白虎と白兎に名前をつけましょう!
「どうしよう…」
メアがギルに尋ねた。
「はぁ…。仕方ないだろ」
ギルは呆れている。
どうやら2匹を引き離すという選択肢が彼らの中からすっかり無くなったようだ。
あれから泣き続ける2匹に耐えきれなくなった神々はギルとメアに任せそれぞれの国へと逃げるように帰っていった。
残された2人は取り合えず2匹が泣き止むのを待とうと思っていた…が、一向に泣き止む気配がなかった。
泣き続ける2匹…。
一体どのくらいの時間が過ぎただろう。
2匹にこんな泣き続けるだけの体力があるのかと不思議に思ったギルとメア。
「大丈夫だよ。引き離したりしないから」
メアが優しく話しかけてみる。
2匹は泣き止んではいないものの少し大人しくなった。
メアが言っていることを理解したのか、漸く2匹は泣き止む。
けれど、一時も離れようとはしない2匹。
特に白兎の方は白虎にぴったりとくっついている。
一瞬でも離された事が相当嫌だったのだろうか…。
引き離すことを諦めた2人はある事に悩み始めていた。
「一緒に育てるって事はメアが俺の国に来るか、俺がメアの国に行くか…」
「え…。メアはギルの国に行けないよ?」
「…。ん?なんで?来れるだろ」
「いやだ!絶対無理っ」
「ちょっと待て!」
「だって…使える能力が違うでしょ…」
「???」
「だからね、闇の力を使う人達がたーくさんいる中で対抗できないメアの能力に居場所なんてないよ?」
「………しょうがないか。なら俺がそっちに行くよ」
こうしてギルはViolaに帰ることを諦めたのだった。
ギルは心の中で(俺がいるから大丈夫なんだけど…)なんて思ったりしていたが口にはしなかった。
きっと他の神々がメアの立場でも同じ事を言っただろう。
Violaはそれほどまでに周りから恐れられている国なのだ。
そんなこんなで結論を出した2人は2匹に魔法をかけて浮かせた。
抱き抱えてまた泣かれるのは御免である。
2匹揃って浮かせてしまえば引き離すこともなくスムーズに連れて行ける。
宙に浮いた2匹はとても満足げにしていた。
浮かせた2匹にメアは守護の魔法を加える。
"虹の奇跡"から出ればいくら神が側にいるからといって、必ずしも安全とは言えないのが神界なのである。
「一応、守護魔法かけたけど私たちからは離れないでね!」
メアは笑顔で2匹に告げる。
守護魔法によって薄い膜が2匹を包む。
「…キュゥゥゥ♪」
「…ヴァン♪」
2匹共はじめて見る魔法に上機嫌である。
「俺もいるし、襲ってこないだろ」
「それもそうだね!」
「何笑ってんだよ!」
「いやぁ…飛獣達からも怖がられるなんて可哀想だなぁってね!」
「…覚えてろよメア」
「ギルが怒った!」
こんな会話を交わしながら飛行魔法をお互い使い2人は2匹を"虹の奇跡"から外へと連れ出した。
飛行中はメアが先頭になりRosaへ向かう。
メアのすぐ後ろには2匹が浮いていて、その側にはギルがいる。
「…あんまりいないな」
「飛獣?」
「これなら早めに着けるんじゃないか?」
「そうだね!」
"虹の奇跡"から出て北東部に位置するRosaは距離的には近いため、飛行時間が短くて済む。
Rosaの国が見えてきた時、目の前に龍が現れた。
龍がこちらをじっと見つめている。
どうやら神相手に2匹の小動物を奪おうとしているようだ。
龍の体格は神よりも遥かに大きい為、襲おうと思えば襲える。
だが、今回は相手が悪い。
こっちには飛獣をも恐れるギル・ロアートがいるのだ。
そんなことを知るよしもない龍は真っ向から向かってくる。
瞬時にメアの前へと立ったギルは体勢を整え、静かに闇の魔法を龍へと放つ。
桁違いの力が龍へと向かう。
まるで襲われている立場が逆なのではないかという程だ。
これはこれで龍が可哀想である。
ギルは敢えて手加減せず急所となる場所に撃退出来る程の魔法を一撃だけ放ったのだった。
「俺に歯向かうなんていい度胸してんじゃん」
ギルは恐ろしいほどに満面の笑みである。
そんな彼の一撃をまともに喰らった龍は身動きが取れなくなり悲鳴をあげる。
「あーぁ、これはいくらなんでも可哀想なんじゃ…」
メアはとても呆れていた。
「しょうがないんだから…」
メアがギルの前に立ち龍に向かって癒しの回復魔法をかける。
すると龍はみるみる内に体力を回復させていく。
「…なんで回復させてんだよ」
ギルは不服そうに呟いた。
「だって可哀想だよ?ギル、手加減してあげてなかった!」
「龍に手加減なんかいらないだろ!」
「そこ優しくない!ギルのダメなところ!」
「だって龍…」
「龍だって生きてるんだよ?」
「…お、おぉ」
メアは優しい顔をしてギルを黙らせる。
こういう時のメアはとても強いようだ。
能力の力では圧倒的にギルの方が上であるものの、メアのこういった部分には敵わないのである。
回復魔法により体力を戻した龍は、ギルの顔を見るなり直ぐに逃げ出したのだった。
その様子を一部始終見ていた2匹は大はしゃぎである。
そんな2匹を見ていたギルは心の中で(案外強くなるかもしれないな…。)なんて思っていた。
その後は襲われることもなく無事にRosaへと到着。
Rosaはメアが暮らす『癒し』の神国である。
この国の多くは女性であり男性の割合は低い。
『癒し』の能力は戦闘にはあまり向いていない為か、自然と女性が増えたのである。
この国で生まれた男性も一通り能力を身に付ければ、冒険者となったり強い力を求めて別の国へと向かう者が多い。
小動物の2匹を育てるには環境的にもとても善い場所である。
国に戻って来たメア達を待っていたのはメア・プラティーナの御世話を仕事としている従者達であった。
「「お帰りなさいませ、メアお嬢様。ギル・ロアート様。御無事で何よりです」」
2人の従者が出迎えた。
「あれ?どうしてギルが来ることモモとハルが知ってるの…?」
「先程フレイア様がこちらに寄られ、教えくださいました」
ハルが応えた。
「奥のお部屋にお茶菓子が御座いますので、ご寛ぎください」
そうモモに言われメア達は奥へと向かった。
目の前にはメアとギル用のティーカップとたくさんのスイーツが並べられている。
その光景に2匹が目を光らせた。
守護魔法を解き2匹を地上へと降ろす。
2匹は少しガッカリしていたが、スイーツを見せると上機嫌になったのであった。
まだ生まれたばかりの赤ちゃんであるため、量はあまり与えずスイーツだけ早めに下げさせた。
物足りないと言わんばかりの顔をする2匹。
「ごめんね。もっと食べたいよね。でもたくさん食べて吐いちゃうと苦しいから我慢してね」
メアが2匹に向かって話しかけた。
「そうだ!この子たちの名前決めようよ!名前!」
「あー。そういえばまだ決めてなかったな」
今まで気づかなかったが、白兎の毛はうっすらピンク色だ。
そんなふわふわな白兎を見たメアは考え込む。
「かわいい名前がいいなぁ。何がいいかなぁ?」
「俺に聞かれても…」
「あ!白虎くんの名前はギルが決めてね!」
「おい、人の話を… え、俺も決めるの?」
「そうだよ?白虎くんはギルに懐いてるから」
「まじか…」
ギルは困った。
「ねぇ、ギル。ラビとかは…」
「まんま過ぎだな」
「そっかぁ…。そうだよね…。うーん…」
メアはふと飾られているティアラに目を向けてみた。
「…ティアラ。…ティア!」
白兎が寄ってきた。
「お?気に入ったみたいだな」
「この子の名前、ティアにする!」
「いいんじゃない?気に入ってるみたいだし」
メアもティアも嬉しそうだ。
一方ギルは悩む。
「うーん。名前か…。名前だよな」
意外と思うように浮かばない。
「…なぁ、俺の何が良かったんだ?」
白虎は首を傾げている。
普段、動物から恐れられているギルには分からなかった。
何故自分が好かれたのか。
「俺の名ギル・ロアートからとってロアはどうだ?…ロアは嫌か?」
白虎は尻尾を振りギルに飛びつく。
この反応には予想外だったのかギルは目を丸くして驚いていた。
そんなギルの姿を見ているメアはとても楽しそうだった。
こうして2匹の名前が決まり、メアとギルはティーカップにアールグレイのミルクティを注いだのだった。
「「メアお嬢様、ギル・ロアート様、ティア様、ロア様、御食事のご用意ができましたのでこちらへどうぞ」」
ハルとモモが出迎える。
「さっきも思ったけど、お嬢様って呼ばれてんだな」
ギルは不思議そうに言う。
「メアは一応この国の主だもん!」
メアは膨れている。
「あー、何か分かったわ。お嬢様って呼ばれる訳が。"だもん!"って言ってる感じが子供みたいな」
「失礼な!!!」
メアはギルにキレる!
「ハル!ギルには食事も部屋も与えないで!!」
相当気にさわったようだ。
「はい。畏まりました、メアお嬢様」
従者であるハルは顔色ひとつ変えず応える。
「…ん?え、嘘だろ」
ギルはとても驚く。
「ギルのバカ!!」
メアはティアとロアを連れて先に走っていってしまったのだった。
取り残されたギルは横にいるメアの従者であるハルに声をかける。
「俺が悪いの?」
「お嬢様のお気にさわってしまったご様子ですが、ご心配には及びません。お嬢様はお優しい方でございます」
そうギルに伝え、ハルは廊下の先にある部屋へと腕を真っ直ぐ伸ばした。
その腕の先には扉を開けてメアがこちらを見ている。
「ギルも一緒に食べよ?」
「……。…はぁ」
呆れている。
ギルは走ってメアの元へ行くとメアの頭を軽く叩いた。
「びっくりさせんな!」
きっとギルの国で同じようなことをされればこの程度では済まないだろう。
だがここはRosaである。
メアが国の主なのだ。よってギルはメアには逆らえない。
だからこの程度で済んだのだろう。
そしてメアとギルは神の中でも仲が良い2人なのである。
そういった関係だからか2人にとっては、ほんのお遊びなのであった。
食事を済ませ用意されたギルの部屋へと向かう途中、ふとメアがぼやいた。
「ティアとロアは一緒に寝かせるんだよね?」
「俺の部屋よりメアの部屋の方がいいんじゃないか?広いだろ?」
「それはそうだけど…」
「俺、今日の報告をViolaにしなくちゃなんないし、他にも書類とか片さなきゃやばいからロア達の面倒みれる気がしない」
「わかった、私の部屋で寝かせる」
「遅くまで起きてるから何かあったら呼んで」
メアとギルは廊下で別れて各々の部屋へと入っていった。
「ここが私の部屋だよー!広いから眠くなるまで遊ぼっか!」
メアはティアとロアを魔法で宙に浮かせた。
2匹はとても楽しそうに動き回る。
その間に従者であるモモを部屋へ呼び、遊び回る2匹を気にしつつ今日の報告書をざっくりまとめる。
その報告書に魔法をかけたメアは、モモに書類を渡し、後の作業を任せた。
普段書類に魔法はかけないが今回は特例である。
2匹が部屋にいるため出来るだけ仕事を減らしたいと思ったメアが、今日の出来事全てを映像にし報告書を読む者にだけ見えるようにしたのだ。
この国で報告書を読むのは従者であるハルとモモのみである。
そのため、モモに映像化した書類を持たせた。
その後はモモとハルによりその報告書の映像は文字化され、"虹の奇跡"へと運ばれるのだ。
部屋の中で遊ぶティアとロアは、メアの真似をして遊び始めた。 どうやら魔法をかけるメアを真似してるようだ。
真似事が面白いのか、一向に寝る気配がない。
そんな様子を見ながら(もう少ししたらティアとロアに魔法教えようかな…)なんて思うメアであった。
一方ギルはというと大量の書類に負われていた。
「…終わらねぇ」
自国ならば従者に手伝わせる仕事でも、ここではひとりでやらなくてはならない為に余計に時間が掛かる。
「あ"ー、帰りてぇ!!」
つい本音が出てしまう。
そんな時だった。
ーコンコンッ
扉を叩く音が聞こえる。
「ギル・ロアート様、少しよろしいでしょうか」
ギルの肩が跳ねる。
ゆっくり扉を開けてみると目の前にはハルが立っていた。
「このようなお時間に申し訳ございません。メアお嬢様からギル・ロアート様の手伝いをするよう言われて参りました」
「メアの奴…。手伝っていただけるのであれば、こちらとしても助かります。でも…」
「ご心配には及びません。我々は他国の情報に興味は御座いませんし、情報を漏らすような行為は決して致しません」
「メアの従者だから漏らす事には心配してないけど…ただ、貴女はメアの従者だからメアに付いていた方がいい」
「メアお嬢様にはモモの方が付いておりますので問題は御座いません」
「…分かりました。じゃあお願いしようかな」
「どの作業をお手伝い致しましょう」
「じゃあ報告書類が幾つかあるからそっちをお願いしたい」
ギルはそう言うと書類の束に魔法をかける。
この魔法はメアが使った魔法と同じだった。
「こちらの書類ですね。畏まりました」
ハルはギルから受け取った書類を慣れた手つきでさばいていく。
その姿にギルは感心していた。
「ひとつ聞いてもいいかな?」
「どういたしましたか?」
「メアの親、この屋敷に居ないみたいだけど…」
ハルの手が一瞬止まったけれど直ぐにまた動く。
「奥様と旦那様は、メアお嬢様が幼い頃に姿を消し今もまだ行方が掴めておりません」
「え…?」
「メアお嬢様は奥様と旦那様が行方を行方をくらましてから1度もご家族の事はお話になりません。ですので申し訳ございませんが私が話せることは何も御座いません」
「いや、俺こそ聞いて悪かった。気にしないでくれ」
「メアお嬢様の事を気にかけてくださり、ありがとうございます」
「いや…」
その後2人は黙々と貯まっていた書類を片していった。
こうしてなんとか日付が変わる前には終わらせることができ、ギルはホッとしたのであった。
「ギル様お疲れ様でございました。後は此方でお送りしておきますので、ゆっくりお休みくださいませ」
「ありがとう、そうしてもらえるとすごく助かるよ」
あくびをしながら応えるギルはとても眠たそうであった。
眠い目を擦りながらもギルはメアの部屋へと向かう。
あまり心配はしていないが、どうしているのか少し気になったのだ。
ーコンコンッ
「だあれ?」
扉を開けながら訊ねるメア。
「聞きながら開けんな」
「あ、ギルか!どうしたの?書類は?」
「いや、どうしてるかなって…。書類はハルが手伝ってくれたからな、助かったよ。ありがとな、メア」
「ティアとロアがね、さっき寝たところなの。ギルのお手伝いってハルが手伝ったの?ふぅ~ん。そっかぁ」
「え、メアが手伝うように言ったんじゃないの?」
「メアはね、こっちはもう大丈夫!って言っただけだよ」
「まじか」
(ハルってやっぱり従者らしくねぇな。)なんてギルは思ってしまった。
「ティアとロアの寝顔がすごく可愛いんだよ!ギルも見てみなよ!絶対癒されるよ!」
そうメアが言うとギルを半分強引に部屋へと入れる。
「わかったから袖口引っ張んな」
2匹の寝顔を見た瞬間、ギルが微笑んだ。普段のギルからは想像できない優しい笑顔だった。
それだけこの2匹の寝顔は愛らしいのだ。
「このまますくすく育ってほしいな…」
ギルの呟きにメアが頷き2人は暫くの間、2匹の寝顔をみて存分に癒されていたのであった。