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中編

※前編からの続きです。

※飯テロ描写が含まれております。空腹時の閲覧は(ry

 眠りから目覚めた鬼姫 ―― 朱夜叉(あけやしゃ)は、側近である右衛(うえい)左衛(さえい)を従えて、麓の里を目指して山中を進んでいた。

 若き人の娘の旅姿へとその姿を変えた朱夜叉(あけやしゃ)と同じ様に、右衛と左衛もまた、野袴に背割り羽織を纏った若き武士の姿へと変えている。

 すらりとした長身に切れ長の眉、そして狐を思わせるような細い目の面構えの右衛に対し、左衛はややがっしりとした体格にきりっと引き締まった精悍な顔つきだ。


 里へ下りるのが待ちきれないとばかりに険しい山道を一人先ゆく主に、二人が後ろから声をかける。


「姫様、やはり駕篭へと……」「すぐに用意します故……」


「構わぬ。久方ぶりの目覚めであるからして、我は歩きたいのじゃ。を、そろそろ里が見えてきたぞ?」


 朱夜叉の言葉に、二人の従者もまた目を凝らす。

 (ねぐら)としている山奥の祠を出てから数刻、どうやら里を一望できる山間へとたどり着いたようだ。


「ほう、鎌倉もまた随分と開けたものだの」


 朱夜叉が見渡したその先には、以前とは大きく趣を変えた街並みが広がっていた。

 数度前に目覚めた頃より、『鎌倉』と呼ばれるようになっていた麓の里。

 一時は栄えていたこともあったこの里も、時代の移り変わりと共に徐々に寂れていき、直前に目覚めた時は小さな集落がいくつか並ぶ程度の寂しい土地となっていた。


 しかし、目の前に広がる光景は、それとは見まごうばかりのものだ。


 麓にある神社の大きな鳥居の周りには家々が立ち並び、広い参道には人々がせわしなく行き交っているのが見える。

 海岸に沿って視線を移せば、海に沿って大きな屋敷が立ち並ぶ一角も見て取れた。


 興味深げに眺める朱夜叉に、二人の従者が言葉をかける。


「姫様が眠りに着かれたのは、たしか百年余前」「人々の営みもまたその間に変わったということかと存じまする」


「なるほどな。しかし、それにしても大きな変わりようじゃ。ほれ、あれを見よ、馬に牛車を引かせておるではないか」


 朱夜叉が指差す方向を、鬼族が持つ“千里眼”の力を使いながら従者たちも見つめる。

 するとそこには、良い毛並みの馬が二頭連れ立って大きな“牛車のようなもの”を引いているのが見えた。


「はて? 馬とはその背に人を載せるか、若しくは荷を載せて引くものではござらんかったか?」


「左様。右の言う通りである。それによく見れば、人々の装束もかつてとは随分と様相が異なるようじゃ」


 様変わりした里の様子に、右衛も左衛も眉間にしわを寄せて考え込む。


 長きにわたり眠りに着いていた朱夜叉はもちろんのこと、眠る主の下でじっと護りについてた二人もまた、その間に何が起こったかを知る術を持ち合わせていない。

 無論、過去の“お出まし”の際にも時代の移ろいを感じることはあったが、僅か百年ばかりの間で全く見も知らぬほど里の様相変わっていたのはこれが初めてのことであった。


 揃って不安げな表情を見せる右衛と左衛。

 しかし一方の朱夜叉は、いっそう興味津々といった様子だ。


「二人ともそう悩むでない。多少身なりや様相が違うても、所詮は人の営みじゃろう。むしろ、この時代にどのような旨い飯を食わしてもらえるのか、楽しみになってきたわ。右の、左の、早く参るぞ!」


 そう言うが早いか、朱夜叉が麓の里を目指してトコトコと歩き始める。

 二人の従者は、慌ててその後を追いかけていくしかなかった。




―――――




 麓へと下りてきた朱夜叉一行は、大きな鳥居のある神社 ―― 鶴岡八幡宮へと続く大路の茶屋へと入っていた。

 注文の品を待つ間、縁台に腰を落ち着けた朱夜叉がポツリと言葉をこぼす。


「うーむ、これはまた随分と賑やかじゃの」

 

 門前町であるこの大路は百余年前に訪れた際にもそれなりに人が行きかっていたように覚えているが、今はそれとは比べ物にならない程の賑わいを見せていた。

 路の両側には商店や食べ物屋が立ち並び、また、行商人や屋台も競うように呼び声を上げている。

 それはまるで、大きな祭りを思わせるほどのものであった。


「お待たせしましたー。栗善哉が三つ、それとお茶でございますー」


 程なくして矢絣の着物に身を包んだ若い女中が、注文の品を盆にのせて運んできた。


 やや大きさのある漆椀の中にはやや柔らかめに炊かれたと思われる小豆の粒餡。

 そしてその上にはまるで大きな真珠のようにツヤツヤと輝く白玉と、黄色がひと際鮮やかな大粒の栗 ―― おそらくは甘露煮と思われる ―― が並べられている。

 見た目にも美しいその椀を一瞥すると、朱夜叉が満足そうに手に取った。


「おお、これはまた旨そうな香りがプンプンとしておる。どれ、早速頂くとしようかの」


 一緒に運ばれてきた匙を手にした朱夜叉は、椀の中からまずは餡だけを一匙掬う。

 すると、少し粘度のある餡からほんのりと立ち上ってきた湯気が鼻孔をくすぐった。


 その甘さをたっぷりと含んだ香りに胸を弾ませながら、匙を口の中へと入れる。

 そのまましばらく舌の上を転がせば、口の中に百余年ぶりの“甘味”がじんわりと広がった。


「ほう、ずいぶんと甘いではないか。それも雑味の少ない、なんともすっきりした味わいだ」


 思いがけず出会った強い甘みに、朱夜叉が驚きの声を上げた。

 この餡から感じられるのは、豆の味わいを全く損なうことのない純粋な甘さ。

 蜂蜜や水飴とは異なるその味わいは、恐らく砂糖をふんだんに使ったものと考えられた。


 しかし、朱夜叉が知る限り“砂糖”というのは非常に高価なものである。

 時の権力者や貴族たちならいざ知らず、庶民がおいそれと手にできるようなものではない。

 ましてや、このような里の茶屋が贅沢に使えるようなものではないというのが朱夜叉の理解だ。

 

 どのように理解すればよいかと朱夜叉が首をかしげていると、先ほど善哉を運んできた店の娘が声をかけてきた。


「いかがです? お口に合いますでしょうか?」


 心配そうに覗きこむ店の娘。どうやら首をかしげていたその態度に不安を覚えたようだ。

 朱夜叉がそれを否定するように朗らかな笑顔を見せる。


「うむ、甘くて実にうまい。しかも随分と甘さがすっきりとしておる。もしやこれは、砂糖で甘さをつけておるのか?」


「わぁ、お姉さんすごいですねぇ! そうなんです、うちの餡子は最高の小豆と、純度の高い白砂糖をたっぷりと使って炊いてるんですよー!」


「ほほう、白砂糖とな。しかし、白砂糖と言えばとても貴重な品であろう。それをこのようにしっかりとした甘味を出せるほど贅沢に使うとは、いやはや、恐れ入ったとはこのことじゃ」


 気づけば二杯目の(・・・・)善哉へと手を伸ばしていた朱夜叉が、餡と白玉をモグモグと頬張りながら賛辞を贈った。

 すると店の娘が、その言葉に一瞬きょとんとした表情を見せる。

 そして、朱夜叉や二人の従者の姿をもう一度見直すと、一人で納得した様子でうんうんとうなづいた。


「ははーん、お姉さんたち、どっか遠くから鎌倉まで出てきたんだね。いや、今でも白砂糖は貴重なものだけど、でもね、昔に比べたら随分手に入りやすくなっているし、値も下がってるから、うちみたいなところでも使えるんだよね」


「ほほう、それは興味深いの。しかし、何故そうも手に入りやすくなったのじゃ?」


「そりゃ、異人さんの船がいっぱい来るようになったからだよ。上質な織物なんかと一緒に砂糖もたくさん運ばれてくるから、うちのような店でも上質の砂糖を使えるようになったんよね」


「なるほど。それでかくも美味い善哉を頂けるというわけなのだな」


 自然な流れで三杯目の(・・・・)善哉を掻き込みながら、朱夜叉がうんうんと頷く。

 その横では、従者たちが温かな茶を堪能しながら、あっという間に空になった椀をどこかさびしそうに見つめていた。


 そんな主従の様子を知ってか知らず可、店の娘が満面の笑みを浮かべながら話しかけてくる。


「そうだ、お姉さんたち、もう少し食べていけそうかい? だったら、せっかくだから団子も食べて行ってよ! こっちもすっごくおいしいんだよ!!」


「ほほう、団子とな。もしやそれも先ほどの餡子が使われておるのか?」


「もちろん! うちの団子は白と緑の二色造り、緑の方はよもぎ団子さ。どっちもたっぷり自慢の餡子が載ってる逸品だよ!」


「それは楽しみじゃ! そうじゃな、そうしたら……まずはひゃ「三本ずつでお願いいたす」「左様、白と緑、それぞれに三本ずつでお願いいたす」


 主の声を遮るように、両側に控えていた二人の従者が先に答えた。

 途中で言葉を割りこまれた朱夜叉が、その顔に不満をありありと浮かべる。


「お主ら、主の言葉を遮るとは何事ぞ」


「姫様、また同じことを繰り返すおつもりですか?」

「まさかとは思いますが、その奈落級の胃袋をこの場で披露でもされるおつもりではござりますよね?」


 二人の従者が放つやや低い声での指摘に、朱夜叉はぐうの音も出ない。

 人の姿に変化をしているとはいえ、朱夜叉の胃袋のことを考えたらこの量で足りる訳がない。

 しかし、人数分以上に一度に頼んでしまうと悪目立ちしてしまう恐れがある。

 まして善哉百杯、団子百本などといったら、人間離れしていると疑われてしまう可能性もあるだろう。

 そして、それをきっかけとして万が一にでも正体が露見するようなことがあれば大変な騒ぎとなってしまう。

 右衛・左衛はもちろんのこと、かつて陰陽師に追われるという苦い思いを経験した朱夜叉としても、それは是が非でも避けたいところであった。


 善哉を最初に三杯頼んだのも、あくまで人数分と言い訳ができる範囲を考えてのこと。

 団子もそれに準じるとすれば、それぞれ人数分までとすべきことは明からだ。


 しかし、そうすると全部一人で食べたとしても都合『六本』しかない。

 それは朱夜叉にとってはほんの一口程度のものだ。

 頭では理屈だと分かってはいるものの、朱夜叉はつい恨めしそうに従者を見上げる。

 すると、その様子を察したのか、店の娘が笑い声を上げながら笑みを浮かべて話しかけてきた。


「はは、アンタら面白いね。そうだね、そっちのお姉さんはどうもさっきから見てたらなかなか良い食べっぷりしてたし、私から一本ずつ特別にオマケしておくよ」


 店の娘が放った思わぬ言葉に、右衛と左衛が目を白黒とさせる。

 そして数瞬のうちに状況を理解すると、娘に対し片膝をついて頭を垂れた。


「我が主のために、かたじけない」「このご恩しかと忘れぬ」


 時代が巻き戻ったかのような形で礼を示す二人に、娘が驚きを見せる。

 しかし、次の瞬間には爽やかな笑顔で話し始めていた。


「良いってことよ。それに、その席なら外からもよく見えるし、お姉さんのような古風で素敵な格好をして美味しそうに食べてもらえば、それだけでうちの大きな宣伝にもなるってもんさ。じゃ、とりあすぐに運んでくるから、ちょいと待っててなー」


 店の娘はそう言い残すと、縄のれんを潜って厨房へと向かっていった。




―――――




「ふぅ、満足じゃった。やはりここは善哉も団子も秀逸じゃな」


 その後、結局善哉を六杯おかわりし、団子を都合三十本平らげた朱夜叉は、新しく継いでもらった茶をすすりながら、一息ついていた。


「いやー、ホント良い食べっぷりだったねー。ほれぼれしちゃったよ。しかし、そのちっこい体のどこに入るんだい?」


「いや、これくらいはまだ序のふがふがふが」


 余分なことを言いそうになる主の口を、右衛が慌ててふさぐ。

 左衛もまた、主が右衛を振り切る前に用件を済ませようと声を上げた。


「さて、そろそろ出立するが、いくらになるかね? これであれば足りるじゃろうか?」


 そう言いながら左衛が差し出したのは数枚の小判。

 白砂糖入りの餡を使った上質の菓子とはいえ、これだけあればさすがに足りるだろうという読みであった。

 しかし、娘の表情は芳しくない。頭をポリポリと書きながら、ポツリとつぶやいた。


「い、いや……、こりゃ困ったな」


「む? これでは足りぬと申すか。ならばこちらも追加で……」


「あ、そうじゃないだ。いや、これだけあれば十分足りてるとは思うんだ。思うんだけどね……うーん」


「どうした娘? 何か拙いことでもあるのか?」


 口をふさいでいた従者の手を払いのけた朱夜叉が、きょとんとした表情で娘を見つめる。

 娘は、再び頭をポリポリと掻きながら、何とも言えない微妙な表情を見せた。


「あ、あのね。その古いお金じゃなくて、出来れば“圓”か“銭”で払ってもらいたいんだけど、そっちは持ってない……かな……?」


「はて、それはいったい何のことでござるか?」


 今度は右が首をかしげながら娘に尋ねる。

 すると、娘がたいそう驚いた様子で三人を見上げた。


「えっ? もしかして、本当に“圓”を知らないの……?」


「その“圓”とやらが何かは分からぬが、金と言えばコレであろう?」

「うむ、それで足りぬのであれば、こちらでは……」


 右衛が尋ね、左衛が再び懐に手を入れる。

 

「い、いや、そうじゃないんだよ。いい? 今の世の中、この古い小判は使えなくなってるのよ。だから、こっちの“圓”や“銭”で払ってもらえないかな?」


「うーむ、とはいうものの……」


 朱夜叉が弱り顔を見せていると、もめごとの匂いを嗅ぎつけて集まってきていた野次馬の中から、一人の青年が前へと割り込んできた。


「ちょいとごめんよ。その件、俺が預かろうじゃねぇか。ほい、お代はいくらだい?」


「え?」


 突如目の前に現れた青年のことばに、朱夜叉があっけにとられる。

 すると青年は、朱夜叉の頭を気さくにポンポンと叩くと、まるで芝居の役者にでもなったかのような大げさな素振りで見栄を切った。


「こんな可愛い嬢ちゃんが困ってるんだ。それを見逃しちゃあ俺様がすたるってものよ? ほい、これで足りるかい?」


「あ、ああ。十分足りてるさ。でも、アンタはいいのかい? そりゃ、うちはお代さえしっかり払ってくれりゃあ良いんだけどさ」


「なぁに、構わんよ。後でキッチリ払ってもらうさ。な、朱や……じゃなかった、朱音(あかね)の嬢ちゃん?」


「な、なぜ我の名を……?」


 朱夜叉が激しく動揺を見せる。

 従者が止める間もなく接近を許した上に、無造作に頭を撫でられ、さらには『朱音』という仮の名まで言い当てられた。

 この仮名を知るのは自分と二人の従者のみのはず ―― いや、もう一人いた。

 それは朱夜叉が最も苦手とする同族(・・)

 それに思い至った朱夜叉は、青年に指を差しながら大声で叫び始めた。

 

「も、もしやお主、玄修らふがふがふがふあ!」


「はーい、そこはお口を閉めておこうかー。多分、他人の空似っぽい誰かってことにしておいた方がいいからねー。ほらそこの二人も物騒な構えをしないのー」


 一瞬のうちに後ろから抱き包むようにして朱夜叉の口を手でふさぐ青年。

 そして拍を置かずに、身構えた二人の従者を睨み付けて牽制した。

 表情はあくまでも穏やか。しかしその視線には、逆らってはいけないと感じさせるほど冷たい殺気がこもっている。

 右衛も左衛も、その強い圧力にどうにも動くことが出来なかった。


「じゃ、これ以上騒がせちゃいけないからここは失礼するよ。釣りは騒がせ賃ということでとっといて。そこの二人も、嬢ちゃんの荷物を持ってついてきな。さて、ちょいとごめんよー」


「こらー! 私はモノじゃふがふがふがあ!」


 まだ暴れる朱夜叉の口元を押さえながら、彼女を半ばずるずると引きずるようにして青年が野次馬の間を割り進んでいき、二人の従者が慌ててその後ろを追いかける。


 残された店の娘は、ただポカンと口を開いたまま見送るしかなかった。

※後編へと続きます。

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