放送事故
「あーらどうしたのさ」
出ていく前とは一変した様子の俺達を見た牧田さんは、心配そうにこちらを伺っている。
どうしたもこうしたも全ては俺の段取りミスというか、女性経験のなさが出てしまった気がする。もっと春香ちゃんの気持ちを受け取るべきだった。
それから作業に取り掛かった俺達ではあるが、今までの和やかなムードから打って変わって気まずい雰囲気が流れていた。
気を遣ってか牧田さんが俺や春香ちゃんにいつもよりも元気よく、そして多くの話をしてくれる。反応の薄い俺達を相手にしている訳だからあまり会話も弾まないが。
「さーてと、そろそろ終わりにしますかね!」
そう伸びをしながら言う牧田さんを合図にして片付けを始めた。
いつものように帰路につく俺達だが、暗い夜道に鈴虫が空しく鳴いている。普段であれば全く気にしていなかった周りの音がとても大きく聞こえる。
牧田さんと別れる交差点に差し掛かった時だ。
「晋平さ、この後時間あるでしょ?」
「特別用事はないかな。」
「ならちょっと付き合いなさいよ。」
牧田さんお決まりの謳い文句だ。ただ今はその言葉に安堵を覚える。
春香ちゃんと別れる道はもう少し先ではあるが、挨拶をして牧田さんの家の方まで行くことにした。
「何があったのさ?」
出来事を正直に全てを話すことにした。
神妙な面持ちで話を聞いてくれ、話し終えてから牧田さんが口を開くまで間があった。
「んー春香ちゃんが望んだ事であればきっと喜んでくれる子だとは思うんだけどね。晋平もしかして早まった?」
「早まったとは?」
「ほら、あんなことやこんなことを迫っちゃったみたいなさ。」
俺にそんな度胸などない。表情を読み取ったのか牧田さんはクスっと笑って見せた。
「嘘よ嘘、晋平はそんなことしないってわかってるから!でも帰ってきてからの春香は確かに何か変だったし、体調でも悪かったのかもね。それよりもさ、うちに寄って行かない?」
「そういえば最近おじゃましてなかったな。こんな時間から押しかけて迷惑じゃないのか?」
「むしろ来てくれた方が家族はとっても喜ぶと思うよ!」
いつからだろう。恐らくお互いが成長してしまったからか、かなり疎遠になっていたな。前は良く遊びに行かせてもらって良くしてもらっていたのが懐かしい。
牧田さんの言葉に甘えさせてもらい、久しぶりの牧田家へお邪魔することになった。
「あーら晋ちゃんいらっしゃい!もう来るなら来るって早く言ってよね!」
「すみません牧田さんのお母さん、ご迷惑でしたか?」
「ぜーんぜんよ。むしろ大歓迎!でも来るって知らなかったから普通のおもてなししかできないわよ。」
間違いなく牧田さんの性格はお母さん譲りであろうと昔から感じてはいたが、改めて会うとやっぱりそうだろうなと思った。
俺が来たことを快く受け入れてくれた牧田さんのお母さんは、メニューは変更ねとか、ジュースはあったかしらとか、せわしなくキッチンの方へ消えていった。
「私の部屋で漫画でも読もうよ!」
「いや、遠慮しておく。リビングで大丈夫だよ。」
「晋平もしかして私を意識してるのかしら?」
そんなはずはない。と思ってみたものの確かに気恥ずかしさはある。もう良い年の男女なわけで、そう易々と女の子の部屋に入るわけにもいかない。
「お父さんや純君ともお話ししたいしね。」
「ふーん。まぁいいけどさ!お父さんはまだ帰ってきてないよ。おーい純!晋平が来たよー!」
遠くから今行くーと返事が聞こえた。純君がまだおむつを付けているころから知っているからか、俺にとっても弟のような存在だ。牧田さんと同じで人懐っこくとても明るいだ。
しばらくすると自分の部屋から降りてきた純君と挨拶をし、牧田さんのお母さんがキッチンからご飯が出来たから食べていきなさいと言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
「ごめんね晋ちゃん、お父さんは帰りが遅いみたいなの。」
「いえ、お忙しいでしょうからまたの機会に挨拶させていただきます。」
「ささ、いっぱい召し上がれ!」
いただきますの合唱を合図に、牧田さんのお母さん特性のハンバーグを頂くことにした。
色とりどりに並んだご飯はどれも美味しそうで、どこから手を付けるか悩んでしまうほどだ。俺の母も料理は上手い方だが、見栄えは間違いなくこちらに軍配が上がる。
とても暖かな家庭だ。昔から変わらない誰もが笑っていて話の尽きない団欒。
純君も見ないうちに大きくなり、色々な笑い話を提供してくれた。
「朱音なんてさ、いーっつも晋平が晋平がってうるさいのよ。」
「お母さん!私そんなに晋平の話なんてしてないもん!」
「お母さんの言う通りだよお姉ちゃん。晋平兄ちゃんの話をする時すっごく嬉しそうだもんね!」
「純一までそんなこと言って!あとでお尻グリグリの刑だからね!」
「お姉ちゃんこわーい!」
「朱音にとって、晋ちゃんはヒーローだもんね。」
牧田さんのお母さんがそう言うと、みんなが黙りこくった。
牧田さんが俺の話を今でもしているなんて意外だ。確かに牧田さんにとってはヒーローなのかもしれないが、かなり昔の話だしきっと忘れたい過去なはずだ。
「あれー朱音?もしかして恥ずかしがってるの?」
牧田さんをそのまま年を取らせただけのような牧田さんのお母さんは、雰囲気を察したのか意地悪そうに笑いながら牧田さんの顔を見る。
「もうお母さん!おちょくらないでよ!」
そう言って、また笑顔の絶えないご飯は続いた。
「お邪魔しました。」
「お邪魔だなんてとんでもない!またいつでも来ていいのよ!」
牧田さんのお母さんは優しく笑うと俺に手を振ってくれている。
「またねー晋平兄ちゃん!」
「またね純君。」
久々に楽しいひと時を過ごせた気がする。また近いうちに遊びに来ようと近い家へと帰ることにした。
あれから暫く経ったものの春香ちゃんとの関係は今一つだ。特別何かが悪いわけではないのだか、今までのように屈託ない笑顔を見せることも少なくなった。
牧田さんが一度、春香ちゃんに体調が悪いのか聞いてくれたのだがそういったわけでもないらしい。
そんな日々が続いたある日、春香から意外なセリフが出た。
「もう一度あの景色を見たいです。」
正直俺は耳を疑ったが、真剣な眼差しでこちらを見つめていることから聞き間違いではないのだろう。
牧田さんに事情を説明し、快く了解してくれたことに感謝をしつつまたあの坂道を目指した。
どれだけ無言の時間があっただろう。蛙が田んぼから威勢良く鳴いており、辺りは立派に育った稲穂が並んでいる。
ただこんな状況で景色を楽しむ余裕はなく、ただひたすらに目的地を目指して歩いた。
到着するなり景色を眺める春香ちゃんは、何か思うことがあるのか口を開こうとはしない。
こちらから話しかけるべきなのかと考えているうちに、こちらに体の向きを変えて口を開いた。
ただ口は空いたままで何も言葉を発さず、少し困った顔をしている。
少しして口を閉じたが、再び口を開けて今度は話しかけてきた。
「晋平君、アクセサリーお好きですよね?」
よく見ているな。鞄にはいくつかのアクセサリーを付けているのだが、見えないように鞄の中にしまうように取り付けている。
「そうだね、お土産とか貰いものばかりだけどつけてるよ。」
「そうでしたか。もしよかったらこれを貰ってくれませんか。」
そう言って差し出してきたのはお守りだった。
少しほつれが見て取れる。手作りなのだろうか。
「ありがとう。大切にするね。」
「良かったです。」
久しぶりにあの太陽のように眩しい笑顔を見せてくれた。
正直俺は安堵した。嫌われていなかったんだなと思うと同時に、考え過ぎだったのかなとも思った。でもなんでお守りなんだろうか。
今は一旦聞かずに、先ほどとは見え方の違う本当に美しい景色を堪能することにした。
「あーら仲直りしたのかしら。」
「別に喧嘩してたわけじゃないと思うんだけど。」
「そうですね。すみませんでした。」
「いやいやこっちこそごめんね。」
目を細めて笑う牧田さん。でも何かを言ってくるそぶりはなさそうだ。
こうして春香ちゃんとも今まで通りの関係地に戻り、学園祭の準備が進んでいった。
そして待ちに待った初めての学園祭が始まった。
古臭い校門はちょっとばかりおめかしをしており、華やかな雰囲気が校内から漂ってくる。
クラスの出し物は特にやることがないので初めに各クラスの出し物を見て回り、ご飯を挟んで体育館で行われる有志バンドを聞きに行くことにしている。
「すごいですね!みんな生き生きとしていて楽しいです!」
「そうだねーみんな気合入っててなんか面白いね!あ、春香!こっちでケーキ食べれるよ!」
「美味しそうですね、行ってみたいです!晋平君は甘いもの平気ですか?」
「大丈夫だよ。」
「なら決まりだね!レッツゴー!」
洋輔はクラスの出し物の係があるそうでご飯を食べる約束はしている。それまでは春香ちゃんと牧田さんで色々見ることになった。
入ったのは喫茶店の出し物なのだが、女の子のウエイトレス姿にビックリした。
フリルの付いた程いい丈のスカート、普段学校では見られないような少し胸元の空いたドレスは男子生徒の注目の的だ。
「なーに鼻の下伸ばしてんのよ。」
「晋平君はああいう格好がお好きなんですか?」
「な、なに言ってんだよ。鼻の下なんて伸ばしてないし、見慣れない格好だなと思って見てただけだよ。」
「ふーん変態め!」
俺も健全な男子生徒だ見て何が悪い!と言ってやりたいところだが、もちろんそんな発言はできない。
牧田さんに何を言われるかわからないし、春香ちゃんがどう思うかもわからない。そんなリスクを冒す発言ができるほど、俺は勇者ではないのだ。
みんなでケーキと紅茶を注文し次はどこへ行こうかと相談をした。
「まだまだ時間はあるからね。順番に見て回るしかないね。」
「私は放送のお手伝いをしなければならないので、ご飯を食べたら皆さんとはお別れです。」
「あらそうなの?春香ちゃんは声も良いからねー!」
「そんなことないです。上級生の方からとても熱心にお誘いいただいたのでつい断れなくて。」
「なら出来るだけ見て回ろう。」
「はい!何があるのかワクワクしますね。」
俺は春香ちゃんと一緒に回れることにワクワクするよ。もちろんこれも言えないが。
程なくして喫茶店を退出し、ゲーム、お化け屋敷、科学部のマジックショーなどいろいろな出し物を見て回った。
牧田さんと春香ちゃんは変な気を遣わなくて済むので、楽しいあまりにあっという間にご飯時となった。
俺達を見つけられずに彷徨っていた洋輔も合流しみんなでご飯を食べたところで、春香は仕事があると言って放送室へと向かった。
俺達も生徒のほとんどが集まっているのではないかというほどごった返した体育館に着くと、クラスメイトが舞台に立って演奏の準備をしていた。
「すっごい人気だね。」
「先輩がバンドのプロ契約をするとかどうとかでみんな聞きに来てるんじゃないか?」
「洋輔はそのあたり詳しいよな。」
「もっちろん!学校にまつわる話はこの耳に入ってくるんだぜ!」
あと少しで公演が始まるであろう時、校内放送の合図音が鳴った。
「春香かな?」
そう言った牧田さんの期待とは裏腹に何も聞こえてこない。
そして体育館にいる生徒がなんだミスなのかとザワザワした次の瞬間だ。
とても大きなノイズのような、超音波のような音が学校中に響き渡る。
「何なのこれ。」
耳を塞いでいなければ倒れてしまいそうなほどで、しゃがみこんでいる生徒も見受けられる。
俺も鳴り響く雑音に耐えられなくなり目をつぶってしゃがみこむことにした。
どのぐらい鳴り響いていただろうか。耳に残った音のせいでスピーカーから発する音が終わっていたことに気づかなかった。
「何だったんだあれ?」
「わからんな。放送の先生が操作ミスでもしたんだろ。」
演奏開始予定から少し経ってしまっていたこともあり、準備を終えたクラスメイトが気を取り直した後、演奏を開始した。




