンのほほで砕けて地面に落ちる。

 ドラゴンが顔を向けると、そこには腕に雷光をまとったナターシャがいた。

 イノシシの親子はハッとしたように跳ね上がると逃げていく。


「わたしが相手だ!」


「軟弱なダークエルフの子供が我輩と戦うだと……?」


 ドラゴンが咆哮を上げる。

 咆哮は空間を震わせ、風を起こす。

 ナターシャは思わず腕で顔をかばう。


「貴様はただのエサだ!! ただ食われるだけの存在だ!!」


 ナターシャを食おうと迫るあぎとを間一髪避けると、ドラゴンを背にして逃げる。

 足にビリビリを集中させて、馬に負けない速さで走る。

 森の木々がドラゴンの行く手をふさぐ――かに思えたが、ドラゴンは木々をなぎ倒しながら追いかけてきた。


「わあああっ!!」


「そうだ、せいぜい逃げるぐらいしかできないだろう!!」


 ドラゴンはネズミをいたぶるネコのような表情を浮かべた。


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