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ドラゴンにさらわれる

 ふさふさとした木の枝にうもれそうな小さな木の家に朝が訪れる。

 ママが息苦しさに鼻を鳴らしながら目を覚ますと、寝ぼけたナターシャにぬいぐるみみたいに抱きしめられていた。


 十才になってもいっしょに寝たがる娘が親離れができるのかちょっと心配になる。

 そう思いつつも娘の寝顔を見るママの顔はうれしそうだ。

 朝が始まるとナターシャは村の井戸で水を汲み、ママは台所に踏み台を置いて朝食の準備をする。

 台所に二人が並ぶと頭が同じ高さになった。

 二人はささやかな朝食を食べると村の外の畑へ向かう。


 ママがカブを収穫していると、ナターシャは村の畑で一番大きいカブを抜こうと葉っぱを引っ張っていた。


「ふぬぬ……っ」


「そのカブは収穫祭の時にみんなで収穫するんだから、ナターシャひとりじゃムリよ」


 背中が地面にくっつきそうになっているナターシャをママがあきれたように見る。


「でも、カブ爺にわたしが絶対収穫してみせるって言ったの!」


 ナターシャがカブ爺と呼んでいるのは、村の畑である日突然巨大化したカブのことだ。

 魔族の国では作物も人を襲ったりするので油断ならない。

 村のオークたちはもちろんカブを収穫しようとしたが、カブは力自慢のオークたちをことごとくはね返して、今日も畑に君臨していた。

 そのカブをカブ爺と呼んで話しかけているナターシャも、村のみんなに混じって毎日カブ爺に挑んでいる。


「ほらナターシャ、家のカブを先に収穫して」


『――フォフォフォ。収穫祭はまだまだ先じゃ、お母さんの手伝いをしなさい』


「はーい」


 ナターシャはカブ爺から手を離すと、家の畑のカブに取りかかる。

 その時、村を覆う大きな影が差した。


 空を見上げると、ドラゴンが二人を見下ろしていた。


 ナターシャとママが空を見上げたままあぜんとしていると、ドラゴンがいきなり鋭い爪のついた後ろ足でナターシャをつかんだ。


「ほわーー!?」


 カブを持ったままのナターシャの体が地面から浮く。

 おどろいたママがナターシャを助けようとピョンと飛び上がって小さなひづめをめいっぱい伸ばすが、ナターシャには届かない。


「ママーー!」


「ナターシャ!」


 ドラゴンが大きくはばたくと空高く舞い上がる。

 ママはその場でまだピョンピョンしていたが、ドラゴンの翼が起こした風に流されてコロコロ転がってしまう。

 ドラゴンはナターシャをつかんだまま東の空へ飛び去っていってしまった。



「た、たいへん!」


 ママは飛び起きると、ドラゴンを追いかけようと小さな足をバタバタ動かして村を走った。

 村では突然のドラゴンの襲撃におどろいたオークたちが、ある者は家の窓や扉から、ある者は仕事の手を止めて空を見上げている。

 ママはその横を通り過ぎて村を飛び出すと、東へ向かってまっすぐ走った。

 ナターシャをさらったドラゴンは、魔族の国を飛び越えてずっと遠くへ行ってしまう。

 ドラゴンが見えなくなると、ママは空に向けて鼻をひくひく動かして、山を越え谷を越え、ドラゴンのニオイを追いかけた。


 やがてママは魔族の国の城門へ入る。

 あわただしく走っていくママを門番がいぶかしげに見ていた。

 ママはそれでも気にせずどんどん走っていって、ついには王様がいる玉座の間を走って横切ろうとした。

 これにおどろいた王様がママを呼び止める。


「我が民よ、そんなに急いでどこへ行くのだ」


「はい、実はかくかくしかじか」


「うまうましかしかとな!?」


 話を聞いた王様がおどろくと、気の毒そうな顔をした。


「そのドラゴンはおそらく世界の果てにいるというドラゴンだろう。年中腹を空かせていて、目につくもの全て食べてしまうそうだ。残念だが、その子も今頃はドラゴンの腹の中だろう」


「いいえ王様、わたしの娘はとてもかしこいので、きっとドラゴンからも切り抜けます。なのでわたしは娘を迎えに行こうと思います」


 ママはそう言って立ち去ろうとすると、それをまた王様が呼び止めた。


「世界の果てに行くにはまず、人間の国との境にあるイバラの森を抜けないといかんぞ、それはどうするつもりだ?」


「なにかよく切れる斧はありませんか?」


 聞かれた王様は玉座の裏にかざられた国宝の斧をチラリと見た。

 斧は銀色に美しく輝き、刻まれた装飾一つとっても芸術的だ。


「国宝の斧ならなんでも切れるだろうな」


「お借りできますか……?」


 ママがおそるおそる聞くと、王様が笑う。


「あの斧はずっと昔のわしの先祖が使ったもので、選ばれし者しか持てないと言われている」


「もし持てたら借りてもいいですか?」


「ハハハ! わしのように立派な王でも持てなかったのにか?」


 王様は、ぶどう色のつややかな肌と盛り上がった筋肉を持つ肉体を誇示すると、山羊のような立派な角がついた頭を振った。


「しかし、持てたならいくらでも持っていくといい」


 そう言って、余裕のあるようすで立派なあごひげをなでました。


 ママはとことこ歩いていって国宝の斧がかざられた台座の前へ立つ。

 斧を手にしようとぐっと手を伸ばすが、台座の背が高くて届かない。

 王様のそばに仕えていた騎士が、見かねて木の箱を持ってくる。

 ママは騎士にお礼を言うと、木の箱に乗って台座へ手を伸ばし、斧を持ち上げました。



 持ち上げました。



「まあ! 見た目より軽いんですね」


「なん…だと」


 斧を手にしたママが笑顔になる。

 王様はおどろきに目を見開き、思わず王座から立ち上がった。


「王様、この斧――あっ」


 自分の何倍も大きい斧を持ったママが振り返ろうとして、思わずバランスを崩して木の箱から落ちる。

 そして振り下ろされた斧の刃が玉座をかすめ、


 ――スパッ! パッカーーン!


 玉座は真っ二つになった。


「ヌアアアーー! わしが国費で作ったオリハルコンの玉座があーー!!」


 この世界で最も硬いと言われる金属、オリハルコン。

 そんな貴重な金属をふんだんに使った玉座の惨劇に王様が悲鳴を上げる。

 周りの騎士たちは王様のムダづかいを知って好感度を減らした。


「ご、ごめんなさい王様! これは事故で……」


「ぐぬぬっ……! それはもういいからわしの斧を返せ!!」


「えっ! でもさっき、持てたら借りてもいいと……」


「それは平民のシングルマザーなんかが持っていい代物じゃない!」


 王様が顔を真っ赤にして器の小ささを見せつける。


「……わかりました」


 しょんぼりしたママは怒っている王様に斧を手渡す。

 と、


 ――ドゴオオォォンッ!!


「ィベリコッ!!?」


 ママが手を離した途端、重さを取り戻した斧が王様の手の骨を粉砕しながら床にめり込んだ。

 ヘンな悲鳴を上げながら手がぺしゃんこになった王様を助けようと、周りの騎士たちが駆け寄る。

 しかし騎士たちが何人かかっても斧は持ち上がらない。


「ぐぎいぃっ!? ――た、頼むっ、この斧をどかしてくれえっっ!!」


 尊大な態度はどこへやら、涙目になった王様がママに頼む。

 そしてママが斧を持つと、またも軽くなってママの手で持ち上がった。


「あのー、この斧は台座に戻しましょうか?」


「…………もういい、どこへでも持っていけ」


「え」


「そんな恩知らずな斧などおまえにくれてやる!」


 顔の穴という穴から水分を流して城の魔術師の手当てを受けている王様が叫ぶ。

 王様は斧に手といっしょにプライドも粉砕されていた。


「でも、この斧は大きくて不便なので――」


 そう言った瞬間、斧がひとりでに小さくなって、ママの小さな手にちょうどいいサイズになった。


「まあ! まるで魔法の斧ですね!」


「ツーン」


 ふてくされている王様はそっぽを向くと、ママを追い払うように手を振る。

 ママは部下からの好感度が地をはっている王様にお礼を言うと、城を出て行った。

 魔族の国は小さかったので、ママの短い手足でもすぐに魔族の国の端が見えた。




 ◇◇◇




 ナターシャが見た世界の果ては荒涼とした岩の山だった。

 気が遠くなるような昔には自然があったとされているが、ドラゴンがここに住むようになってからこうなってしまったらしい。


 そのドラゴンはナターシャをさらった後、魔族の国から世界の果てまであっという間に飛んで、寝床にしている暗い洞窟に帰ってきた。

 まだカブをつかんだままのナターシャを地面に下ろすと、さっそく食べてやろうと舌なめずりをした。


「さて、塩で食うかそのまま食うか……」


 洞窟に転がる大きな岩塩を拾い上げ、ドラゴンはなやましげに自問する。

 そして持っていた岩塩を腕のウロコですり下ろそうとする。

 と、そこで、カブを抱えたままのナターシャが言った。


「ドラゴン様、ドラゴン様、今日はやめませんか?」


「我輩は腹ペコだ。一日たりとも待てん」


「今日はもう日も沈んでますし、それよりも明日、お日さまの下で岩塩プレートを使ってBBQをした方が楽しいですよ」


「ムッ。その岩塩プレートというのはどういう料理だ」


 興味がわいたのかドラゴンが手を止める。


「はい。本で読んだのですが、そのドラゴン様が持ってる岩塩を板状にしたものを火にかけて、その上で食材を焼くそうです」

「ほう」

「そうすると、食材はしっとりやわらかく、肉汁があふれ、ほどよい塩気がついて、えもいわれぬおいしさだとか……」


 ドラゴンはうっとりすると、したたるヨダレをぬぐうのを忘れて腹を鳴らした。

 ナターシャはカブをかじった。


「ふーむ……BBQは天気のいい日にするものよなあ……」


 考えるようにあごをさすると、ドラゴンは油断なく目を細めてナターシャをにらみつけた。


「――逃げたりせぬか?」


「天下に名をとどろかせる、世界の果てのドラゴン様に食べられる名誉を前に逃げるなんて!」


 ナターシャは大げさにおどろいてみせるとカブをかじった。


「そもそも、食べられるのが嫌なら調理法など教えないでしょう」


 恐ろしいドラゴンににらみつけられているのに、ナターシャは流れるようにしゃべる。

 ドラゴンは、それもそうか、と納得したようにうなずく。


「なら我輩は明日に備えて寝るとしよう」


 暗い洞窟に身を丸めて寝ようとするドラゴンのそばに、ナターシャが近寄る。


「ドラゴン様、せんえつながらわたくしめが子守歌を歌いましょう」


 ナターシャはドラゴンの顔に片手をついて寄りかかるとカブをかじった。

 そのずうずうしい態度にドラゴンは気付かない。


「歌ってみよ」


 ドラゴンが許すと、ナターシャはひとつせき払いをしてから歌い始めた。


「ぶうぶうぶうぶぶぶうぶう~~♪」


「えっなにそ――――Zzz~…」


 寝落ちしたドラゴンがいびきをかき始めると、ナターシャはほくそ笑んだ。

 そして、ドラゴンのほっぺたをつねったり、耳元で大声で呼んだりしてみて、ドラゴンが熟睡しているのを確認すると、ナターシャはママ直伝の子守歌の効果に満足した。


 ナターシャはドラゴンが寝床にしている洞窟を見渡す。

 洞窟の隅、哀れな冒険者の残骸から比較的きれいなマントを拾うと体に巻きつける。

 そのまま暗い洞窟を出ていって、月光に照らされた岩場を歩いた。


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