盗賊に出会う
次の日、ママは魔族の国と人間の国との境にあるイバラの森にやってきた。
イバラの森はうわさ通り、針のように鋭くとがったイバラが侵入者を拒んでいた。
もしイバラを無視して進めば穴だらけになるだろう。
しかしママが魔法の斧を振ると、ゴオッ! と音を立ててイバラは吹き飛んだ。
ママがイバラの森をを丸裸にして進んでいくのを、イバラの森を作った魔族が涙目で見ていた。
イバラの森を抜けると人間の国の街道に出た。
するとちょうど馬車がやってきて、ママの目の前に止まった。
「魔族の国から来たのか? 一人でどうしたんだ? 本当に魔族か?」
ママに気付いた御者が声をかける。
一度にいっぱい質問されてママはひるむ。
「そうです、わたしオークです。娘を迎えにちょっと遠いところまで行くんです」
「遠いところってどれだけ遠くだ?」
「東の世界の果てです」
御者は自分の後ろ、馬車の荷台を親指で示した。
「乗りな」
ママは顔をほころばせて馬車に乗り込んだ。
「親切にどうもありがとう」
「ふん、途中までだぞ」
御者は前を向いたまま、ぶっきらぼうに答えると馬を走らせた。
旅はこのまま順調に進むかと思えたが、そうはならなかった。
街道の途中で三人の子供が馬車の前に飛び出してきた。
ナターシャより年上の少女と少年、そしてそれより小さい男の子。
彼らは手にナイフや斧を持ち、脅すように突き出した。
「盗賊ごっこならヨソでやれ」
本物の武器を持っているなら遊びではないはずだが、元兵士の御者からするとふざけているに等しいらしい。
御者は子供たちをにらみつけると、シャツを押し上げるはちきれんばかりの胸筋をピクンと震わせた。
「つ、積み荷を出せ!」
「はあっ!? 見てわかんねえのか、積み荷は届けたばかりで何もねえ!」
幌もなにもない馬車を指さして御者がどなる。
御者のけんまんくにビビる少年を少女がひじでつつく。
「ねえ、もういいから馬車をもらおう」
「そ、そうだな」
「おじさん、ケガしたくなかったら降りて」
「チッ」
少女に言われて御者が馬車を降りようとする――フリをして、御者台に隠した槍に手に伸ばす――と、馬車に乗り込んだ少年が声を上げる。
「ここになにかあるぞ!」
少年が荷台の片隅で布をかぶった丸いなにかを見つける。
「あっそいつは――」
「――……わ、わたしはなにも持ってません……!」
布の下から震える女性の声。
武器を持った人間を見てとっさに布をかぶって隠れたママだった。
「いいからオバサンも馬車から降りろ」
少年が布を取り払う。
そしてひざを抱えた姿で震えるママを見つけ――――
「ブタじゃねーか!!」
叫んだ。
「…!!」
少年の言葉に肩をビクッと震わせたママが顔を上げる。
黒いつぶらな瞳に涙がにじむ。
「うっ……! そ、そんな目で見んな!」
少年がママから顔をそらす。
家が農家をしていた少年の脳裏に、友達だった馬や羊たちの顔がよぎった。
「な、なんだ? しゃべるブタがいるぞ」
気付いた少女がママを見て口をあんぐりと開ける。
「……これでもオークなんです」
ママは震える声で言うと服のそでで目元をぬぐった。
「でも……わたしのママがわたしを産んだ時、子供を取り違えたと思って豚小屋に行ったそうです」
湿ったピンク色の鼻を悲しげに鳴らす。
「おかしいですよね、ママは豚小屋で子供を産んだわけじゃないのに」
ママが笑うと鼻がぶうぶうと鳴った。
「や、やめなよ……」
あまりの気まずさに、少女が御者のことを忘れてうつむく。
街道に重い沈黙が流れる。
どうしたもんかと御者が頭をひねっていると、とりあえずナイフを持っている、という感じで立っていた小さな男の子がぐうっと腹を鳴らした。
「お腹すいた……」
男の子のつぶやきを聞いたママが立ち上がると、いつもより明るい声で言った。
「ごはんにしましょうか! ひもじいからこんなことしちゃうのよ、お腹いっぱいになって温まりましょう。ね、御者さん」
ママが笑いかけると、御者がぎこちない笑みを返す。
「そ、そうだな、でも道具はあるが食材が――」
「それならわたしが採ってくるわ、山菜を採るの得意なの!」
「あっおい!」
そう言うとママは小さな男の子を連れて近くの林に入っていってしまう。
御者は困ったように頭をかくと少年たちを見た。
「――おい、こっち来てメシの準備を手伝え。オレはあんまり動き回れないんだ」
御者は義足のはまった片足を叩く。
「オッサン、足はどうしたんだ」
「昔ひざに矢を受けてしまってな」
少年が聞くと、御者の男は兵士たちの間でいつの間にか常套句になっていたセリフを言って笑った。
「……戦争でな。珍しくもない話だ」
三人が準備を終えるとちょうど、鼻を土で汚したママと男の子が帰ってきた。
ママはキノコなどの山菜をエプロンいっぱいに抱えていた。
「言ったでしょ、山菜取りは得意だって。鼻がいいの」
ママは得意げに鼻を鳴らした。
料理が始まると荷物を見ていた御者がなにかを見つけて笑顔になった。
「そうだこれがあった! 少しだけだが――」
――――ベーコンが。
顔からサッと血の気が失せた御者が口から出かかった言葉を飲み込むと、手に持った葉っぱ包みを荷物に戻す。
それを見てなにかを察した少年と少女も口をつぐんだ。
男の子とママはそれに気付かず、談笑しながら料理を作っていた。
五人はご飯を食べると御者の操る馬車に乗って街道を進んだ。
街道の分かれ道にさしかかるとママは馬車を降りた。
三人の子供たちは御者の男が街まで連れていって仕事を探してやるようだ。
もう盗賊をする必要はなくなるだろう。
ママは馬車を見送ると、ナターシャのいる東へ向かった。
◇◇◇
ドラゴンから逃げるため、ほとんど休まず岩場を進むナターシャ。
お腹が空いたら岩場に生えている食べられる草を食べたが、あまりおいしくない。
やっと見えた岩場の終点は切り立った深い崖だった。
橋は見える範囲にない。
崖を越えた先には森があって身を隠すのに最適なのに……。
崖のふちから下をのぞき込んでいたナターシャの耳に、目を覚ましたドラゴンの怒号が届いた。
――グオオオォォン!!
岩場に、翼を使わず四足で駆け降りるドラゴンの足音が轟いた。
人間とドラゴンの体の大きさを考えると、すぐに追いつかれるだろう。
前には崖、後ろからはドラゴン。
もう逃げ場がないように思えるが、ナターシャはあきらめない。
絶対に逃げて、ママのいる家に帰る!
ナターシャは勇気を振り絞ると、崖から十分に距離をとる。
無謀でもこの崖を飛び越えるしか逃げる道はない。
緊張からか足がビリビリした。
――ドドドドドドド!!
「――――ッ!!」
走り出す前の一瞬の躊躇は、迫るドラゴンの地鳴りのような足音にかき消え。
ドラゴンの怒りの咆哮を合図に、崖へ向かって走った。
足のビリビリがどんどん強くなっているのも構わず走る。
崖の先まで来て、思いっきり足で地面を蹴ったその時。
――ドオォンッ!!
「わああっ!?」
足元が爆発して、ナターシャは崖を矢のように飛んだ。
空中をゆっくり一回転する視界に自分の足が映る。
雷のような光がパチパチと弾けながら両足を包んでいた。
――さっきの足のビリビリの正体はこれだ!
そしてそれがなんなのかナターシャは気付いた。
「これってまさか――ッギャンッ!?」
足に気を取られてなんの受け身をとらなかったナターシャが崖の向こうに落ちて、そのままゴロゴロと地面を転がった。
転がるのがやっと止まると、ナターシャは元気よく飛び起きた。
「これ魔法だーー!!」
その場で喜びを爆発させてピョンピョン飛ぶと、体が家の屋根より高く飛ぶ。
ダークエルフは魔法が得意だから、ナターシャもすぐに魔法が使えるようになるだろうとは、みんなから言われていた。
でも今まで魔法を使ったことはなかったし、オークたちは魔法を使わないから学ぶ機会も無かった。
でも、ここにきて魔法に目覚めたのには、なにか運命的なものを感じる。
「魔法があればきっと逃げ切れる! 待っててねママ、いま帰るから!」
ナターシャはがぜん勇気と元気が湧いてくると、森へ駆けていった。
しばらくして、崖まで下りて来たドラゴンが、ナターシャが崖を越えて逃げたのを知ると、怒りに顔を歪ませて地の底から震えるようなうなり声を上げた。




