記録の書
「ここが私たちの家よ」
そう言ったアナトの後方にあるのは、木造の古臭い家だった。植物の蔦が伸び、大きな木々に覆われているそれは、どうみても年代の代物だ。神秘的で、おおよそ人の住むような場所ではない。
「とりあえず、そこで待っていて」
そう言ってアナトが指差す場所には、外に置き去りにされたような丸机を小さな椅子が囲むようにしてあった。
「分かった」
頷いて椅子に座るユウジを後に、アナトはアスタルテを伴って家の中へと入っていった。
木造の家の中は、見た目に反して清潔に保たれていた。植物が僅かに侵食しているが、そういうオブジェだといわれても大した遜色はない。
アナトはアスタルテが扉を閉めたのを確認してから、つかつかと奥へと歩き出し、立ち止まった。
それから膝をついて鍵を取り出し、床に空いた鍵穴へと突き刺して曲げる。かちゃりと音がしたかと思うと、アナトはゆっくりと地下への扉を開いた。
そして彼女は掌に小さな炎を伴って、薄闇の中を下っていった。
「嘘だろう……?」
その言葉の主はユウジだった。彼は今、手にした僅かな紙の束を見つめて驚愕に震えていた。アナトが持ってきたそれには、彼を震撼させる事実が記されていたのだ。
大飢饉による戦争。滅亡に追い詰められた人類の歪んだ思想。終末の時を迎えた世界。
それらは全て転移前の世界の出来事だった。
異世界へ転移し帰還した者が記したという、その書。その人物はつまり自分たちと同じ世界にいたことになる。であれば、帰還方法を知っていたのなら、元の世界で色々とできることはあったのではないかと、ユウジは混乱に満ちた脳内で複雑な心境を匂わせた。
しかし、肝心なところについては何も語られていなかった。
そして最後に記されていたそれを見た時、ユージは最も驚愕した表情を浮かべた。
――著者 ニシモリ・ユウラ
「これは……母さんの名だ。どういうことなんだ……」
混乱に混乱を重ねたユウジの表情は酷く険しい。最早、何がどうなっているのかわからない。彼は頭を抱えて状況を整理しだした。
つまるところ、この薄い紙の束が示すものはみっつ。
結局、帰還の方法は分からないということ。それから、母親であるユウラは、元々こちらで暮らしていた異世界人であり、何かの拍子にあちらの世界に転移し、また戻ってきたということ。そして、この古臭い家も彼女の家であり、ここに暮らしているアナトやアスタルテという少女たちも恐らく無関係ではないということだ。
そしてユウジはまたひとつの疑念を抱いた。
「君たちはいったい、何者なんだ……?」