一番桜を君と
「今年もこの季節が来たね」
久しぶりに電話が来たと思ったら、毎年それを言い出すのは君の方だよね。
それを聞いた私がひそかに嬉しく思っていること知ってる? 思いつきで始めたこの遊びを楽しみにしているのは、私だけじゃないって思えるから。
「そうだね。暖かくなって来たしそろそろじゃない?」
「じゃあ、とりあえず今週末はどう?」
もちろん予定は空いているし、やる気も充分だけれどほんの少し素直になれないのは、会うのが久しぶりだからかな。
「さすがに今週はまだなんじゃない?」
「いや、だいぶ膨らんでたよ」
「……抜け駆けしてる?」
「……まさか〜。あっ、もしかして予定ある?」
「ない! わかった。とりあえず行こうか」
「よし! 決まりだな、今年は俺だからな……」
「ふふん。私に勝てるかな? 今年も私よ……」
「「一番桜を見つけるのは!」」
約束の週末、朝も早くから出掛ける準備をする。といっても今日は一番桜を探しに行くのだから動きやすい服装。友達だから特別お洒落をするわけでもないのにどうしてだろう。
「おはよう」
「はよ! じゃあ行くか」
久しぶりの言葉もなくさっそく歩き出す君。そりゃ、お洒落はしていないけれどシューズは君が見るのは初めての靴紐が蛍光ピンクの可愛いnew balanceだぞ!
……まあ、いっか。とりあえず、一番桜だ。この話を他の友達にすると必ず何ソレと聞かれるが、たいした事ではなく単に私と君とで、散歩中にどっちが先に咲いている桜を見つけるかという実にくだらない競争のこと。
別々の時に見つけたのはノーカン。今日みたいにこうやって二人で散歩しながら見つけたのが今年の一番桜、今年の勝者となる。ちなみに賞品は、その後敗者が勝者のご飯を奢ること。
「しかし、なんだかんだで続いてるよね? この勝負」
「だな。今のところ俺が1勝4敗で負けが込んでるな……」
「フッフッフ、コツがあるんだな」
「ちくしょう! 勝てたのは最初の一回だけだったな」
そう、始まりは本当に些細な事だった。大学の時だったかな、春も近づいているのに花粉症が〜なんて、雰囲気もへったくれもない会話をしていた時だった。君が急に大声をだした。
「桜!」
「え?」
「咲いてる!」
あ、ホントだ。と思ったものの「もう、そんな季節か」なんてリアクションの薄かった私に対して、君は何がそんなに嬉しいのか。しきりに私に自慢して来たね。
「ラッキー! 俺が最初に見つけたんだぞ。何か良い事ありそうだな」
「単純〜。それくらいで」
「それくらい? 1番だぞ。1番。この後バンちゃんがいくら桜を見たってそれは2番桜だ! お茶で言うなら2番茶だ!」
「2番じゃダメなんですか〜?」
「何とでも。今年の一番桜は俺が見つけたんだ」
君のわけ分かんない理屈なんか気にもしていなかった。桜は何番目でも桜だ。綺麗な事には変わりないと思っても、ちょっと悔しい気もするのは何でだろう。君が1番というのが気に入らないのかな。
懐かしい。なにはともあれ、それがきっかけで始まった1年に一度の一番桜探し。最初それを聞いた他の友達も参加したいと言ったけれど、皆には地味なうえにただ歩くだけのたいくつな勝負だったみたい。
わくわくしながらお互いを牽制し合い、真剣勝負をしている私と君は変わり者の似た者同士なのかもしれないね。
「あっ!」
「え?」
「鴨!」
「……」
土手沿いを歩きながら記憶を辿っていると、君が急に大きな声を出すからびっくりするじゃないか! ニヤニヤしている君をジロリと睨む。
でもよかった、君に先を越されなくて。
「あぁっ!」
「え?」
「メジロ!」
お返しだよ〜ん。と思って君にニヤリとしたけれど、こっちには目もくれず双眼鏡を出して観察。いや、確かにメジロは可愛いけどね。バードウォッチングに来たわけじゃないんだよ。
「そう言えば、たっ君……何回目かの一番桜を探している時、はじめて見たメジロをウグイスと間違えていたよね」
「仕方ないだろ? だってあんなに緑なんだよ。誰でも間違えるよ。まぁ、田舎出身のバンちゃんにはすぐ分かるかもしれないけど」
ムカ! 君がメジロを見ながらいつ「ホケキョ」と鳴くのかと待っていた事は黙っていてあげたのに。
君がメジロに夢中の間、桜は私が見つけてやる。そう思いながら、少し空を仰いでみる。電話で君が言ったとおりいくつか蕾が白く膨らんでいる。今日が駄目だったらまた来週の約束だったけれど……、今日決着がつくかもね。
「いつだっけ、アメリカ行くの?」
「ん〜? 9月」
「3年って言ってたよね?」
「とりあえずな。延長になるかもしれないけど」
君が海外転勤すると聞いた時、私はなぜかショックを受けた。お互い忙しくて飲みに行くのも年に数えるくらいなのにね。でも、なぜか久しぶりという感じもしなくて。
アメリカか。トランプになったけど大丈夫? そう聞いたら馬鹿にされそうだから黙っとくけど。まあビジネスだから大丈夫なんだろう。
「たっ君。いくら待ってもメジロはホケキョと鳴かないんだよ」
「……バンちゃん。それ誰にも言うなよ」
それから、川沿いを公園をと桜スポットを君と歩く。くだらないカマをかけあって、くだらないやりとりをしながら、一番桜を探しながら……。
君が言ったように、見つけたらラッキーが起こるといいな。
「お腹すいた」
「バンちゃん……、毎年必ずここのコロッケ屋さんの前でそう言うよね」
「いいじゃん。私はカレーよりハンバーグより、コロッケが一番なの」
はいはい。と君が言いいながらコロッケを買う。まだ勝負はついていないから割り勘だ。近くのベンチに座り、さっそくいただきます!
アチチとかぶりつく。サクリと音がして、じゃがいもの甘さとお肉の旨味が口に広がる。
「これこれ、この味。1年ぶり!」
「いやいや、この前飲んだ時、週1で通ってるって言ってたよ」
「……そうだっけ?」
そうだったかもしれない。しばし、君も私もコロッケに夢中で無言になる。風が吹くとまだちょっと寒い。
君とさ……こうやって一番桜を探すのも、コロッケを食べるのも最後になるかもね。そう思うとさ、今年は君に譲ってあげてもいいかなって思ったり……。
「…………あった」
「嘘?」
「ここ」
私が指差した先を見た君は、この世の終わりのような顔をした。コロッケを包んだ紙を捨てようとした時に、ふと見つけた。思わず見つけてしまった。今まで上ばかり見てたけれど、腰の高さくらいの節から伸びた枝に白い花びらがしっかりと開いていた。
一番桜はこうしてあっけなく見つかった。もっと青空をまぶしく見上げながら、嗚呼……という感じで見つかるかと思った。いや、案外毎年こんな感じだったな。
「……アメリカ行く前には、奢るから店選んどいて」
「わかった。これで私が5勝1敗だね」
君も私も一番桜をぼうっと見ながらぽつりと言葉を交わす。普段ならふふんと自慢して君が悔しがりながら、「次こそは絶対!」と当たり前のように来年の再戦を誓うけど……。来年君はいないんだよね。
ねえ、一番桜。見つけたら願い事が叶うとか……ないか。そもそも私たちが勝手に作っただけだもんね。無茶言ってごめん。
アメリカから帰ってきたらまたいつか。「いつか」ってくるのかな。ほとんどこないって知ってるけどさ。
これが、最後って事?
君の海外転勤知ってから言おうと思ってたけど、一つだけさ手があるんだよね。私は別に良いんだけど、君はどう思うかな。
「一番桜探し、これが最後かもね」
「でた、勝ち逃げ」
「しょうがないじゃん。来年はたっ君アメリカだし」
「バンちゃん、飛行機って知ってる?」
「フハハッ! まさか一番桜探しに帰ってくるの?」
「……」
「……」
「「あのさ……」」
気が合うね。いいよ、今日は君に譲ってあげる。
「帰って来ても良いんだけど」
やっぱちょっとマジだったんかい!
「ワシントンのポトマック川沿いに桜があるの知って……」
「行く! 大丈夫! 私勉強は出来るからさ、9月までにちょっとした日常会話くらい覚えられるよ。心配いらないから。案外神経図太いし、どこでも、何でも大丈夫!」
君が言った言葉に考えるよりも先に口が勝手に動いた。言いたかった事とは何かちょっと違うけど、大丈夫。だいたい合ってる。
「バンちゃん……。9月に桜はまだ咲いていないよ……フッ、ククッ」
目を丸くして驚いたあと、笑いを堪えたような君を見てちょっと憤慨する。
「何よ! 回りくどいからハッキリ言っただけでしょ」
「いやだってさ、今までずっと友達だったし……」
君のしゃべる口を人差し指で遮ると、ほんの少し背伸びをして口付けをする。初めてだからちょっと大げさなリップ音がした。
「さっきまで友達だったけど、これで違うよね」
「そうだね。じゃあバンちゃん、来年はアメリカで一緒に一番桜を探そう!」
「うん。これってプロポーズだよね」
返事は聞かなくてもいっか。
「よし! 来年こそは俺だからな……」
「ふふん。残念ながら来年も私よ……」
「「1番桜を見つけるのは!」」
もうすぐですね。
ほんわかした話を書いてみました。
少しでもほのぼのしていただけたら幸いです。