後編
※中編からの続きです。
※飯テロ描写が(ry
青年に半ば強引に連行された朱夜叉一行は、彼が住まうという一軒の屋敷へとやってきていた。
長崎の出島にあるような佇まいの屋敷の応接間、樫の木でつくられた“てぇぶる”と呼ばれる背の高い食卓。
その中央には細かな装飾が施されたびいどろの花瓶が置かれている。
食卓と同じ樫の木で設えられた“ちぇあ” ―― 脚付きの椅子にも、よく見ると細かな彫り物が施されている。
壁には日本画とは全く異なる技法で書かれた鮮やかな風景画が飾られ、窓の上部は赤や黄色、青といった色とりどりの厚手のびいどろがはめ込まれていた。
「なんともはや……、ここは南蛮屋敷か何かか?」
椅子へと腰を掛けた朱夜叉が、ため息交じりに声を上げる。
すると、体面に腰を掛けた蘭丸がケラケラケラと笑い始めた。
「まぁ、これが今の鎌倉、いや、今の日本と言った方がいいかな。朱夜叉の姫様 ―― っと、こっちでは朱音だっけ? お前さんが眠りに着いていた百年ちょっとの間に、大きく時代は変わってたってことさ」
「玄修羅よ、姫様の仮名を気安く呼ぶでない!」
「左様、非礼にも程があるぞ!」
朱夜叉の後ろに控えていた右衛と左衛が、激高して青年に突っかかる。
しかし蘭丸 ―― 玄修羅はしれっとした様子で
「お前たちもさぁ、郷に入りては郷にしたがえ、だぜ? 人の姿で現世にいるんだ。普段から仮名で呼ぶことに慣れてないと、さっきみたいについポロっと言っちまうぜ?」
「「う、そ、それは……」」
確かに先ほど朱夜叉が言いかけた“鬼として”の彼の名は、決して人々に聞かせて良い類のものではない。
突然のことで動揺していたとはいえ、失態として追及されたら反論が出来ない類のものだ。
「ということで、俺のことはこの姿での仮名、『玄真』って気軽に呼んでくれればいいさ。な、朱音ちゃん?」
斜に構え、フンと鼻息を鳴らす朱音こと朱夜叉。
実のところ、朱夜叉にとって玄修羅は得意な相手ではない。
朱夜叉が目覚めたときには必ずどこからか姿を現し、そして必ず何かしらのちょっかいをかけてくるのが実にうっとうしいのだ。
とはいえ、まだ鬼族が幽世と現世の狭間で平和に暮らしていた太古の昔から人と交わり、鬼族の中では誰よりも人の世を知るのも玄修羅である。
忸怩たる思いはぬぐいきれないものの、朱夜叉の願いを果たそうとすれば、人の世を知る彼を無下にするわけにもいかなかった。
「まぁ、それはそうとさ。今回はもうお目当てを見つけてるんかい? ぜひ朱音ちゃんにおすすめの料理があるんだけどなー」
にこやかな表情を崩さぬまま、意味深な言葉を並べる玄修羅。
その言葉に、朱夜叉がピクリと反応する。
「ほう、それは誠か?」
「ああ、朱音ちゃんに嘘を言う必要なんてないからね。どう? 興味あるでしょ?」
あくまでも軽口をたたく玄修羅に対し、朱夜叉は先ほどまでの斜に構えていた態度から少し身を乗り出し始めた。
食べ物の話になると簡単に釣られてしまう主の姿にこめかみを押さえながら、左右の従者が代わって尋ねる。
「で、それはどんな料理ぞ?」「本当に姫様の舌に合い申すのか?」
「どんな料理か……それを、ここで言ったら楽しみが無くなっちゃうな。でも、三人ともきっと見たことがない料理ってのには間違いない。味は俺が保証しよう」
「ほほう、いやに自信があるな……。よかろう、では早速食わせてもらおうではないか」
朱夜叉が目を細めながら、鋭く眼光を飛ばす。
しかし、玄修羅は笑みを崩さぬまま話を続ける。
「まぁまぁ、焦りなさんな。それを食べるには、ちょっとばかり出向かなきゃなんねえんだよ。ということで、俺と一緒に来てくれるなら案内してやってもいいけど?」
口角をニヤッと持ち上げる玄修羅。
その表情は、朱夜叉の警戒心を高めるのに十分なものであった。
「……またおかしなことを企んではおらぬだろうな?」
「だから睨むなって。朱音ちゃんには嘘をつかないって。もー、何で信用してくれねぇかなぁ……」
「それは貴様の行いが悪いせいだ」「百余年前、姫様がどんなに苦労をなさったか……」
朱夜叉の背後に控えていた右衛と左衛もまた、玄修羅を睨みつける。
主が前回目覚めた時、玄修羅の口車に乗った挙句、幕府御用達の菓子をうっかり喰らい尽くしてしまい、役人に追い回される羽目になった苦い記憶があるからだ。
「あー、そんなこともあったっけ? まぁ、昔のことは気にすんなって。別に俺と行くのが嫌ならそれでいいんだぜ? でも、お前たち三人だけで果たして無事に美味しいものに巡り合えるのかなぁ?」
チラチラと視線を送り、あからさまな態度で玄修羅が誘いをかける。
むざむざと乗るのは癪に障るが、かといって、先ほどの茶屋でのことを考えると玄修羅の力を借りずに里を巡ることは難しいであろう。
朱夜叉は苦々しい表情で口を開いた。
「……お前の力を頼るのは大変遺憾ではあるが、仕方がない。その料理を食せるところまで、早う案内いたせ」
「相変わらず素直じゃないねぇ。えーっと、今の時間はっと……、うん、まだ間に合うな。じゃあ、準備が出来たら向かうとしようかね。そっちの二人はどうする?」
「無論、我らも共に」「姫様あるところ、どこまでも付いて参る」
「別に二人きりにしてくれてもいいんだけどねぇ。んじゃ、勝手についておいでー」
軽妙な調子は崩さないまま、玄修羅が席を立つ。
朱夜叉もその後を追うように部屋を出るが、彼が何を考えているのかいまいち掴みきれず、警戒を解くことが出来ないでいた。
――――――
「さぁ、到着だよ。降りた降りた」
ポー――ッと汽笛が鳴り響き、駅への到着を告げる。
促されるように客車から降りた朱夜叉と従者二人は、先頭で煙を吐いている謎の車をぼーっと見つめていた。
「……すごいわね、これ」
「でしょ? これが汽車、少し前までは陸蒸気って呼ばれてたヤツね。これから全国各地をこの汽車が結んでいくことになる。そうすると、また大きく時代を変えていくんじゃないかなーって思ってるのさ。はい、ということであっという間に横濱に到着しましたっと」
玄修羅に連れられて鎌倉の地を離れた四人は、四半日もかからない間に横濱の地へとたどり着いていた。
徒歩なら一日近く馬を走らせても半日程度はかかっていた距離が、汽車を使えば小一時間で着いてしまう。
汽車に乗るための待ち時間を含めても、圧倒的な速さだ。
「しかし、本当にすごい時代になったものだ」「ああ、我らの足でも、これでは叶わぬ時代がやって来るかもしれぬな」
右衛と左衛もまた、互いに顔を見合わせて呟く。
鬼族である彼らが本気を出せば、鎌倉から横濱の間を同じくらいの速さで駆け抜けることはできるであろう。
しかし、そのためには変化を解かねばならず、また鬼力も大幅に消耗する。
夜の闇に紛れるならともかく、人の目に着かぬように駆け抜けるのは困難であった。
「さて、とりあえず店へ行くとしますか。といっても、この駅からすぐ近くなんだけどねー。さて、朱音ちゃん、行きますよー」
軽妙な調子のまま、玄修羅がさらりと朱夜叉の手を取ろうとする仕草を見せる。
ぼーっと汽車を眺めていた朱夜叉が一歩反応が遅れるものの、周りを固めていた従者の二人がすかさず割って入ってきた。
「本当に油断も隙もないでござるな」「玄真殿、少々お痛が過ぎますぞ?」
「やれやれ、任務に忠実な従者様だねぇ。ま、それはともかく、目的地へと向かいますかー」
「あ、ああ。頼む」
まだ少しポーッとしたところを残した朱夜叉は、玄修羅に言われるがまま後をついていく。
玄修羅が案内した目的地とは、横濱の駅を出てすぐにある一軒の店であった。
洋館風の建物の玄関掲げられた、何やら見慣れる文字で書かれた看板を朱夜叉が食い入るように見つめる。
「ふーむ、良い香りが漂っている所を見ると、ここは飯屋のようだな。しかし、これはなんて書いてあるのだ?」
「ああ、それは『りすとらんて』と読むらしいよ。 じゃ、どうぞ中へ」
重厚な玄関の扉をギギギと開くと、中は玄修羅の自宅と同じく南蛮造りを思わせる設えの大広間。
板張りの床にはいくつもの“てぇぶる”が並べられ、その周りを“ちぇあ”が取り囲んでいる。
見慣れぬ光景に部屋の中をぐるりと見渡していると、部屋の中にいた者が声をかけてきた。
「玄真様、ようこそいらっしゃいました。そちらはお連れのお客様でしょうか?」
「ああ。私の大事な客人だ。よろしく頼むぞ」
「かしこまりました。それではどうぞこちらへ」
そう話す彼女の姿は、朱夜叉から見て不思議なものであった。
頭に纏っているのは細かな細工が施された白い髪飾り。
そして南蛮装束を思わせる裾の長い着物で全身を覆い、さらに腰回りには白い布を垂らしている。
何とも形容しがたい出で立ちだ。
そんな女給仕に見とれていると、彼女はくすっと微笑んでから朱夜叉たちを一つの“てぇぶる”へと案内した。
“ちぇあ”へと腰を掛けた朱夜叉は、彼女が自分たちの下を離れたことを確認してから、正面に座る玄修羅に小声で話しかける。
「どうやら彼女は給仕のようだが、随分と不思議な装いだな」
「ああ、この店もそうだが、今は“異国風”が流行りでな。あれが『はいから』ってやつなのさ」
「なるほど、するとここで出てくるのは、“異国風”の料理というところか?」
「さすがは朱音ちゃん、ご明察の通りだ。料理はもう頼んであるから間もなく出てくると……っと、来た来た」
話をしているうちに、給仕たちが料理を運んできた。
磁器で出来た浅くくぼみの付いた皿の上には、白飯がたっぷりとよそわれている。
そしてともに運ばれてきたのは、不思議な形をした金属の器。
その中には、何やらとろみの付いた茶色の汁のようなものが入っていた。
小皿の中にはきゅうりの漬物を刻んだもの。
あとはびいどろの器に水が注がれているだけだ。
「……はて、これだけか?」
いささか拍子抜けをしたように、朱夜叉が気の抜けた声を上げる。
右衛も左衛も、どう反応してよいか分からず、首をひねるばかりだ。
しかし、その反応も織り込み済みとばかりに玄修羅が声をかける
「まぁ、とりあえず話は食ってから……と言いたいところだが、食べ方は説明した方が良いな。えっと、この“ぽっと”の中の汁をこうしてっと ――」
手元にあった金属製の器を手にすると、添えられていた大きな匙で中の汁をすくい出し、皿の上の白飯にかけていく。
汁の中には思いのほか多くの具材が入っていたようで、白飯の上に具材がよそわれる形となる。
すると朱夜叉が具材の中にあるものが含まれていることに気づき、驚きの声を上げた。
「そ、それは……もしや!!!」
「そゆこと。これ、『牛肉』が入ってるんだよ」
「なんと!」「牛の肉とな!?」
玄修羅の言葉に続けて、右衛と左衛も目を見開いて驚く。
それもそのはず、人里で『牛の肉』を使った料理が出てくるなど、思いもよらなかったからだ。
『牛の肉』をはじめとする獣肉は、鬼族が共通して好む食材である。
それは単に美味なる食材というだけではなく、獣肉を食すことによって鬼力を大きく高めると信じられてきたからだ。
しかし、少なくとも朱夜叉たちの知る限り、人の里では獣肉を喰らうということは随分と長い間禁忌とされていたはずである。
どうやら信仰上な理由が大きかったようであるが、鳥や兎は別にして、獣肉は人々から忌避されていたはずであった。
しかし、今目の前にあるのは、まごうことなく『牛の肉』である。
形状から察するに、どうやら薄切りにした肉を汁の中で大量に煮込んだのであろう。
まさかの出会いに、思わず喉をゴクリと鳴らす朱夜叉。
その様子に、玄修羅はしてやったりといった表情だ。
「ほら、そっちも同じようにして食べるといいよ。どうぞ、温かいうちに召し上がれ」
「あ、ああ……。では、頂くとしようかの」
朱夜叉もまた、見よう見まねで器の中の汁を救い、白飯の上にかける。
すると、何とも言えない複雑な香りが辺りに広がり、鼻孔をくすぐってきた。
その芳醇で刺激的な香りに、朱夜叉の食欲がそそられる。
そして、正面に座る玄修羅と同じように手元に並べられていた銀色の匙を手に取ると、先ほどかけた汁とともに白飯を掬い、口の中へと入れた。
「か……、か……、辛い!!!!」
想像もしていなかった強い辛さに、朱夜叉が慌てて水を飲み干す。
その叫び声に、同じように口へと運ぼうとしていた右衛と左衛が匙をパッと皿の上に置き、立ち上がった。
「姫様! 大丈夫でござりまするか!?」「貴様! いったいこれはどういうことだ!」
右衛が主の下へとかけより、左衛は玄修羅へと詰め寄る。
一触即発ともとれる騒ぎに給仕たちも驚き、遠巻きにしながらこわごわと視線を送っていた。
しかし、それすらも予想の範囲内だったのか、玄修羅は「はっはっはー」と大きな笑い声を上げ、目尻に浮かんだ涙を拭きとる
「いやー、ここまで予想通りとはねー。まぁ、この『らいすかれー』というやつは辛いのが信条。特にここのは辛くて旨くて、少なくとも俺の中では一番だね。何より、この肉がたっぷり入ってるのがいいね。 ほら、どうだ?」
「しかし、かように辛い物など!」「左様! 姫様、こやつの謀りに応じることはありませぬぞ!」
主の身を案じた右衛と左衛が、覗き込むようにして朱夜叉の様子を伺う。
すると、しばらく固まっていた朱夜叉は、恐る恐る匙を動かすと、再び皿の上から一匙掬って口へと運ぶ。
「ひ、姫様……?」「だ、大丈夫でござりまするか?」
二人の従者が見守る中、朱夜叉が目を瞑って静かに咀嚼する。
そしてゴクンと喉を通すと、ゆっくりと目を開け、そしておもむろに口を開いた。
「……う、旨い。確かに旨い。うむ、この『らいすかれー』とやら、実に旨いではないか!!」
朱夜叉の言葉が徐々に力強さを増していく。
最初の一口こそ、予想もしなかった強い辛さに驚いてしまったが、その辛さが引けば何とも濃密な旨みが隠れていることに気づいた。
まずは汁そのものが旨い。辛さに覆われてはいるが、獣肉を炊きこんだ時に染み出るような旨味がたっぷりと凝縮されている。
そして、たっぷりと入れられた牛肉の旨味が汁に加わり、その牛肉もまた汁の辛さと旨味をしっかりと吸い込んでいる。
そして、これだけ獣肉や牛肉を使えば特有の獣臭さが気になりそうなところだが、汁から放たれる複雑で刺激的な香りがそれをきれいに消し去っていた。
そしてその強い辛さと旨味をもった汁が白飯に絡むことで、美味しさが何倍にも膨れ上がる。
噛めば噛むほど甘味が出る白飯があることで辛みのある汁や肉が食べやすくなり、同時に旨味を何倍にも引き上げていた。
グイグイと後を引く美味しさに、どんどんと手が進んでいく。
初めて体験する味わいながら、朱夜叉は本当に何杯でも食べられてしまいそうな感覚に包まれていた。
「ほらね。だから旨いって言ったでしょ?」
「ああ、間違っておらなんだ。これは旨い。間違いない」
朱夜叉はそう短く答えると、目の前の『らいすかれー』を次々と掬っては口へと運んでいく。
徐々に加速するその手さばきに、主のことをよく知る従者もまた喉をごくりと鳴らした。
「これは、本当に美味ということか……?」「さすれば、我らも頂こうではないか」
右衛と左衛もまた、匙を手に取り『らいすかれー』を頬張る。
その後の反応は主と全く同じだ。 最初こそ辛さに驚いたものの、後を引く旨さに黙々と食べ始めた。
三人の様子を見て、満足げな表情をした玄修羅がうんうんと頷く。
そして改めて自分の皿に手を伸ばそうとしたところで、ふと射るような視線がそれへと向けられていることに気が付いた。
「……。これも欲しいと?」
視線の送り主である朱夜叉を見つめ、玄修羅が回答を求める。
彼女はただ、ゆっくりと頷き、そして上目づかいでじーっと見つめ始めた。
「……。わかったわかった。でも、これじゃなくてもいいよな? 別に、お代わり頼んでくれればいい ――」
「直ちにお代わりを所望いたす!!」
玄修羅が言い切る前に給仕に向かって叫んだ朱夜叉は、ニヤッと口角を持ち上げながら、勝ち誇った表情で玄修羅を見下す。
迂闊なことを言った ―― 玄修羅は朱夜叉の本来の姿ともいえる尊大な態度を見つめながら、自身の口から発してしまった言葉の迂闊さをかみしめていた。
―――――
「ふぅ、さすがに腹が満たされたの……。うむ、満足じゃ」
最後の一口を食べ終えた朱夜叉が、くちくなった腹をさすりながらポツリとつぶやく。
その正面では、玄修羅が苦々しい表情を見せていた。
「そりゃ満足だろ。この店のらいすかれー全部喰らい尽くしたんだからさ」
あの後、勢いを増した朱夜叉の食欲はとどまることを知らず、この店にあった全ての白飯はもちろん、三日分は仕込んでいたという大鍋で煮込まれていた『かれーの汁』も全てを喰らい尽くしていた。
恐らく厨房は、明日からの営業に向けた仕込みのやり直しでてんてこ舞いであろう。
後で顔を出してやらねば旧知の仲である料理長から大いに恨まれそうだと、玄修羅はこめかみを押さえながら想いを巡らせていた。
そんな玄修羅の苦悩も知らず、右衛と左衛は呑気に主をほめたたえる。
「さすがは姫様。見事な食べっぷりでございました」「これならば鬼力も十分回復されておりましょうぞ」
「うーむ、実に旨かった……が、ちと、……ねむ、……く……」
今まで普通に座っていた朱夜叉が、話の途中からゆっくりと舟をこぎ始める。
どうやら、食欲が満たされたことで、再び眠気が訪れたようだ。
その様子に慌てた右衛と左衛が、矢継ぎ早に主へと声をかける。
「姫様! 少々お待ちを!」「急ぎ駕篭を用意します故、今しばらくの御辛抱を!」
「う……む……、早う……」
「あー、分かった分かった。お前ら、先に外にいって駕篭出しとけ。朱音は俺が運んでくからさ」
玄修羅は二人にそう告げると、ポリポリと頬をかきながら朱夜叉の下へと近づく。
その瞼は今にも閉じようとしていた。
何か言おうとしても、うー、あー、としか口から出てこない朱夜叉に苦笑いを見せつつ、
玄修羅が小声でそっと話代える。
「はいはい。じゃ、また今度起きた時に飯食わせてやっからよ、それまで良い夢でも見るこったな」
その言葉が聞こえたかどうかは定かではないが、朱夜叉は一瞬にこっと微笑んでから瞼を落とした。
玄修羅は給仕にすぐに戻る旨を伝えてから、朱夜叉を抱えるようにして店を出る。
そして、右衛と左衛が鬼力を駆使して用意した駕篭に朱夜叉を載せると、最後に一瞬見つめてから扉を閉めた。
「じゃ、後のことはよろしくな。お前らも籠るばっかりじゃなくて、ちょっとは外の様子を見ておけよ」
「かたじけのうござる」「今後はきっと努力いたす」
片膝をついた右衛と左衛が、玄修羅に向かって頭を垂れる。
そして駕篭を担ぐと、もう一度一礼をしてから、玄修羅の下を去って行った。
次に目覚めるのは五年後か十年後か、はたまた百年後か、それは“眠り姫”朱夜叉の気分次第である。
「さてと、アイツが目覚めるまで、またなんか楽しいことでもやりますかね……」
朱夜叉を駕篭へと運ぶ際に密かに仕込んでおいた、彼女の目覚めと共に発動する報せの呪符の片割れを手の中でクルクルと回しながら、遠い未来を想う玄修羅であった。
お読みいただきましてありがとうございました。
『明治あやかし美食奇譚』はひとまずこれにて完結です。
本作は和モノテンプレ企画が立ち上がった頃から構想を練りはじめボチボチと書き進めていた作品でした。しかし、気づけば投稿がギリギリになってしまいました(汗
これからもいろんな形で飯テロを続けてまいりたいと存じます。
また、私のメイン連載である『異世界駅舎の喫茶店』も引き続き更新しております。
ぜひ本作ともどもお読みいただけましたら大変幸いです(作品は下のURLよりご覧いただけます)
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引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。