距離感
話はここから変化を迎えていきます。重要な分岐点といったところでしょうか。
ほのぼのした日常からどう変化していくのかをお楽しみいただければと思います。
また、今回から改行の使い方を変更致しました。以前読んでくださった方からのご指摘の通り、変更したほうが少しは読みやすくなったかなと満足しております。ご指摘ありがとうございました。
ほかにも気づいた点がありましたら、何なりとお申し付けください。
喧騒な生活がしばらく続いたが、人間、慣れというものは恐ろしいのもである。
春香との関係も周囲があまり気にならなくなったのか、以前ほどあーでもないこーでもないと言った雑音はなくなった。それでも一部女子達は、あてもない噂が好きなのか、クールぶってる高杉君が南さんを毒牙にかけた、とか、肉食系なのかな、とか、時折耳にする言葉に反応してしまう。
「晋平さ、春香とはどうなのよ?」
「どうもこうも特別何もないさ。」
相変わらず元気そうに話しかけてくる。
「そうは言っても女の子達はあんたの話でもちきりよ。」
「それは光栄だね。」
「何もないだなんて、おばさんとしては物足りないなぁ。」
「牧田さん、おばさんって年じゃないでしょ。」
「そりゃまだピチピチですとも!」
「それは良かったね。」
「冷たい反応だなぁ。一部の女の子からは、密かに高杉君を狙ってたのに付け入るスキがないわ、なーんて声も聞こえるというのに。」
「またまた御冗談を。」
まさか俺のことを好意に思っていてくれる子がいるなんて思えない。特段女の子と話すわけでもないし、見た目も特別良いってわけでもない。
「そんなことよりさ、ちょっと付き合ってよ。」
「どこかに行くの?」
「先生に頼まれごとされちゃってさ。」
聞くところによると、掃除のおじいさんに渡してほしい書類があるそうだ。お昼ご飯を食べ終わる頃には帰ってしまうそうで、このタイミングで教室を出ればまだ間に合う。
牧田さんに連れられて探してはみるものの、どこを掃除しているのか見当もつかない
「あれー?おかしいわねぇ。いつもならこの辺りにいるのに。」
「おじいさんとは知り合いなのか?」
「おじいさんって。柳先生よ。たまに外でお話をするぐらいかな。」
あまり接点のない先生の名前は正直覚えておらず、柳先生の存在に関しては初めて知ったぐらいだ。
「あ!いたいた!」
そういって勢いよく走りだした牧田さんの後を追う。
「おー牧田君だね。お隣は彼氏さんかな?」
「柳先生は相変わらず冗談がお好きなんですね。」
「そんなことはないよ。良くお似合いだなと思って聞いてみただけさ。」
既に定年を迎えているであろう柳先生は、腰が折れ曲がり、見た目は俺の半分ぐらいの背丈しかなさそうだ。とても人相の良さそうな顔をしていて、優しい眼差しをこちらに向けている。
「初めまして、柳先生。高杉と申します。彼氏ではありません。」
「高杉君というのかね。初めましてだね。この学校に勤めてもうどれだけの月日が経ったことだろうかのぉ。」
「はいはいその件はもうたくさん聞きましたよ!先生にこれをお渡ししたくて。」
そう言って一枚の茶封筒を手渡した。
「わざわざすまないねぇ。」
「いえ!気分転換に外に出るのは良いことですし!先生とは中々お話しする機会ないですからね!」
「私が帰るころには皆さんはまだ授業を受けているからね。」
「なんでそんなにお帰りが早いんですか?」
「私は臨時職員という立場で授業を受け持っているわけでもないから、やることが終わったらすぐに帰るんですよ高杉君。」
「掃除だけだとお昼過ぎにはやることなくなってそうですもんね!」
「そうなんだよ。だからほら。」
そう言って先ほど渡した封筒を破り、中身を見せてくれた。
「これって。」
「私の給与明細だよ。今どき紙でくれるのも珍しいものだよね。」
「私達が見ていいものじゃないですよ!先生!」
「いいんだよ、特に隠しているわけではないからね。」
金額で言えば、恐らくこの給与だけで生活していくのは難しい。
「それに私にこんな大事な書類を渡す先生方もどうかしてるわ。」
「それだけ牧田君のことを先生方が信頼しているからだよ。きっと中身を見ることもないだろうし、なくすこともないという、厚い信頼の証さ。」
「そうだとしてもあまりいいことではありませんよね。」
「まぁそう固いことを言うもんじゃないさ。私が生徒に持ってきてもらうように頼んでいるのさ。そうでもしなければ、生徒の皆さんと接点ができないからね。」
「なるほど、特に隠しているわけでないなら、先生からしたらいい口実ってことですね。」
「ご名答だよ牧田君。こうやって若い世代と話をして、私自身が元気をもらっているというわけさ。」
確かに柳先生の世代であれば、孫がいるか、こういった仕事をしていなければ若い子と話をすることはないだろう。きっと先生は子供がお好きなのであろう。だから決して高くないお給料でも、こうやって生徒たちの為に役に立つ仕事をしているに違いない。
「それと柳先生、のこぎりを貸してほしいの。」
「もうそんな時期か。早いのぉ。」
「何に使うの?」
「学園祭があるから、大道具作りで使うって言ってたじゃない!」
「あらそうだっけ?」
「しっかりしてそうで案外話聞いてないよねー。」
「すみません。」
そんなやり取りを柳先生は微笑ましそうに見つめていた。
「工具はこっちだよ。」
少し歩いた校舎の裏側に小さな小屋のような建物があり、その中へ柳先生は入っていく。しばらくすると、片手で扱えるほどののこぎりを持ってきた。
「ほれ、使わなくなったら返しに来てな。」
「ありがとうございます柳先生!」
「さてそろそろ授業ではないのかね?」
「あ、次は移動もあるんだった!急ご!」
牧田さんが柳先生にまた!と挨拶をし、教室の方へかけていく。俺も先生に一礼した後、牧田さんの後を追った。
休みを挟み、学園祭期間として部活動はすべて休みとなった。
それぞれの係は授業が終了してから作業に取り掛かり、俺と牧田さん、春香ちゃんで大道具を作ることになっている。
「なーんで私がこんな力仕事をしなきゃならないのかね晋平君よ。」
「牧田さんが、晋平と一緒の作業でいいからとか適当な返事するからでしょ。」
「まさか大道具係だとは思わなかったわけですよ。はい。」
「いいじゃないですか。みんなで力を合わせればきっと素敵なものが完成しますよ。」
「まぁ春香の言う通りかー。仕方ないからやりますか!」
かくして俺達は、作成に取り掛かるのである。が、思いのほか重労働ということもあり、作業は中々進まない。
日も暮れてきたころ、クラスメイトは各々帰宅をはじめており、小道具係が帰るというので挨拶を済ますと、教室には俺達しか残っていないことに気が付いた。
「ついに私達だけになっちゃいましたね。」
「ほんとだー!作業に集中しすぎて気づかなかったわ!」
「さっきまた明日って言ってたの聞いてなかったのか?」
「ぜーんぜん。謝っとかないと。」
「そろそろ俺らも帰るか?」
「私はもうちょっとでキリがいいからまだかな。晋平と春香は気にせず帰ってもいいよ!」
「せっかくですから私、手伝います。」
「俺も。みんなで帰った方が楽しいからな。」
「あら晋平、春香とふたりっっっきりで帰るチャンスなのにいいのかしら。」
いつも通り小悪魔のような笑顔でこちらをニタニタ笑っており、春香ちゃんは少し俯いてもじもじしているように見える。
「みんなでやりましょう。朱音ちゃんにだけ任すのは申し訳ないです。」
「そうそう春香ちゃんの言う通りだ。これは俺たちの作業なんだから。」
「わかったわかった。そう熱くなりなさんなって。ありがとね。」
熱く語ったつもりはないが、恥ずかしさもあったのか、いつもより感情的に返答してしまったようだ。そして春香ちゃんは、また俯いている。
程なくして作業は終わり、俺達は帰ることにした。
辺りは真っ暗で、つい最近まで明るかったのにとか思っていると、牧田さんが俺達とは別方向へ行く交差点まで来ていた。
「まったねー!」
「朱音ちゃん気を付けて帰ってくださいね。」
「大丈夫よー!あんがとね!」
スキップをしながら帰っていく牧田さんの背中を見えなくなるまで見送り、俺達も家の方へと歩いていく。
「結構疲れたね。春香ちゃんは大丈夫?」
「平気です。皆さん頑張ってますし、私ももっと頑張らないと。」
「ごめんね、牧田さんに巻き込んたとはいえ、自分が大道具なんてやるから。」
「晋平君のせいじゃありません!私は晋平君と朱音ちゃんと作業出来てうれしいです。」
少しこそばゆい気分だ。春香ちゃんは満足そうに笑顔をこちらに向けている。
「それならいいんだけどね。無理して体調とか崩さないようにね。」
「ありがとうございます。晋平君は優しいですね。」
「そ、そんなことないさ。不慣れな生活だろうしストレスもきっとあるだろうからさ。」
「私は生活にだいぶ慣れましたよ。でもたまには息抜きしたいかもです。」
息抜きか。確かに俺も疲れたし、息抜きはしたいかもしれない。これは春香ちゃんとどこかへ出かけられるチャンスかもしれない。
「春香ちゃんはどこか行きたい場所あるの?」
「んーそうですね。街は賑やかでいいかもですが、それは私が来たことろと一緒ですし、出来ればきれいな景色とかみたいですね。」
「景色ね。思い当たるところがあるから一緒に行かない?」
「え?いいんですか!うれしいです。」
そう言って満点の笑みを浮かべた。俺からすれば、景色より春香ちゃんの笑顔をずっと見ていたいが、もちろんそんなことは口が裂けても言えない。
「なら日が暮れる前に少し教室を抜けよう。」
「わかりました。ではまた!」
「じゃあね。気を付けてね!」
「はい!」
日が暮れるのが早くなってきているから、授業が終わったら早々に抜け出すとしよう。
約束をしたことに妄想を膨らませたせいか、あまり寝ることが出来なかった。授業中は眠くて仕方ないが、寝て評価を落とすようなことはしたくない。
うまく誤魔化しながら授業を終えた後、牧田さんが元気そうな姿で駆け寄ってきた。
「晋平は今日も残れるの?」
「ああ。ただちょっとだけ抜けてから、戻ってくるよ。」
「あらそうなんだ。なら春香と作業しておくね!」
「ごめんなさい朱音ちゃん。私も用事があって、少し抜けます。また必ず戻ってきますので。」
「あらぁー?同時にいなくなるんだねぇ?どんな予定かお姉さん聞いちゃってもいいのかしら。」
「それは・・・。」
「嘘よ嘘!さっさと用事済ませて戻ってきてよねー!あ、長引きそうならお姉さん捜しに行っちゃうからねぇ。」
そう言ってニヤッと笑った牧田さんにお礼を言い、俺と春香ちゃんは学校を後にした。
「どこへ行くんですか?」
「たまたま部活中に見つけた場所があってね。すごくきれいだったから見せたくて。」
「楽しみです!」
「ちょっと遠いけど平気かな?」
「もちろんです!」
見慣れた田畑を左右に見ながら、いつもの勾配な坂を目指す。普段であればあまりいい気のしないこの道も、今はすごく色鮮やかに感じる。
他愛もない話をしながら道を進んでいき、気が付けば坂の手前までやってきた。
「ここの坂を上りきる手前あたりにちょっとしたスペースがあるんだ。」
声をかけたつもりだったが、聞こえていないのだろうか。
「春香ちゃん?ごめんね疲れた?」
「い、いえ、大丈夫です。行ってみましょう。」
どうやらぼーっとしてみたいで、聞いていなかったようだ。
くぼみのあるスペースへたどり着き、腰を下ろす。
「とっても綺麗な景色ですね。」
そう言って笑ってくれる春香ちゃんだが、本人は気づいていないのか、いつものような屈託ない笑顔は、そこにはなかった。
あまり気に入らなかっただろうか。確かに道のりは長かったし、疲れてしまったのだろう。そもそも疲れを癒してあげる為に景色を見せたのに、辿り着くまでに疲れさせては本末転倒というものだ。
「ほんとにごめんね。あんまりだったよね。」
「い、いえ!連れてきてもらえて嬉しいです。」
そこから会話はあまりなく、沈みゆく太陽を眺めて黄昏るしかなかった。
物語は少しずつ変化をし、次回からは佳境を迎えていきます。
終盤に差し掛かってきてはいますが、今後ともご支援いただければ幸いです。
それではまた次回お会いしましょう!






