彼のいきつく所へ
つい勢いで叫んでしまった。
春香ちゃんは眉間にしわを寄せて周りを見渡したが、やがてこちらににっこりと笑顔を向けて坂を下ってきた。
「どこまで言えるかわかりませんが、手短に説明します。」
唐突に俺に何かを説明してくれるらしい。
無言で頷いた。
「私はもうこの世にはいません。義体に魂が入っているだけなのです。」
驚いたものの言葉を失うほどではなかった。
「その様子だと確証はなくても予測ぐらいはできていたといったところでしょうか。」
予想をしていたわけではないが、突然姿をくらませり誰も記憶がなかったりとおかしなことが続いたからな。
「そしてこれを仕向けたのは・・・。」
そこでフリーズしたかのように口を開けたまま動かない。
「やはりプロテクトがかかっていますね。話を変えます、私はこの辺りで殺害された南春香です。あなたと出会った南春香は、当時の私の記憶はなく新しい南春香として転校をしてきました。」
だから柳先生が言っていた殺害された南春香と俺の知っている春香ちゃんとでは性格が全く違ったのか。
おそらく記憶だけではなく性格まで操作をされたのだろう。
「また話を変えます。今私があなたの前に現れたのには理由があります。たくさんの人が集まってもし見つかってしまったら、プレゼントしたお守りを強く握りしめてください。」
沢山の人?見つかる?お守りを強く握りしめる?
何のことを言っているのかさっぱりだ。
ただせっかくくれたものだからとポケットにしまった。
俺がお守りをポケットにしまうのを見届けた後、春香ちゃんは坂の頂上の方を向いている。
「もう私を探さないでください。さようなら。ありがとう。」
そういって俺を勢いよく突き飛ばした。
俺は坂道のくぼみと反対側の茂みにしりもちをついた。
長い草や木々が無造作に生えており、春香の姿が見えない。
草をかき分けようと立ち上がった瞬間だった。
道路では見たこともない形をした大きな車が、春香ちゃんを猛スピードで跳ねて坂の下付近で停車した。
「春香の義体だと!?あいつはどうした!」
普段は静かなこの山が喧騒な雰囲気となる。
高長身でひょろりとした男は激しく車のドアを閉め、それに続いて次々と車を降りてくる。
車から降りてきた複数人のうち一人は見覚えがある、部活の顧問だ。
降りてきたやつらはこの坂道を捜索し始めた、間違いなく俺を探しているのだろう。
そっと息をひそめるかの如く茂みに隠れようとしゃがんだ。
ここでやり過ごすことが出来るのだろうか。
どこを探しているのか覗き見ようと体制を変えた瞬間、がさっという音とともに身体が凍り付くような感覚がした。
「今音が鳴ったぞ!」
怒声につられるようにして捜索していたすべての人間がこちらへ寄ってくる。
万事休すか。
こんな時はきっと過去の思い出が走馬灯のように脳裏に浮かぶのだろうが、今はそんな余裕などない。
間違いなく殺されるという恐怖と、どうやって抜け出せるかを考えるので精いっぱいだ。
手に武器などは持っていなさそうだが、春香ちゃんは引き殺されたところを見ると当然俺も無事ではないだろう。
死ぬ間際ぐらい恐怖心に浸るよりも良かった思い出を思い返したいものだ。
「そこにいるんだろ!隠れてないで出てこい!」
身体がビクッと反応する。
なぜこんなことになってしまったのだろうか。
抵抗したところで意味がないことぐらいわかっているので、大人しく立ち上がることにした。
「せめて俺のかかわりのない生徒だったら何も思うことなくヤレるのになぁ。」
いつものけだるそうな声で顧問は言い放った。
個人的には特に顧問に何も思うことはないし、恐らく向こうもさして俺に思い入れもないだろうと思いはしたが、無言で顧問を見つめる。
「お前が高杉晋平か。」
高身長のボスらしき男は確認するかのように俺に問う。
そうだと言うと、顔色一つ変えずにこちらを見つめている。
俺の返答を聞いたと同時に、その他の部下であろう人間たちが懐からナイフを取り出し俺に向けた。
【また話を変えます、今私があなたの前に現れたのには理由があります。たくさんの人が集まってもし見つかってしまったら、プレゼントしたお守りを強く握りしめてください。】
春香ちゃんが言った一言を思い出し、ポケットに手を突っ込んでお守りを出した。
「それをどこで手に入れた!!まさか春香か!」
高身長の男が何かを思うように春香ちゃんがくれたお守りを見つめている。
分からないが驚いている男を見つめると、グッとお守りを強く握りしめた。
その途端、どこかで聞いた大きなノイズに似た音が周囲に響き渡った。
その場にいた人間は全員しゃがみこんだ。
俺も例外なくその場にしゃがみ込み、耳を塞がなければいけない程大きな音のせいでお守りは落としてしまった。
しばらくして音は鳴りやんだが、ふと当時のことを思い出した。
記憶がなくなるのかと思ってそのまま茂みに隠れる。
音は鳴りやんだが俺には鮮明に記憶がある。
春香ちゃんのこと、誰かに殺されかけたこと、これまでの人生のこと、思い出せる範囲ではすべて覚えているような気がする。
「俺達はなぜここにいるんだ、春香の義体を回収して帰るぞ!」
長身の男の声が聞こえた。
なぜか俺の捜索はしないようで、春香の義体だけを回収してその場を去っていった。
もしかして俺を殺害する目的の記憶を消したのだろうか。
やはりあのノイズは記憶を消す何かしらの作用が働いているのだろう。
完全に車が去るのを見届けた後、帰宅することにした。
帰宅した後、牧田さんを家に呼び出した。
連絡をしたときは、えー晋平の家に行くなんて久しぶりだなー、なんてのんきなことを言っていたが、何かを察してくれたのかすぐ行くねと言ってくれた。
そして到着するな否や、牧田さんにすべてを話した。
「私には南春香って子の記憶がないけれど、晋平の言ってることが嘘でなければ何か危ないことに巻き込まれたのね。」
どう考えても妄想の世界のような話ではあるが、牧田さんは俺の周りで起きた出来事を信じてくれるようだ。
「それで晋平は特にケガとかなかったの?」
運が良かったのか擦り傷はあるものの、大きなケガなどはない。
「それは良かった、それで晋平はこれからどうするの?」
特に日常生活に支障がなければこのまま学生生活を続けるが、どうしてもやりたいことが出来た。
「俺はこの件をもっと調べたい」
複雑そうにこちらを見ている牧田さんだが、俺の意思は変わらない。
「私は反対だけどね、だってせっかく逃げ切れて脅威を脱したわけでしょ?それなのになんでまた危ない道を進もうとするわけ?私は晋平だからこそ、危なくない幸せな生活を送ってほしいと思うの!」
途中から声を荒げる牧田さん。
きっと自分自身が犯罪に巻き込まれたこともあるからだろう、俺を必死に説得してくれることに感謝を告げた。
「南春香って子は晋平を助けたくて自分の身体を犠牲にしたんだよね?もう探さないでって言ったんだよね?だったら普通の生活を送ろうよ。」
今度は今にも泣きだしそうだ。
でも記憶を消すことが出来たのであれば、俺自身の記憶も消してほしかった。
記憶を消さなかった何かがあるんじゃないだろうか、南春香は俺に何かを求めているんじゃないかと、そう思えてならない。
「俺は警視庁に入ってこの件を調べる」
少し涙目で俺のことを見つめた牧田さんだが、何かを決心したのか目をこすってもう一度俺の方を向く。
「なら私も手伝う!」
やめた方がいい、それこそ命を危険にさらす意味がない。
「私は晋平に救われて今生きてるの。だから今度は晋平を助けたいの!」
信念のこもった決意だ、俺では止められない気がして頷いた。
「まぁ警視庁に入庁するには相当勉強しなきゃだけどね。」
そう言って牧田さんらしい、いつもの笑顔でニコッと笑った。
どうしてこんなにも情熱を注げるのだろう、ほんの少し触れ合っただけなのに。
死んだ人間を利用して何かを企むあの男をどうしても許せなかったのかもしれない。
死んでいるとわかっていてももう一度あの笑顔を見たかっただけなのかもしれない。
ただやらなければいけない事は明確だ。
桜の咲き乱れた美しい景色を背に、警視庁と書かれたドアをくぐった。
end
学校編はこれにて終了です。
もっと細かく描写したい部分もありましたが、短編という位置づけですのである程度早い展開もありなのかなと思って執筆致しました。
この後は学校編を精査して修正を加え、もう1つ学校編にまつわるAnotherStoryを書きます。
書き終わった後は次の章へと移る予定です。
ここまで読んでいただけた方、ありがとうございました。
そして引き続き【いきつく所へ】シリーズを読んでいただければ幸いです。
それではまたお会いしましょう!